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まほうがとけるまで #5

18時49分 サンジュ

◆みそら地区/ねずの木病棟/ナレーション:ドロシー

 さて、こちらは十八時前に病院でこず枝さんを降ろしたサンジュくん【男性/駕籠屋】。お兄さんとの仲直りは、どうなったんでしょうか? 病室を覗いて……
「病人は! 大人しく寝てろ!」
「はぁ?1言ったな?!」
 ……仲直りどころではありませんでした。
 サンジュくん、病室の引き戸に挟まっているサンドリヨンを締め出そうと悪戦苦闘中、ついでに、病床にいるお兄さんのシアンさんと喧嘩中でした。
 このフロアで稼働する五台のサンドリヨンたちは、全てが暴走しました。階段から落下して壊れた子が1台いるだけで、他は未だ廊下やナースステーション、解放された病室を好き放題にしています。
 50㎏の質量を持った物体が、急にトップスピードのホバーボード【ホバリング移動できる、ハンドルがついた板状の乗り物。最高速度は時速10~15㎞ほど】と同じ速度で無軌道に動き出したんです。それも、病院で。大事なケーブルを抜いたり、人にぶつかって転ばせたり、ベッドから患者さんを落下させたり、およそ病院で起こってはいけないトラブルが発生しました。
 人数の少ない夜勤スタッフさんは、自力で動けない患者さんへの対応に向かいました。ただならぬ雰囲気の中、院内放送の「決して扉を開けないよう」という指示に従って個室の引き戸を閉めようとしたサンジュくん、そこでナースステーションを駆け抜けたサンドリヨンと鉢合わせ。
 慌ててドアを閉めたのですが、良い感じにサンドリヨンが挟まってしまったんです。サンジュくんだけでは大変そうですが、お兄さんの助けは頑なに拒絶しています。
「くっそ……」
 片足でサンドリヨンのスカートを押し出しながら、両手でドアを抑えています。二回の締め出しに失敗して、厳しい表情です。
「よっ」
 見かねたのか、さっきの売り言葉に買い言葉なのか、サンジュくんの背後でシアンさんがベッドを下ります。
 シアンさん、何か持っているんですが……
「あ?!」
 ちらりとシアンさんを見たサンジュくん、悲鳴に近い怒鳴り声をあげました。シアンさんが持っていたのは、さっきまで左手にぶら下げていたはずの輸液やチューブを外した点滴台でした。
「頭大丈夫か!」
「うるさい。どうせ栄養剤だ」
 針を抜いたところから血をにじませながら鼻を鳴らします。
「兄ちゃんが寝てるだけじゃ、格好つかないだろ」
 点滴台を引き戸のレールに噛ませたシアンさん、両腕で斜めに押し込みます。
「ほら! さっさと動け! 健康な弟!」
「言われなくても、やるっつうの!」
 サンジュくん、三度目でようやく、サンドリヨンを押し出しました。
「サンジュ、足!」
「うわっ」
 点滴台が滑るように倒れ、引き戸が勢いよく閉まります。間一髪、サンジュくんの蹴り足は無事でした。
 その場に尻餅をついたサンジュくん、息をつめてドアの向こうの気配を追いかけているようです。ドアの向こうでは何度かドアに体当たりする音がしましたが、それきり何かの動く気配はありません。
「行ったか」
 シアンさんもその場に座り込みました。肩で息をしています。
「いやあ……体力落ちたわ」
 浅い呼吸の隙間で、シアンさんが笑いました。
「だぁから、寝てろって言ったでしょ」
「お前にばっかりやらせる訳にいかんでしょう」
「それで余計具合悪くされるのは、俺が! 嫌だっつってんの」
 サンジュくん、そっぽを向いてしまいました。
「だいたいさあ」
 あら、始まってしまいました。
「昔からそうだよ、あんた。全部ひとりで勝手にやりやがって。俺いっつも後から納得するしかないの、分かってる? ちょっとは相談してよ。家族だぞ! それとも、なんだ? どうせ俺は」
「待て」シアンさん、サンジュくんの言葉を遮りました。
「それ以上言わせちゃ、兄貴失格だ」
 サンジュくんが知るよりもずっと細い腕が、肩を抱きました。
「悪かったよ。お前ならわかってくれるって、勝手に思ってた」
 サンジュくんは答えず、赤毛をかき回します。
「今夜無事越せたら、あらためて話し合おう」
「……何を」
「俺がどう人生畳みたいかって話」
「……」
「それと、お前が入院費稼ぎに、水際の仕事【水際の+名詞/危険をはらむことを指すスラング】受けてる話」
 サンジュくん、悪事が露見した時の顔でシアンさんを振り返りました。
「どっから」
「お前の学費のとき、俺もやってた。分かるんだよ」
 シアンさんに小突かれて、サンジュくんの背中が揺れました。
「いらんとこだけ俺に似やがって。しょうがない弟だ」
「……」
 サンジュくん何か言いかけましたが、つっかえ棒をした引き戸が音を立てました。目をこすったサンジュくん、立ち上がって、警戒体制で扉に近づきます。すると、外から引き戸を動かす音の後、ドアを何度か叩かれました。
「すみません! ミコヤナです! ソラールさん、お怪我ないですか!」
「こず枝ちゃん?」
「おっと、今開けます!」
 兄弟は急いでつっかえ棒にした点滴台を外します。引き戸の向こうにいたのは、私服のこず枝さんでした。「帰ってなかったんです?」
 サンジュくんが目を丸くしています。
「帰ってる場合じゃないです!」
 片手に救急キットを持ったこず枝さん、笑顔が頼もしいですね。その後ろには、バッテリーの抜かれたサンドリヨン。
「そいつ、止まっ……たんです?」
「バッテリー切れみたいです。怖いので、電池抜きました」
 こず枝さんはテキパキ個室に入ると、サイドテーブルに救急箱を置きました。
「怪我はないですか? 軽いものならすぐ処置します」
「あ! 兄貴点滴抜いたんですよ」
「え?!」
 こず枝さん、ベッドに置かれた輸液パックを確認。
「ああ……よかった、え、ダメ、よくない、よくないけど、まだいいほう」
「あーあ、看護婦さん困ってるよ」
「ごめんね。緊急時だったので」
 こず枝さん、わざとらしい怒り顔を作りました。
「もうダメですからね?」
「はい」
 恐縮してベッドに戻るシアンさんです。
「点滴替えますか?」
「いや、大丈夫です」
「じゃあ、パッチだけ貼りますね」
「どうも。他、どんなですか」
 点滴跡に止血パッチを貼られながら、シアンさん、こず枝さんに尋ねます。
「できる事をやってます。でも、まだ何があるかわからないので、扉は閉めたままで。弟さんも無理せず、帰れなかったら夜勤の担当を呼んでください」
「帰れなきゃ帰れないで、なんとかします。そちらも無理しないで、気を付けて」
 サンジュくんが乗る空色の車には、車中泊ができる程度の用意があります。
「そうですね。明日もあるし、早めに帰ります」
 冗談めかして笑ったこず枝さん、他の患者さんのところへ向かうため個室を出ていきました。
 こず枝さんの足音が遠くなってから、口を開いたのはシアンさんです。
「サンジュ」
「なに?」
「さっきの話だけど、昔から……って、いつから?」
 こわごわと尋ねるシアンさんに、サンジュくんは、いじわるな笑顔を向けました。
「教えてやらねえ」

 よかった。仲直り、できたみたいですね。


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