江古田リヴァー・サイド52
「大いに求めるね! まず、高野はどうした!」
「高野には暇を出した。子守もできん無能者に用はない」
「アンタのアタマの中には、労基法の基本も入ってないのか? 労働者の即時解雇なんてあり得ない。労働契約法16条に照らせば、妥当性を欠く解雇は無効だ。仮にそこをスルーしたとしても、少なくとも30日前の予告が……」
「お前こそ法を知らん。30日間予告が無い場合でも、30日分の賃金を支払えば良い。それに高野のような執事、家政婦といった主として家事労働に従事する住み込み労働者は、労基法の対象外だ。不勉強だぞ、洋司」
「訊いているのは高野の職務上の処遇じゃない! 高野を何処にやったと訊いている!」
「だから解雇したと言っている。職務を離れた者が何処に行こうと、私の与り知らぬことだ」
……解雇……ね。当然だが、額面通りには受け取れない。あの骨董品みたいな爺様の義理堅さは、ここに居る全員が知ってる。高野氏は恐らくオレたち同様、何処かに拉致されたのだろう。
「それを信じろと?」
「事実だからな」
「質問を変える。随分と手荒な『ご招待』だけど、同様の『招待』を、玲や仁美ちゃんにも?」
「そのように手配している」
「ここに来る、ということか?」
「答える義務はない」
「義務はあるだろうが! アンタのしてることは拉致だぞ!」
清隆氏は『お前は何を言ってるんだ?』とでも言いたげに眉を顰め、言った。「それがどうした?」
弾かれるようにヨージの躰が清隆氏に襲いかかる。……と、運転手の男が俊敏な動きで鳩尾に一発。一連の動きは、オラついたヤンキーの喧嘩レベルではない。実戦と実践に裏付けられた、最小最低のエネルギーで、最大限のストッピングパワーを与える動き。
「元気が良いな、洋司。何かいいことでもあったのか?」
「て……めぇ……」
両腕を後ろ手にキメられ、地面に捻じ伏せられたヨージを見下ろし「出来の悪い息子に、お説教をしてやらねばならんな…...」
と呟くと、清隆氏はアスファルトと濃厚なラブシーンを演じさせられているヨージの前にしゃがみ込む。「『説教』、『昔話』、『自慢話』は、年寄りの痛い行動ワースト3だぜ」
清隆氏はヨージの軽口をスルーし、口を開く。「お前が多少の羽目を外そうと、何人の女と付きあおうと、何処の女を孕ませようと私は興味はない。その程度の事はいくらでも揉み消せるし、遊びは男の甲斐性でもある。だが、それはあくまで鷺沢の名を汚さぬ前提での話だ。昨今のお前の行動は、目に余る」
「二股も三股も妾もいないし、結婚する気のない女と子作りをする気もないけど……ソッチはアンタ的には問題ないワケだ…...アンタよりよっぽど品行方正なつもりなんだけどな……」
「品性の問題ではない。起こってしまった事象を『なかったこと』にする為のコストの話をしている。
貴様が今やっている火遊びは、少々危険だ。ボヤで済めば良いが、下手をうてば鷺沢家全体の存続に関わる。自重しろ」
「ハッ!いつから『遊び』だと思ってた?こちとら本気も本気なんだが?」
「honkeyだろうがTonkeyだろうが知ったことではない」
「クレイジーで I Love Youなんだ。もう仕方ないだろ?」
サポート頂けましたら、泣いて喜んで、あなたの住まう方角へ、1日3回の礼拝を行います!