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メドウマウス・メソッド

いつかのどこかのお話です。
あるところに、第02特区という島がありました。
みんなはこの島をオズと呼び毎日を暮らしています。
この島では、住民の皆が主人公。
そんな彼らの様々な営みを、ひととき、覗いてみましょう。

今日の主人公は、鉄(くろがね)ソラ。制服姿の、17歳の少女。来年成人する彼女は今はまだ高校生で、魔法使い見習いだ。そんな彼女の放課後を、覗いて行こう。

P-PingOZ 「メドウマウス・メソッド」/ナレーション:友安ジロー

 みそら地区、午後16時。学校街駅発のモノレールは、学校街【テロップ:主に私立の9年校、高校、大学、専門学校ビル等の教育機関が集中している】から出てきた若者で溢れている。
「クラス同じで驚いたよ。ソラさん普通クラスから進学するつもり?」
 ソラは二人掛けの席で、クラスメイトとのお喋り。
「そうなるといいな。アオメさんは、やっぱり専門? 成形品調理だっけ」
「うん。早く免許取って、お家の手伝いしたいし」
「偉いねアオメさん」
「全然よ。そうだ、いま私、野菜粉末で成形グラッセ作ってみてるんだ。できたらまた味見してね」
「うん。いいよ」
「よかった! それじゃあ、また明日ね」
「また明日」
 ひとりになったソラは、モノレールの車窓へ視線を移した。すいぎょく地区にかかる消えない虹と、堀沿いに植わるミホシザクラの大きな花びら。のんきな暖かさに相応しい春の夕暮れ時に、ソラの表情は晴れない。
 うつぶし地区の大山団地前駅で降りて、彼女が向かったのは、駅から少し歩いた所にある「秘密の花園」。全て個室、オートロック。使用器具は全て洗浄され、安全だ。
 おそるおそるタッチパネルを操作すると、カードキーと『洗浄済』タグのついた緑色の薄型ゴーグルが吐き出された。すぐ隣のサーバーで水を入れ、流行歌の有線が流れる薄暗い廊下を早足で個室へ。施錠音がしてようやく、彼女は肩の力を抜く。
 シンプルな小部屋の机には『洗浄済』の文字が流れるタワー型端末があったが、ソラはリュックから自分のラップトップを取り出して起動させる。同期させた緑の眼鏡(ゴーグル)をかけ、三人称アングルでログイン。ゴーグルに『接続中』の文字が点滅し、ソラは、森へ向かった。

 彼女は、森の中では、冠をかぶった野ネズミの姿を取る。頭上に表示される名前も、見た目通りのmedowmouce(野ネズミ)。
 野ネズミは羊皮紙の地図を開き、座標を入力する【※個人情報保護の観点から画面にぼかし処理を行っています】と、森を一瞬で移動し、小さな赤い屋根のロッジの前へ。ここは、彼女の親友で作った秘密の場所だ。
 ソラが入力したパスワードが鍵の形になり、ひとりでに鍵穴へ吸い込まれてドアが開く。中にいるのは、ASKという、赤いフード付きのケープを着た少女だ。ソラとは数年来の親友。
『ハロー、メドちゃん。いつもと場所違うけどどうしたの?』
 野ネズミは背中を丸める。
『実は……親にメガネと端末壊された』
『え、ひっどい! どうして?』
『就活と関係ないからって』
『えー?! メドちゃん、大学行くって言ってたじゃん! え、他は無事? データとか?』
『避難させてある。サブは無事だったから、今日はそっちで。メガネは借り物だけど』
『新しいのも、すぐはムリっぽいかな? 金貨十枚ぐらいかかるもんね』
『……今の貯金、受験とか模試のお金に充てるつもりだから』
『受験までに、お金どのぐらいかかるの?』
『前の一式と同じぐらい』
『ひえっ』
 野ネズミの返答に、ASKが悲鳴を上げてソファに倒れ込んだ……と思ったら跳ね起きた。
『ていうか、ご両親はどうして就活って言ってるの?』
『すいぎょく地区で働けって言って、ずっと喧嘩してたんだ。ウチには進学させる余裕がないって』
 野ネズミの声は険しい。
『奨学金は?』
『借金だからダメって。家にお金が入らないから』
『ふあー!』
 ASKが再び悲鳴をあげてソファに倒れ込む。
『メドちゃん、卒業したら家出た方がいいと思うな』
 ASKの声は真剣だ。野ネズミはソファによじ登り、ASKの鼻先で耳を動かした。
『できるかな』
『それは、メドちゃん次第だと思うよ』
 ASKは野ネズミの冠を指でなぞる。
『メドちゃんは、どうしたい?』
 野ネズミはしばらく動かなかったが、顔を上げてASKと視線を合わせる。
『私、あーちゃんに色々教えて貰ってたのに、全部ダメになるの嫌だ』
『ン、わかった』
 ASKは野ネズミを片手ですくい上げ、そっとテーブルにおろした。
『じゃ、ひとまず端末代のバイトしよ。ちょうど簡単な仕事が入ってきたから、魔法使いデビューだ』
 ASKはバスケットの中から鳩の置物を取りだし、つついた。
『弊社城門強化に伴う負荷テスト依頼につきまして』鳩から合成音声による読み上げが始まる。野ネズミはきょとんと首をかしげている。
『もしかして、あーちゃんの仕事、手伝って良いの?』
『もっちろん! どこかはナイショね。お給金良いし、人増やしても良いよって言われてるから、二人分でメドちゃんのメガネと端末買うたしにしよ。ほら』
 鳩の音声が、ちょうどその部分を読み上げる。
『尚、今回のご依頼につきましては、内容の性質上、同じ魔法使いの方をご紹介下さっても結構です。ジュネ様に』
『うわああああー!』
 ASKが鳩をハンマーで叩き割った。
『……聞かなかった。いいね?』
 野ネズミは、今日はじめて笑い声をあげた。
『わかった』

  🐀

『契約書、難しくなかった? ASKああいうの苦手』
『そう? 私はああいうの平気だよ』
『すごいねメドちゃん! 頭脳!』
『よく分かんないな……』
 ASKから渡された座標には、堅牢な石造りの城壁が聳えていた。
『お城だ』
『そう。ここが今回のご依頼先。準備良い?』
『大丈夫』
 野ネズミは避難させていたファイル達の中から「群れ」を呼びだす。野ネズミの背後に、彼女の大軍団が現れた。彼女より小柄で冠のないネズミたち。頭上には異なる9桁の数字。【小ネズミの名前にはぼかし処理を行っています】
『門の負荷テストなので、メドちゃんはその子達と城門に向かってね』
『あーちゃんは?』
『ふっふっふ』
 ASKはバスケットから鍵束を取り出した。【鍵束にはセキュリティの観点からぼかし処理を行っています】
『ASKは悪い魔法使いごっこするんだあ。時間だ! じゃあよろしくね!』
『分かった……行っておいで』
 野ネズミは小ネズミたちに号令をかけた。ネズミの軍勢は茶色い波となって城門へ向かい、門扉や門の周りを塞ぎ、囓り始めるが……小ネズミを従え、冠を頂く女王は不思議そうに尻尾を振っている。

 数分後。城壁の内側から長い帽子の衛兵が隊列を組んで現れ、ネズミを銃剣で振り払いだした。
『足りない?』
 野ネズミは自分の姿を隠すため小ネズミ達を密集させて壁にし、更にネズミを呼びだした。
『これで、どうだろ』

 更に数分後。衛兵達は増える一方、ネズミの防壁は剥がれ、野ネズミの女王には焦りが見える。
『……あーちゃん大丈夫かな』
『呼んだ?』
『あーちゃん?!』
 ASKが大勢の衛兵を従え、城壁の内側から顔を出した。
『メドちゃんありがと! おかげで面白いことできたよ』
 ASKの連れてきた衛兵達が、ネズミ駆除に頑張る他の衛兵を、後ろから銃剣で突き倒していく。
『え?』
『ふふーん』
 その間に息を吹き返したネズミたちが城門を囓り、削り、遂に城門の壁が崩壊。潰れてしまった。
『よし、おしまーい! どうだった?』
『セキュリティが思ったより早かった』
『あとは?』
『もっと早く潰せると思ってたけど、しっかりしてた。ねえ、あーちゃん、最後のあれ何だったの?』
『ASKの端末からいっぱい迂回して、ここの本社端末全部使ったの』
『ぜんぶ?!』
『社内のセキュリティも頑張って貰わないとだ。ログとって、レポートにつけなきゃなあ。やだなー』
 ASKが依頼主に終了したと鳩で伝え、二人は秘密のロッジに戻る。
『あーちゃん、あのちょっとの間に全部やったの? やっぱり凄いなあ』
『凄くないよ。今回は簡単だっただけ。メドちゃんも、ちっちゃいお仕事なら引き受けられるはずだから、来年はギルドに登録できると思うよ』
『できるかな』
『それはメドちゃん次第だよ』
 ASKがテーブルのバスケットからリーフレットを何冊も取り出し、野ネズミの前に広げた。
『あーちゃん?』
 ASKは腰に手を当てて威張った。
『オズで貰える給付型奨学金の案内、ぜーんぶあるよ』
『え』
『さっき調べといたんだ』
 野ネズミは、フリーズしたように動かない。
『大丈夫? やりすぎてたかな』
『全然。嬉しい。ありがとう』
『どういたしまして。だって約束したもんね』
 彼女たちは、今まで対面で会ったことがない。野ネズミのソラが成人して、大学生になったら会おう。そう約束していた。
『ちょっと、ちょっとごめんね』
 ソラは緑の眼鏡(ゴーグル)を外し、涙をぬぐう。人間工学に基づいたシンプルなデザインの個室で、彼女はひとりではなかった。

 ASKと別れて、ソラは家路につく。貰った資料を、携帯端末の読み上げ機能で聞きながら。積み木ビル商店街【開発放棄されたショッピングビルに違法増築されている】の向こう、小山のように連なる、低所得層向けの集合住宅街が見える。そこが彼女の住まいだ。
 この団地に暮らす住民の最終学歴は9年校以下が大半。職業も、肉体労働や炭鉱夫【仮想通貨のマイニング】、団地内での低賃金介護や保育で糊口を凌ぐ様な住民が7割を占めている。
 ここでは、勉強をしたい、というのは、一種の贅沢だ。ソラはハイスクールに進学できただけでも、まだ運が良い。

『大学に行くのは、もっと色々知りたいからなんだ』
 ソラの後ろ姿に、音声ログが重なる。
『良い魔法使いになれば、森でもっと色んなことができるし。だから、私はもっと勉強しなきゃって思って。呪文書くのも好きだし、やりたいことにずっと時間が使えるって、凄く良い環境だよ』
『あのね。どうするかは私が決めるんだって、あーちゃん言ってくれたの、嬉しかった。ありがとう』
 ソラの背中が、始まりの季節に霞んで行く。
『絶対、来年の春会おうね』


【スタッフ】ナレーション:友安ジロー/音声技術:琴錫香/映像技術:リエフ・ユージナ/編集:山中カシオ/音楽:14楽団/テーマソング「cockcrowing」14楽団/広報:ドロシー/協力:オズの皆様/プロデューサー:友安ジロー/企画・制作 studioランバージャック


P-PingOZ 「メドウマウス・メソッド」 終

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