江古田リヴァー・サイド56

「ぬかせ! 洋司といい貴様といい……生温い理想論で事物が動くなら、世は既に諍いも潰し合いも殺し合いもない理想郷であるだろうよ! だが現実はどうだ? それが答えだ。 他者を排し、勝ち残る力のない者は黙って喰われるだけのこと。 それが世の理だ」

一転、劣勢となったこの状況にも屈せず、清隆氏は応える。

「でもその弱者に、あなたは今追い詰められてるね〜♪ とって喰われてみる? 鷺沢さん」

オレの後方、仁美がアスファルトに沈めたチャイナマンを捕縛していた尹さんが、何時もの口調で茶々を入れる。

「中本……か。 貴様が今この場で私をどうこうする愚を犯す程の間抜けではないことはわかっている」

「ま、確かにそれはないですねぇ〜♪ 消しゴムの大きさも性能も、鷺沢さんに敵う気はしないしねぇ〜♪ でも、旗色が悪いのは事実でしょ?」

「…………」

文字通り苦虫を噛み潰したような顔で、清隆氏がおし黙る。尹さんは、更に続ける。

「ここでは何も起こらなかった。僕達は新宿で美味しいタイ料理を食べ、貴方は自宅で葉巻の一本もふかしながらブランデーでも飲っていた。 ……そういうコトで、どうですかねぇ?」

「なっ! こんな酷い目に遭わされてこのままコイツら帰すっての!? 尹さん正気!?」

納得がいかないという風に、仁美が抗議する。

「ひーちゃん、相手を見縊りすぎてるよ。彼は…...鷺沢清隆氏は、僕達が勝つの負けるのと云々できるような相手ではないよ。丁重にお願いして、妥協してもらって、この場は引いてもらう。そのくらいが関の山だよ」

「でも、そんなのって!」

「そのかわり、僕達も引かない。ここはこれで手打ちにするけど、アルコの活動も、洋司さんと玲ちゃんの事も、これまで通りだ。」

 尹さんは、これまで見せたことのない厳しい表情で、清隆氏を見据え、続ける。

「鷺沢さん、僕達は止まらない。これは僕達の自由だ。アナタは全力で僕達を潰しに来るがいい。それはアナタの自由だ!」

 尹さんの気迫に、しかし気圧されることもなく、清隆氏は「ふん」と鼻を鳴らすと、先程まで燻らせていたシーシャボトルを掴み

「撤収だ」

 と一言呟いた。

サポート頂けましたら、泣いて喜んで、あなたの住まう方角へ、1日3回の礼拝を行います!