ケルト神話・アイルランドの伝承あらすじ集④:鳥の物語三編

この一連の記事は、普通ではなかなか触れることの難しいケルト神話(アイルランドの伝承)の、あらすじだけでも簡単に読めるようにしてみようという試みです。既に書いた記事はマガジンの方から一覧をご覧になれます

前回(③)の最後では、若さの神オイングスが、恋人カイルとともに白鳥となって飛んでいきました。今回はそのように、鳥というモチーフ、特に美しい鳥が共通する話を集めてみました。アイルランドの伝承の中で、鳥は非常によく現れる生き物です。とりわけ、鳥への変身というモチーフが頻用されます。鳥が関わる物語は無数に存在し、ここではその一部をご紹介するに留めます。今回は神話サイクルから『リールの子供たちの悲劇』の一つ、アルスターサイクルから『クー・フランの誕生』と『クー・フランの病床、あるいはエウェルのただ一度の嫉妬』の二つの物語を選びました。


『リールの子供たちの悲劇』

神々の時代の物語である「神話サイクル」に属する物語だが、そのスパンは広く、神々の時代から始まり、人の時代を通って、異教からキリスト教の到来まで降ってゆく、ダイナミズムのある物語。リールという有力な神の四人の子供が、魔法によって鳥に変じ、1200年間の放浪に身をやつす。その間に彼らの父祖たる神々は滅び、かつての館は見る影もなく……という展開に、深い悲哀がある。


神々トゥアサ・デー・ダナンがアイルランド全土を得た後、彼ら全体の上に立つ最高の王を決めることになった。会議の結果、ダグザの息子の〈赤き〉ボズヴが選び出されたが、リールという神はただ一人不服に思った。彼らはボズヴを力づくで従わせようとした。

しかし、リールの妻が死に、リールは大きな悲しみに襲われた。この知らせはアイルランド中を駆け巡り、〈赤き〉ボズヴは己の養い子である三姉妹の内の一人を彼に与え、手を結ぶことを提案した。リールは思案の末にボズヴの手を取ることに決め、ボズヴのシー(神々の住み処)へ向かった。リールは歓待され、三姉妹の中の最年長のアゥヴを妻とした。

二人はリールのシーに帰り、やがてアゥヴは、フィングァラとアゥズという女子と男子の双子を、続いてフィアフラとコンという双子の男子を産んだ。しかしその出産で母体であるアゥヴは死んでしまった。リールは再び大きな悲しみに襲われた。子供たちへの愛がなければ彼は死んでしまっていたかもしれないほどに。

ボズヴはリールへの友情のため、彼にアゥヴの妹、アイフェを与えた。リールは新たな妻と四人の子供を愛した。ボズヴとトゥアサ・デー・ダナンもリールの四人の子供たち大いにを愛した。そして子供たちはいつも父リールとともに眠ったのであった。

しかしこういったことは、リールの妻アイフェの嫉妬を育んだ。彼女はある日、姉の子供たちを伴って戦車に乗った。そして従者たちに子供たちを殺すよう言ったが、彼らは拒否した。するとアイフェは自ら剣を抜いたが、しかし子供たちを傷つけることはどうしてもできなかった。

彼らは西へ行き、ロッホ・ダルヴリャッハ湖のほとりにたどり着いた。アイフェはリールの子供たちに湖で泳ぐよう言った。水に入った彼らを、アイフェはドルイドの変身の杖で打った。リールの子供たちは完璧なまでに白く美しい白鳥の姿になった。子供たちはアイフェに向き直り、長姉フィングァラはこの行いを非難し、アイフェはその報いを受けるだろうと言った。

アイフェによって予言がなされ、南の女と北の男、すなわちコナハト王ラルグネンとマンスター王の娘デゥッハが結ばれるまで、子供たちはそのままの姿になるとされた。彼らはロッホ・ダルヴリャッハ湖に300年、エーリゥとアルバの間のスルース・ナ・マウリェ海に300年、イォルス・ドウナンに300年、そしてイニス・グルァレ島に300年、それぞれ留まることとされた。

リールは何が起こったかを察知し、ロッホ・ダルヴリャッハ湖に向かった。白鳥となった子供たちの長姉フィングァラはリールに唄いかけた。リールは人の声で唄うそれらが己の四人の子供であると知った。その歌はいかなる人をも満足させる、悲しい歌であった。

ボズヴはリールから事の子細を聞き、アイフェを非難した。彼は彼女に、自分がこの世で最もなりたくない姿は何かと問うた。彼女は空気の霊と答え、彼はドルイドの変身の杖で彼女を打った。すると彼女は空気の霊となり、流れ去って行った。今でも彼女はその姿であり、永遠にそのままであろう。

ボズヴ率いるトゥアサ・デー・ダナン、そして彼らの後にアイルランドを支配したミールの息子たち(ゲール人)はともにロッホ・ダルヴリャッハ湖で野営し、リールの子供たちの歌に聞き入った。彼らは語り、楽しんだ。そのようにして300年が経ち、子供たちはその湖を去らねばならず、悲しくなった。

彼らはエーリゥとアルバの間のスルース・ナ・マウリェ海に飛んで行った。彼らは冷たさと悲嘆と後悔に満たされた。嵐がやって来て、彼らは散り散りになった。彼らはびしょ濡れになりながらも、予め決めておいた場所に落ち合い、長姉フィングァラが三人の弟を翼と胸の下で温めた。

ある時、彼らは壮麗な騎馬の行列を見た。それは彼らを探しに来たボズヴの二人の息子、アゥズ・アシオサッハとフェルグス・フィスヒオラッハ率いるトゥアサ・デー・ダナンの軍勢だった。彼らはリールやボズヴたちが息災ないことを知らせ、またリールのところへ行って子供たちのことを伝えた。

やがてまた300年が経ち、リールの子供たちはイォルス・ドウナンへと移った。彼らはそこで寒さに耐えながら長い時を過ごしたが、ある時ある男に出会い、とても親しくなった。彼らは彼に歌を歌い、来し方を語った。

また300年が経ち、子供たちは父リールの待つはずのシーへと向かった。しかしそこには何もなかった。住居もなく、暖炉の火もなく、ただ緑だけがあった。もはや彼らの種族トゥアサ・デー・ダナンは滅び去っていたのだ。彼らは嘆き悲しみ、父の土地、自分たちの育った土地で一晩を過ごした。

翌日彼らはイニス・グルァレ島へ行った。彼らはそこで長い時を過ごし、やがてキリストの教えと聖パトリックとがエーリゥにやって来た。イニス・グルァレ島には聖モハゥウォーグという聖者がやって来た。教会の朝課の鐘を聞き、リールの子供たちは恐れ、また美しいと思った。それこそが神の御心のもと、彼らを救うものであると長姉フィングァラは語った。彼らは朝課の鐘を鳴り止むまで聞き、お返しに神とエーリゥの高王とを讃える歌を歌った。聖モハゥウォーグはその歌を聞き、その歌を歌った者を明らかにするよう神に祈り、リールの子供たちであるとわかった。

翌朝彼は鳥の集まる湖に行き、リールの子供たちに会い、己を信用すれば罪から解放されると説いた。彼らは彼についていき、教会で彼とともに祈った。モハゥウォーグは白い鎖を作らせ、リールの子供たちを二羽ずつつないだ。彼らは心安らかに暮らした。

マンスター王の娘デゥッハは、この唄う鳥たちのことを聞き、コナハト王ラルグネンに、これらを手に入れるよう懇請した。ラルグネンは使者を送って鳥たちを聖モハゥウォーグにねだったが、叶わず、怒り狂った。彼は直接教会へ行き、鳥たちを手でつかみ、デゥッハのもとへ向かおうとした。しかし彼が鳥を掴むと、それらは四人の萎びた、血も肉もない老人になったのだった。

ついに鳥の姿から戻った長姉フィングァラはモハゥウォーグに、自分たちの死が近いため、洗礼を施し、自分たちの墓を掘り、三人の弟たちをそれぞれ自分の右手、左手、顔の前に埋めるように願った。そのようになされ、墓石にはオガム文字で彼らの名前が刻まれ、彼らの死が悲しまれ、その魂は天へ上った。


ここには明らかに、土着の伝承を新たな宗教が取り入れ、書き換えた痕跡が残されている。新たな教えの正しさをこの伝承が語ろうとしていることは明らかである。しかしそれでも、この新しい信仰が古き神々を苛烈に排除しようとはせず、むしろ手厚く遇し、そしてその滅びを悲しんでいることもまた事実であり、この悲劇の美しい悲しさが揺るぐわけでもないのだ。この異教とキリスト教との合の子のような伝承には、二つの宗教の関係が端的に現れているように思える。

出典:
Richard J. O'Duffy (ed), Oidhe Chloinne Lir, Society for the Preservation of the Irish Language, Dublin, 1883.


『クー・フランの誕生』

アルスターサイクルの物語。アイルランドの東、アルスター国における英雄、そしてアイルランドで最も有名な英雄であるクー・フランの誕生の逸話。

クー・フランは尋常ならざる英雄であり、故にその生まれもまた尋常ではない。彼は三人の父を持つとされる。神族トゥアサ・デー・ダナンの英雄神ルグ、アルスター国の王コンホヴァル・マク・ネサ、そしてアルスターのスアルダウである。「3」という数は、アイルランドのみならずケルト圏で常に神秘的な数とされる。母親はコンホヴァルの妹デヒティリャであり、すなわちコンホヴァルは近親相姦によってクー・フランをもうけたかもしれないのだ。実際この物語ではその点が指摘される。近親相姦という禁忌は通常禁止されるが、神話においてはしばしば原初の神がそれを行う。彼の近親相姦による誕生の示唆は、彼の父親が神であるのと同じく、彼を聖別し、他の普通の人間から際立たせる要素なのであろうか。


あるとき、アルスター国の王宮のあるエウァン・ウァハに、鳥の群れがしばしば現れ、草を根まで食べてしまうので、アルスターの人びとは悩まされていた。彼らはアルスター王コンホヴァルを筆頭に、戦車で鳥たちを狩りに行った。王は常のごとく、妹のデヒティリャを御者として連れていった。コナルやロイガレ、ブリクリウといった戦士達がコンホヴァル王に同道した。彼らは鳥たちを追って長い距離を行軍した。鳥たちは二羽ずつが銀の鎖で繋がれていた。

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