アイルランドの異教的伝承「ブリクリウの饗宴」⑬(¶97~¶102)

私が翻訳したアイルランドの異教的伝承「ブリクリウの饗宴」(Fled Bricrenn)をここに掲載していきます。

【前回】


登場人物と用語の一覧はこちらにあります。適宜ご参照ください。


今回は、ロイガレをはじめ三英雄が大男に挑戦します。自分の死と引き換えに約束を守る真の英雄は現れるのでしょうか。今回で最後です。「ブリクリウの饗宴」の結末を見届けてください。


¶97

そういうわけで、今夜はロイガレ・ブアダハがいた。
大男は言った。「今夜俺と〈英雄の分け前〉を争う英雄たちのうち、誰が俺との約束を守るのだ? ロイガレ・ブアダハとは誰だ?」
「ここだ、うすのろ」とロイガレ。
大男は同じことを約束させ、ロイガレもまた翌日の夜来ることはなかった。また翌日やって来てコナル・ケルナッハに同じことを約束させ、そして彼もまた約束を守らなかった。

¶98

四日目の夜にも大男は来て、この夜は彼らに対し怒りに満ち、恐ろしげな様子だった。アルスターの女たちが全員この夜来ていた。毎夜〈赤枝〉の館で起こる驚くべきことを見るためである。そしてこの夜はクー・フリンが来ていた。大男はすぐに皮肉を言い始めた。
「お前たちの戦意も武勇ももう終わってしまったようだな、アルスターの者らよ。お前たたちの英雄の〈英雄の分け前〉に対する欲は大きい、しかしお前たちはそれを争うほどの器ではない。どこだ、あのみじめなゆがんだ男、お前らがクー・フリンと呼ぶ者は? 他の戦士よりも歪んだ者の方が強いのか?」
「お前との契約など俺は全く欲してなどいない、うすのろ」とクー・フリンは言った。
「俺にはお前が惨めなハエに見える。お前は死をとても恐れている」
間髪入れず、クー・フリンは彼に向って跳びかかった。彼は大男の斧を奪って切りつけ、その頭を切り落とし、頭は〈赤枝〉の館の棟木にぶつかり、館全体がバラバラになった(ほどの衝撃を与えた)。すると大男は立ち上がり、頭と首を乗せた台と斧とを拾い集め、館の外へと出て行った。首の切断面から流れ出す血で、〈赤枝〉の館のいたるところがいっぱいになった。

¶99

翌日、アルスターの者たちはクー・フリンが逃げないよう見張っていた。他の戦士たちがしたように、彼があの大男から逃げるかどうか見定めるためである。アルスターの者たちが、クー・フリンが大男を待っているのを見た時、彼は大いに沈鬱な面持ちで、葬送歌を歌うにふさわしい様子だった。そして彼らにとって確かだったのは、あの大男が来たとき彼の命が尽きるということであった。それ故、クー・フリンは恥のためコンホヴァル王にこう言った。
「俺の盾と剣にかけて、俺はあの大男との約束を果たすまで逃げることはない。俺の眼前には死があり、名誉ある死は(それを避けるよりも)俺にとっては良いことだからだ」

¶100

日没になり、あの大男が彼らに向かってやって来るのが見えた。
「クー・フリンはどこだ?」と大男。
「俺はここにいるぞ」とクー・フリン。
「今宵はやけに口数が少ないな、哀れな男よ。お前は大いに死を恐れている。お前が死をどれだけ恐れようと、自ら引き受けたことを避けることなどできはせぬ」
そしてクー・フリンは彼のもとへ歩み、首を首切り台の上に乗せた。その台はあまりに大きく、彼の首はその半分に届くだけだった。
「首を伸ばすのだ、哀れな男よ!」と大男。
「あまり俺を苦しませるな」とクー・フリン。「早く殺せ。昨晩俺はお前を苦しめはしなかっただろう。誓って言うが、もしお前が俺を苦しめようというのなら、俺はお前の背よりも高く、鶴のように伸び上がるぞ」
「俺にはお前を切ることはできぬ」と大男。「台の大きさとお前の首の短さとお前の胴の短さゆえに」

¶101

そう言われると、クー・フリンは首を伸ばし、肋骨の隙間一つ一つが戦士の足が入るくらいに広がり、また首は台の向こう側にまで達した。大男が大斧を持ち上げると、それは館の棟木まで届いた。大男が身に着けている古びた獣皮の裂ける音、斧の音、それを持ち上げる二本の腕の力。それらはまるで風の吹く夜に木が揺らされる音のように大きかった。そして今度は、刃のない部分を下にして、クー・フリンの首の高さまで斧は下げられた。アルスターの貴族たちはこの様子をじっと見つめていた。

¶102

「立つがよい、クー・フリンよ」と大男。「……アルスターの、あるいはエーリゥの戦士達が、そなたの勇気と強さと誠実さゆえに、我こそはそなたに伍さんと思うのは当然のことよ。今この時より、そなたはエーリゥの戦士達の王となる。誰もそなたと〈英雄の分け前〉を争うことはできぬ。そして宴会の場において、そなたの妻の前を行く女は、アルスターにはおらぬことだろう。そしてまた、今この時よりそなたと競う者あらば、我が民の誓う神に誓い、その者の命は……」
それは、クー・フリンとの間に交わした約束を果たすため、あの大男の姿でやって来た(クー・ロイ・マク・)ダーリェであった。この時から、〈英雄の分け前〉をクー・フリンと競おうという者はなかった。エウィン・ウァハの〈英雄の分け前〉と、アルスターの女たちの口げんかと、エウィン・ウァハの戦士たちの盟約と、アルスターの者たちのクルアハン・アイへの進軍、かく語らる。

記事を面白いと思っていただけたらサポートをお願いします。サポートしていただいた分だけ私が元気になり、資料購入費用になったり、翻訳・調査・記事の執筆が捗ったりします。