見出し画像

人は必要な時に必要な人に出会う【ベトナム・バクリュウ】

ベトナムのとある海の近くの小さな町で生まれ育ったその人は、その町があまり好きではないと言った。小さな町で、誰もが自分が何者であるかを知っていて、町に唯一あるケーキ屋さんは、町の人々のすべての誕生日を把握しているという。大きな産業はなく、多くの人々が食べ物を売って暮らし、通りには等間隔に麺類やフルーツジュースなどの似たようなお店がずらりと並ぶ。

彼の父は、その町で唯一の大きな手術ができる医者だ。彼の家系は医者ばかりで、彼も医者になることを求められ、小さな頃から家庭教師をつけて勉強させられた。


看護婦とあそんでばかりいたその父は、彼が小さい頃に家族を離れたという。医者と離婚してお金がなくなった彼の母は、多くの仕事を掛け持ちした。幾度となく借金をし、家に何度も知らない男が脅しにきたという。それから逃れるように、彼は何度も何度も転校を繰り返した。だから彼には小さい頃からの友達があまりいない。

先生でもあった彼の母は、あるとき彼に言った。「この町にいてはダメになる。離れなさい」。その町が嫌いだった彼は、そうして奨学金でアメリカの大学へ進学した。「外の世界を見たかった」と彼は言った。アメリカでは何度もお金がなくなり、進学も危うかった。あるとき恐る恐る、医者の父に電話をかけた。

「今、忙しいから」

そうとだけ言って彼の電話を切った父を、彼はまだ好きになれないという。


奨学金のためにアメリカの大学をトップで卒業した彼は、アメリカよりも奨学金が充実していて、金銭面の負担が少なく勉強できるフランスへと渡った。フランスではフランス語を習得してアクチュアリーになるための勉強をし、まだベトナムには数十人しかいないというその学びを、今はベトナムの大学で教えたりもしている。起業家精神を持つ彼は、いくつかの会社を持つ。

「医者にならなかったことを、後悔はしていない。好きな仕事を好きな人として、家族がいたらそれで幸せだから」



そんな彼が育った、小さな町に訪れた。彼が一番お世話になったという先生のもとを訪ねたとき、彼女は一瞬動きを止めて目をまん丸にさせ、目を潤めて彼にハグをした。

彼女は、彼のことを、とてもよく覚えていた。18才のころにこの小さな町を出て、アメリカとフランスに渡って13年振りに帰ってきた彼のことを。

彼女は彼が今、何をしているのか、ウンウンと頷きながらたまにメモを取って、彼の話に食い入るように耳を傾けた。屋外だったので、何度もわたしの足に止まる蚊を心配して、わたしのことを団扇であおいだ。

そうして彼女は彼に、彼女の息子の話をした。「どうしても、会ってほしい」と言って、わたしたちを次の日の晩、夕食に招待した。



町の中心部の小道を入ってずっとずっと奥に進んだ場所にある家に向かった。薄暗い家の奥から裸足でペタペタと出てきた彼女の息子は、あどけない笑顔とサラサラの髪の毛が印象的で、大きなメガネを何度も外して汚れを拭いた。そうして「ベトナムはどう?」「この町はちいさいでしょう?」と、ベトナム訛りのないとても綺麗な英語でわたしに話しかけた。

1年間、アメリカの大学に進学したそのスクーという男の子は、わたしより3つ下の22才。スクーの姉はアメリカの大学に進学し、今はオーストラリアに住んでいる。

スクー自身も、姉と同じようにアメリカの大学に進学し、1年がたったあるとき、両親からの電話を受けた。

「お金がないから、進学させてあげられない。ベトナムに、戻ってきてほしい」

そしてスクーは2年前、アメリカの大学からベトナムの小さな町へ戻り、それから2年もの間、家で何もせずただ暮らしていると話した。

「しょうがないことだとわかっている。でも、正直家族には絶望した。お金はすべて姉の留学に消え、僕は勉強がしたくてもできない。奨学金も探したりしたけれど、もう今は諦めてしまった。僕は何がしたいかわからない」

「誰かの後押しが、今の僕には必要かもしれないな」

スクーは、アメリカの大学では成績も優秀だったと、スクーの母は言っていた。「息子には申し訳ないと思っているの」と言って目を潤ませていた。



ホテルに戻ってからずっと何かを考えていたわたしの彼は、「明日、スクーを誘ってご飯に行こう」と言った。

「まるで昔の自分を見ているみたいだ。お世話になった先生の息子を放っておけない」


そうして次の日の夕方に、家に迎えに行くと、嬉しそうに家から出てきたスクーは「何を食べたい?」と、わたしに訪ねた。「とは言っても、ほとんど家を出ないから、あまり街のことは知らないんだよね」と、続けて笑った。


その晩は、楽しかった。3人で鍋を囲みながら「ヒーローの技をなんでも手に入れられるとしたら何がいいか」とか、「今まで食べたいちばん奇妙なもの」とか、そんな他愛もない話をしてから、わたしの彼とスクーは永遠と好きな音楽の話をし、意気投合した。音楽って人を繋げるなぁと思った。わたしは洋楽があまり詳しくないので、さっぱり話がわからなかったけれど。

そうして最後に彼は、「君はとても優秀だ。この町に長くいてはいけない。フランスならアメリカでの負担よりも少ない奨学金がある。紹介するからもう一度、勉強してみないか」と言い、小さい町に比べてチャンスがあるホーチミンにある家に、スクーを招待した。そうしてスクーは来月から、彼の家に滞在することを決めた。これが何かスクーの人生の転機になるといいなぁ、と思った。スクーがフランスに行ったら、会いに行きたいな。


日々、人に出会う中で、わたしたちは小さな選択を何度も何度も重ねて、同じ選択をした人と交わり合って生きていく。その中で出会う人たちとは何らかの共通点があり、共通点が多い人と親密になっていく。


「人は必要な時に必要な人に出会う」という言葉を、わたしはやっぱり信じている。

いつも見てくださっている方、どうもありがとうございます!こうして繋がれる今の時代ってすごい