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『漁港の肉子ちゃん』バリアフリー音声ガイドを声優の下野紘さんが担当!その経緯とは・・・?音声ガイドの裏側に迫ります。

2021年元旦、敬愛するアニメ制作会社STUDIO4℃から制作発表があった。
西加奈子さん原作の『漁港の肉子ちゃん』。
僕は急いで書店に向かった。
読了して涙がこぼれた。
「これは僕のオカンの話だ・・・。」
オカンは幼い頃に母親が蒸発、そして10代の頃、父親が亡くなった。
身寄りもなく、天涯孤独で転がるように生きてきた。夜の街で働いていたことを教えてくれたのは、最近の事だった。パートを掛け持ちしながらも明るくたくましく僕の事を育ててくれたオカンはまさに肉子ちゃんにそっくりだった。
 
新年の挨拶もそこそこにSTUDIO4℃のプロデューサーの田中栄子さんに連絡した。今メールを見返すと随分、熱がこもっていて少し恥ずかしい。
 
『えんとつ町のプペル』に続き『漁港の肉子ちゃん』のバリアフリー音声ガイドを書かせてください。単刀直入に言うとそういった内容である。
 
返ってこなくてもいい。とにかくこの物語を『海獣の子供』の渡辺歩監督、総作画監督・小西賢一さん、美術監督・木村慎二さんを迎えて、高純度な制作をしてくださることに、ただただ感謝を伝えたかったのである。
 
「さんまのまんま」を見ていたのは翌日のことである。
花江夏樹さんと下野紘さんが出ておられ、さんまさんの無茶ぶりで下野さんの公開オーディションが行われた。
下野さんはマネージャーさんにすぐに確認して、出演したい旨をお話されていた。
恥ずかしながらその時に初めて下野さんの人柄を知った。意欲的かつ低姿勢、そして優しさの滲み出ているお人柄に、同性であるのにも関わらず惹かれてしまった。

「いつかバリアフリー音声ガイドのナレーションをやってくださったらどんなにいいだろうか・・・」だなんてテレビを見ながら妄想をしてしまった。そんな未来が来るだなんてその時は知る由もなかった。
 
《バリアフリー音声ガイドとは・・・映像作品の「画」が伝えている情報を言葉で説明するナレーションのこと指す。物語の進行や場面また人物の動きや表情などを、音を邪魔しない範囲で説明していくツール。》

月日は流れ、3月中旬。STUDIO4℃から連絡があった。
僕に『漁港の肉子ちゃん』の音声ガイドを書いて欲しいというのだ。
そしてそのために映画配給会社からバリアフリーの制作業務を引き取って、わざわざ僕に依頼してくれたのだ。フリーランスで個人事業主の僕にとって、こんなに光栄な事はない。何としてでも前回よりもいいクリエイトをしたい。STUDIO4℃に対する感謝の気持ちを胸に刻んだ。
 
すぐに映像データを送っていただいた。
そしてその映像を観て慄いた。
殆ど色がついていない白い絵、効果音も音楽もない、声優さんも仮であててくださっている状態、おおよその情報しかわからなかったからだ。
前述した通り、目で見えるものを説明するのが音声ガイドだ。
アニメーターさんと同じように仮絵を描いて繋いでいくような作業になる。追い詰められた僕は興奮した。クリエイターとして認められた気持になったからだ。楽しい地獄の幕が開いた。
 
そしてこのクリエイティブの走り方を前回のプペルの制作で知っている。最初から急いで作り込んでは失敗する。徐々にペースを上げていって最後の最後のピークを迎えるまで、体力を持たす事が重要であるのだ。
 
僕はまず台詞をワードに書き起こすという作業から始めた。エクセルデータを貰っているからコピーする事は簡単だった。でもそれをしたら僕の血肉にはならない。そういった面倒な作業をする事で映画の神様が宿る事がある。それが終わったら今度は原作を読み込んで、気になったワードに線を引いていく。

映画と原作はどう違うのか、はたまたどこを抜き出しているのか検証をした。それから自分の声で仮の音声ガイドナレーションを吹き込んでいった。台詞とナレーションのみで、辿りつく境地を探っていった。孤独と絶望の先にある一匙の希望。ラスト、喜久子が見る情景。僕はそこを描きたかった。STUDIO4℃はいつだってハイエンドなアニメーションを世に打ち出してきた。今回の『漁港の肉子ちゃん』だって勿論そうだ。ここでしか味わえない絶景のフルコースを堪能していただきたい。アニメーターさんが絵に手を加えるたびに、僕の言葉選びも変えていった。下野さんの声が入った映像データが届いたのは、4月の中旬のことだった。
 
その映像を観た時に閃いてしまったのである。この映画を下野さんがエスコートしてくれたらどんなにいいだろうかと。もちろん、そんなお願いを僕のような弱小フリーランスがしたら怒られると思う。けどSTUDIO4℃は違った。僕の声に耳を傾けてくれて、ダメ元で下野さんに声を掛けてくださったのだ。そして多忙にも関わらず下野さんはあっさりOKしてくださったのである。

 まさか、まさか・・・の夢の展開に泣いた。
 
収録スタジオに勇み足で行った。原稿は真っ赤に染まっている。
下野さんにお渡しした原稿データから変更した箇所は35箇所。
申し訳なさをいっぱいに抱えて、打ち合わせをさせていただいた。
それなのに下野さんは優しく応じてくれた。
台本にも書いていない演出も沢山してくださった。

なんてサービス精神旺盛な方なのだろう…。

収録も順調に終わりを迎えた。ラストに差し掛かると下野さんは泣きそうになっておられて、ブースではあたたかな笑いが起きた。
 
収録が終わって信頼するクロスエッジスタジオのエンジニア・井上さんと夜までやり取りした。下野さんの優しい声が深淵の境地に誘ってくれる。そして音声ガイドを聞いてくださる方だけが、爆笑できる箇所が複数あるだろう。自分に出来る最高のクリエイティブが出来た。
 
下野さん、本当にありがとうございました。

是非、下野さんのファンの皆様、携帯アプリ「Hello!Movie」をダウンロードして映画館で音声ガイドを楽しんでください。そして少しでも拡散して頂きたいです。そうして広まることでバリアフリーな社会に近づく事を信じて。

「Hello!Movie」のダウンロードはこちらから
https://hellomovie.info

2021年6月 和田浩章

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