Novelber 25th—君の初霜

「ねえ、起きて、早く早く!」
 興奮した声が飛びこむ。
 せっかくの休日、まだ布団の中でぬくぬくしていたい頃合い。
「なに……」と本心より二割増し眠そうな声で答えた。
「雪が降ってた!」
 指先が僕の頰をぺしぺしと叩く。まさか外に出ていたわけではないだろうけど、冷たい。
「まだ、雪が降るような時季じゃないけど……」
 毛布を頭まですっぽりかぶって、攻撃を防ぐ。
「ほんとだって! 来てみてよ!」
 僕を揺り起こすしつこさに、しぶしぶ起き上がった。

 ベランダから見える庭は、うっすらと白い。
「ね!」
 目をかがやかせる君に真実を教えるべきか迷ったけれど。
「……これ、雪じゃないよ。霜だ」
 君の手にかかれば、みぞれもあられも雹も、みんな「雪」になってしまう。
 そんな南国育ちの君に、この土地の語彙を一つずつ教えるのは楽しかった。

「霜……って、霜降り肉とかの?」
「まあ、そうだね。空気中の水分が凍って白っぽくなるんだ」
「へええ……」
 感心した声。瞳はまだ窓の外に釘づけだ。
「初霜、えっと、今年初の霜だから、もうすぐ溶けると思うけど」
 はつしも、と覚えたての言葉を繰りかえす君。
 そうか、今年の初霜は君にとっては人生の初霜なんだ。

「ねえ、外に出て見てきてもいい?」
「あったかくしていきなよ」
 コート、マフラー、耳あて、手袋。
 君は朝のまぶしい冷え込みへと飛びだした。
 このあたりでは小学生でさえ慣れっこになっていることごとが、君の目を通すたびに新しく産まれる。

 鼻とほおを真っ赤にして帰ってくるであろう君のために、特製ポタージュを用意しておこう。

Novelber 25 お題「初霜」

※お題は綺想編纂館(朧)さま主催の「Novelber」によります。

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