Novelber 30th—根雪のひと

 彼女は無垢な人だと、皆が言う。すべてを包み込む汚れない魂。
 なだらかにまるい体と心。 
 まるで雪のように儚くて純粋な。

 思うにそれは、絵葉書の雪景色を語るようなものだ。
「白魔」と呼ばれるべき特質も、正しく彼女は持ち合わせていた。
 雪のように儚くて純粋。雪のように冷たくて残酷。
 それもまさしく、自然現象を思わせる無自覚さで。

 彼女の心には雪が降り続けている。
 ひとひらひとひらは小さく軽くても、絶え間なく降り積もり、人ひとり程度ならたやすく埋めて、何事もなかったかのようにまっさらに均してしまう。
 足跡も残せない。傷をつけようとスコップを突き立ててみても届かない。やがては押し固められた層に手を跳ねかえされる。

 ひびも欠けも汚れも凹凸も拒んで、くまなく白さを積もらせる。
 表層のやわらかさに油断していると、足の下には厚い氷が、あるいは深く冷たい穴がある。

 彼女は傷つくとふと表情を失う。その一瞬間のうちに周りの雪を覆いかぶせて、あるいは傷口を凍らせて、「なかったこと」にする。
 注意深く見ていても、彼女の血の赤が染み出してきたことはない。

 いつの日か、彼女の季節が巡るのかはわからない。
 ただ、その時は、彼女が独りぼっちじゃなければいいと思う。
 雪解けはきっと痛みを伴う奔流になるから。

Novelber 30 お題「真っ白い」

※お題は綺想編纂館(朧)さま主催の「Novelber」によります。

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