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映画『えんとつ町のプペル』もうひとつの物語〜音声ガイドに込めた想い〜

11月4日14時頃。登録していない番号から電話がかかってきた。
訝しんで電話をとった僕は、通話を終えた後、周囲を顧みず、号泣した。
電話の相手は、アニメ制作会社STUDIO 4℃のプロデューサー。
「海獣の子供」の視覚障碍者用の音声ガイドの言葉の選び方が良かったので、現在つくっている映画の音声ガイド制作をまたお願いしたいというものだった。

年初めに会社を辞め、フリーランスの音声ガイド製作者として独立したものの、コロナ禍によって仕事が全くなくなり、精神的に追い詰められていた僕にとって、自分の仕事を認めてくれたプロデューサーの言葉は何よりも嬉しく、心を打った。

加えて、なんと音声ガイドは公開日である12月25日に間に合わせるのだという。
業界では異例の取組に驚きの声をあげたが、作品名を聞いて納得した。

その作品とは「えんとつ町のプペル」

STUDIO 4℃とキングコングの西野さんは本当に「誰一人見捨てない」のだ。


ここで、僕が作っている音声ガイドについて、少し説明をしたいと思う。

音声ガイドとは、映像コンテンツの情景や人の表情、動きなどの視覚情報をナレーションという音声情報にすることによって視覚に障害を持っている方々にも作品を届けるためのツールのことだ。

こうして文字で表現すると一見簡単に感じるかもしれないが、事はそう簡単ではない。
映像は一瞬で様々な情報を伝えることができるが、音声は違う。
言葉を読み上げるということは、そう、一つの物事を伝えるのに時間がかかるのだ。

台詞は、音声コンテンツとして最も重要な要素だから、それを遮ることはできない。
もちろん、流れるBGMを邪魔し過ぎてもいけない。

つまり、常に膨大な量の情報が現れては消える映像の奔流の中で、音声ガイドを入れることができるのは台詞と台詞の間の少しの時間だけ。小説の地の文はいくらでも描写ができるけれど、音声ガイドがそんなことをしていたら、あっという間にシーンは変わってしまう。

必然的に、一つのシーンの中で表現できることは限られる。
数ある情報の中で、一体、どの動きや表情や景色を表現するのか、あるいはしないのか。その与えられた短い時間の中で適切に表現するにはどんな言葉がいいのか。
そして、その言葉は視覚障害者の方々には伝わるのか。
(僕達、晴眼者(目が見える人のこと)が当たり前だと思って使っている言葉が視覚障害者の方々には伝わらないということもあるのだ)

音声ガイド制作者として、僕は常にそのどうしようもなく多くの制限の中で、懸命によりよい表現を探して戦っている。

そんな音声ガイドは、実は日本ではまだまだ普及が遅れている。
今これだけ騒がれている『鬼滅の刃』ですら、音声ガイド付きの上映が始まったのは公開から三週間経ってのことだった。

そういう現状に対して、僕は別に視覚障害者の方々にも平等に機会を与えなければならないのだ!とか、そんな風に声高に主張するつもりは全くない。
ただ、すごくシンプルに、普通なこととして、障害があろうとなかろうと関係なく、同じタイミングでエンタメサービスは享受されてもいいじゃないか、と思うのだ。

とは言え、この依頼をもらった11月初旬段階、映画「えんとつ町のプペル」と呼べるものはまだほとんど完成していなかった。
作品のクオリティを限界まで上げようと、12月の公開ギリギリまで制作が行われるためで、もちろん、既にアニメーションとしてできあがっているシーンもあったが、ラフ絵の箇所がほとんどで音楽も効果音も入っていない。

実は、公開と同時に音声ガイドをつけることがない理由はここにある。
前に書いたように、音声ガイドは台詞や音楽の間に如何にそのシーンの画面情報を描き出していくかというものだ。それが、映像の詳細や動きがわからない、音楽や効果音がない、という状況では、道しるべになるべきものが何もない、ということなのだ。

しかしながら、弱音を吐いてばかりもいられない。
STUDIO 4℃さんの柔軟な対応で送られてきたのは、絵コンテ、完成台本、そしてラフ絵に声優さんの声だけが吹き込まれた動画。こんな事をしてくださる制作会社はいない、それだけ4℃さんがバリアフリーに対して理解が深いという事に他ならない。

最終的に映し出される絵がどんな風に仕上がるのかも、どんな音や曲が流れるのかも、そこで生み出される映画のテンポも、何もわからない中で、そこからは文字通り暗中模索の日々が始まった。

これだ!と思うガイドを完成させると、週末にはシーンのできあがった映像を繋ぎ合わせた動画が4℃さんから送られてくる。そうしてその圧倒的なクオリティの映像に打ちのめされ、再び表現を練り直す。

形作った原稿案に今度は音楽と効果音が入ってくる。ガイドと音楽は重なっていけない訳ではないが、ガイドを入れるタイミングは変わってくるし、それによってガイドを入れ込むことのできる長さが変わる。

作っては修正、修正してはまた修正、ひたすらにそれを繰り返した。
最初の原稿はもはや覚えていない。

しかし、本当のところはそんな僕の苦労なんて吹き飛ぶくらい、あがってくる映像、音楽その全てがこの映画にかける方々の熱い想いを反映したとんでもないクオリティのものばかりで、その熱量に押され、僕もまた画面に向き合い続けた。

多くの人がこの映画に一つの希望を見るように、僕もまた、この映画に一つの夢を、願いを託している。

この映画には、同じアングルからの風景を描くシーンが4回ある。
僕は、そのシーンの音声ガイドの表現を全て違った見え方(聴こえ方)になるように変えた。
時間経過の中で、物語が展開していく伏線となるような言葉を敢えて入れている。

単に情報を伝える言葉だけではなく、詩に書くような多様な色彩を持つ言葉も散りばめた。そして、声優の能登麻美子さんの穏やかで暖かい声がその言葉達を何倍にも素敵なものにしてくださっている。

誰しもに「音声ガイド」が一つのコンテンツとして受け入れられることで、音声ガイドが広まって、どんな映像コンテンツにも当たり前に付与される時代になって、そして、障害があろうとなかろうと関係なく、誰もが同じように同じ時にエンターテイメントが楽しめるようになること。

それが、僕がこの映画に託した夢だ。

音声ガイドを作ることは煙の中をひたすら進んでいくことに似ている。
そこに正解はない。
ただ、自分がこれだ、と思う信念を頼りに少しずつ少しずつ進んでいく。
その先にきっと星があると信じて、進み続けたルビッチとプペルのように。

僕はこの映画の音声ガイドを視覚障害者の方だけでなく、全ての人に向けて書いた。
どうか、少しでも多くの人に届くことを祈っている。

さぁ、映画館で一緒に、この希望に満ちた最後の夜の物語を楽しみましょう!

コトノハナ
和田浩章

音声ガイド付き上映は、『HELLO! MOVIE』アプリをインストールしたスマートフォン等の携帯端末をお持ちであればどなたでも、全ての上映劇場にてお楽しみいただけます。詳細はこちらをご覧ください。

https://poupelle.com/news/?p=400

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