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青の広場で会いましょう

いつかのどこかのお話です。
あるところに、第02特区という島がありました。
みんなはこの島をオズと呼び毎日を暮らしています。
この島では、住民の皆が主人公。
そんな彼らの様々な営みを、ひととき、覗いてみましょう。

今日の主人公は、ワーキングマザーの黒椿ササメさん。
植物世話係として働く彼女の1日を、覗き見しちゃいます。

P-PingOZ 「青の広場で会いましょう」/ナレーション:ドロシー

 みそら地区、朝七時半。青い屋根の大きな社員用アパートから出てきた黒椿ササメさん【24歳/女性/庭師】は、娘さん【7歳/女性/9年校生】と手を繋いで、9年校へ。ササメさんの通り道に、娘さんの学校があります。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい」
 娘さんが9年校のゲートを守る護衛人形に挨拶するのを見届けて、ササメさん、職場へ向かいます。職場までは、ササメさんの家から歩いて二十分程度。Bleu Blue(ブルーブルー)ではテクノロジーの使用は非推奨とされているため、ササメさんも移動はなるべく徒歩、と、心がけているのです。
 八時。仕事場である青の広場に到着しました。勤務日に送信される日替わりQRコードを読み取らせて、波打つような窓枠と青いステンドグラスが特徴的な事務所へ。更衣室で、クリーニングされたネイビーブルーの丈夫な制服に着替えます。手早く髪をまとめて帽子をかぶれば、立派な庭師さんです。
 始業五分前。担当部門ごとの朝礼。業務連絡や簡単な体操のあと、公園の所有者、Bleu Blueの主宰、『大いなる愛』ミチル・ワイアットによる短い挨拶が中継されます。三十代にして少女のような愛らしいミチルさんの優しい朝の挨拶が終わると、朝八時三十分。始業時間です。

 植物世話係【公園特有の呼び方。通常は庭師と呼ばれる】は、各自決められた場所の植物を世話します。海の深さの様なグラデーションの手押しバケツ、それと、Bleu Blueの職業体験でやってきた男子大学生を伴って、ササメさんは受け持ち場所へ。
 その通り道は、世界中の青を集めて作ったような景色です。
 青と白の移動売店のワゴン。遊歩道はさざ波のようなモザイクタイル。季節ごとの青い花が咲く植え込みは、夜明けまで降っていた雨で輝いています。ペイルブルーの東屋を通り過ぎて、すれ違う青いランニングウェアの人にご挨拶。
 BBleu Blueでは、青い色はミニマルな幸せをあらわすシンボルカラーなんだそうです。もともと、オズでは青い色は縁起が良いとされています。晴れた海と空はオズにとって喜ばしいことですから。
 それにしたって、この青、青。ちょっと、やりすぎの様な気もしますね。
 こうした過剰なこだわりで、何かと誤解されがちのBleu Blueですが、元々はライフスタイル提案ビジネスだったんです。『自然と家族を愛し生きる事こそ美しい幸福の形』というコンセプトの元、様々な暮らしの提案を行ったミチル・ワイアット女史のお兄さまが、クルーを増やしていったんです。
 お兄さまが亡くなられた後は、年の離れた妹のミチル・ワイアット女史が志を継いで……そうして、モザイクタイルと曲線的なデザインが美しい本部施設を『聖堂』と呼び、ミチル女史を『大いなる愛』と呼び、寄付金で青の広場ができる程になったそうで……あ、ササメさん、持ち場へ到着したようですね。
 大きな噴水広場から少し東のカフェテラス。陽当たりの良い壁面に寄り添う白バラと青いクレマチスのトレリスを中心にした、小さなガーデンです。
「手袋はめてね」
「それ毎日言いますね」
「怪我させられないでしょう」
「いやあ、ボクもう成人ですよ」
「いいから」
「はぁい」
 ササメさん、てきぱきと学生さんに指示出し。
「雨強かったから、まずは落ちてる花とか、ゴミあったら拾って」
「はい」
 学生さんが足元のお掃除を始めるのを横目に、ササメさんは手袋をはめ、咲き終わりのバラを間引きだしました。剪定した花は乾燥させて様々使うので、専用の袋へしまっていきます。
 バラはお手入れがとても大変。バラを担当する職員は専任が多く、特に病気に弱いスカイブルーのバラを受け持つことは、植物世話係の栄誉です。ササメさんもいつかは、一番咲きのスカイローズをミチル・ワイアット女史に渡したいんですって。
 それから幾つかの受け持ち場所で手入れを終え、今日最後の場所へ移動する途中、学生さんが受け持ち場所を指差しました。
「あのバラ、色おかしくないですか?」
「ん?」
 指の先を見ても、ササメさんには何がおかしいのか分かりません。
「病気ですかね。先行って見ていいですか?」
「うん。頼むね」
 カートを押したササメさん、学生さんに追いついて、ツルバラのアーチを見上げます。一安心の笑顔がこぼれました。
「なんだ。病気じゃないわ」
 そこには、濃いピンク色のツルバラが可憐な姿を見せていました。ササメさんは言います。
「株に別の色が混ざってたんだね。たまにあるのよ、こういうこと」
「えっ、青と白以外のバラってあるんですか?」
「うん?」
ササメさん、しばらく黙った後に尋ねます。
「……きみ、親御さんがクルーだって言ってたけど」
「祖父母からです!」
「そっか! ええとね、バラにもいろんな色があるんで、覚えて帰ってね」
 娘さんに言うように、ササメさんは言いました。
「これ、どうするんですか?」
 無線機を片手に、ササメさんは答えます。
「色塗るわけにもいかないし、看板出してもらうよ。あ、黒椿です。D―3でイレギュラー……えっと、色違い。ツルバラのアーチですね。はい……はーい」
「あの、このままで良いんですか?」
学生さんに、肩をすくめて見せるササメさんです。
「咲いた花に文句つけてもしょうがないでしょ」
「でも、ここは青の広場ですよ?」
 納得できない様子の学生さんを、ササメさんはいなします。
「そうだねえ。だから、これから来るのは、そのお詫びの看板ってこと。とりあえず、作業始めちゃおう」
 作業をしていると、同僚が看板を届けてくれました。

【看板の文字】公園コンセプトに沿わない植物がございますこと、お詫び申し上げます。Bleu Blueは自然との調和を掲げておりますので、コンセプトと異なる色の花であっても剪定や処分は行いません。ご了承下さい。

  🌹

 十二時。お昼休憩です。ササメさんは学生さんと一旦別れて、事務所で植物造形師(トピアリスト)の女性社員とランチです。今日は、前日買ったビード【Bleu Blueで推奨する、動物性食品を摂取しないライフスタイル。bird's feedに由来】食のサンドイッチ。
 ササメさん、同僚にさっきの件を愚痴っています。
「聞いたら三世の子でさあ」
「それじゃ、ウチで出してる物しか知らない?」
 熱心なクルーは、Bleu Blueのメディアを情報窓口にして、子どもにビード食を与え、系列の学校に通わせます。所得と教養のある人達に多い傾向が見えますね。
「そうみたい。悪い子じゃないんだけどね……」
「まあまあ、今日までの辛抱! ササメさんも頑張ろ!」
「そだねー。あ、プリン良いな」
「でしょ。これ卵無しでカボチャのやつ。はい一口」
「ありがとー!」
 ササメさん、ちょっと元気になったみたい。ランチは大事なリフレッシュタイムなんですね。

 休憩を終えて、十三時。
 外仕事は午前中で終わらせて、後は道具の点検整備や手書で業務日報や引き継ぎ文書の作成を行います。道具のお手入れは日々の大事なお仕事のひとつです。芝の手入れ以外は全て人力で行っているので、責任をもって大切に使います。
 学生さんとふたり、広く自然光の入る作業ガレージで園芸用のハサミ類を磨いたり、油を差したり。
「予備のまで頼んじゃってごめんね。人がいると楽で」
「いえ、大丈夫っす。今日で最後なんで色々やらせてください。ヤスリこんなで良いですか」
「お、いいね。ありがとね」
「あの、ササメさん。今夜ビードレストランで皆とお疲れ会するんですけど、どうですか?」
「あー……今日は娘のお迎えあるんだよね」
「パートナーが面倒見ないんですか」
「前のとは別れてて」
「え」
学生さんの手が止まってしました。
「すみません。俺、知らなくて」
「やだ、謝んないでいいよ」
 ササメさん、実は娘さんが2歳の時にパートナー男性の暴力から逃れ、Bleu Blueで保護された女性です。家族の幸福を説くBleu Blueでは、家庭環境が悪化したパートナーシップの解消を助けて、自立の支援をしてくれるんです。
「こっちこそ、誘ってくれたのにごめんね」
「いえ」
「学校にレポートも出すんでしょ? 大変だねえ」
「いや、ほんと。ナメてました。こんな体使うとは思ってなかったから、全然進んでないです」
「あら。そしたら良いよ、こっちは。事務所でレポートしな」
「でも」
「いいから」
 渋る学生さんを事務所に帰して、黙々と作業を続けるササメさんです。
 刃物類を管理棚へおさめて施錠したのが十四時三十分。それから事務所内の売店で二人分のコーヒーとお菓子を買って、片方をレポート中の学生さんに差入れ。他の社員さん達と雑談しながら、ご自分の業務日誌や引き継ぎ文書を書き上げます。

 十五時三十分。終業のチャイムが鳴りました。みんなへ挨拶をして、ササメさん、大急ぎで事務所を出ます。娘さんの習い事時間が迫っているんです。事務所脇の駐輪場に、昼休憩に手配していたチャイルドトレーラーつきのシェアサイクルが届けられています。QRコードをかざして開錠し、大急ぎで社宅へ。
「ただいま! ムムちゃん支度できてる?」
「はーい!」
 社宅の玄関前では娘さんが習い事バッグを持って待ち構えています。娘さんが牽引式のトレーラーシートに乗り込んだところで、ササメさん、猛然と自転車を走らせ、なんとか時間内に空手のお稽古場があるビルへ送り届けます。
 ビルと言えば、青の広場から半径五キロ圏内には、十階以上のビルが建ちません。美観を損なうという理由で、周辺住民からの反発が強いそうです。
「いってらっしゃい!」
「はーい」
 娘さんが先生にご挨拶するのを見届けて、ササメさんは自転車をショッピングセンターに向けました。ここでも青いカートを押して、品物を物色。お仕事中はビード食だったササメさんですが、娘さん用にミートウス【meetous、栄養価や見た目を天然食品に近づけた加工肉】や鶏卵を買っていきました。社宅に戻ったら駐輪場に自転車を止めて、携帯端末で支払いと回収のお願いをします。
 朝にできなかったお家のことと晩ご飯の支度を済ませると、もう空は夕暮れ。空手のお稽古場へ娘さんをお迎えです。今度は歩いて行きます。
「ムムちゃんおかえり。お疲れ様でした」
「ママもお疲れ様でした。お仕事どうだった?」
「いつも通りだよ。楽しかった。お稽古は?」
「今日はねー、新しい型した!」
 娘さん、ササメさんへ空手パンチを見せてくれました。
「おー、かっこいいねえ」
 道着の入った袋を娘さんから受け取って、空いた手と手を繋ぎます。
「……ねえムムちゃん、青と白じゃないバラって知ってる?」
「知ってるよ。ママと読んだ本にあったじゃん。変なの」
「そうだよねえ」
 ササメさんはふいに娘さんを抱き上げ、ほっぺを合わせます。
「やだママ、もう7歳だよ!」
「いいの。ムムちゃんはママの宝物だもん。宝物はだっこするんだぞー」
「きゃー!」

 十八時。娘さんを抱いたままのササメさんが青い屋根の大きな社宅に入ると、オートロックのフェイクウッド扉が静かに閉まりました。ササメさん、今日もお疲れさまでした。また明日、青の広場で会いましょう。

【スタッフロール】ナレーション:ドロシー/音声技術:琴錫香/映像技術:リエフ・ユージナ/編集:山中カシオ/音楽:14楽団/テーマソング「cockcrowing」14楽団/広報:ドロシー/協力:オズの皆様/プロデューサー:友安ジロー/企画・制作 studioランバージャック

 P-PingOZ 『青の広場で会いましょう』 終わり

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