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大事にしたい10の価値観(パチ編)ふり返り | 続・「幸福」と「価値観と文化」

今回もWORK MILLに寄稿したエッセイをふり返ってみます。

前回の「ホフステードの6次元モデル」の紹介は、ある意味、より多くの人に「自分にとってのマジョリティや正義」が「日本という国におけるマジョリティや正義に過ぎないかも」ということを知ってもらいたくて書いたところがありました。
日本で生活していると、意識して見渡そうとしていないと「外国 = アメリカ」あるいは「西洋 = アメリカ」と思わされてしまう傾向が非常に強いので(と、こんな風に書いているおれも、かなりその傾向からは逃れられていないと思います)。

で、この<続・「幸福」と「価値観と文化」>では、そういう無意識のバリアというか、思い込み(思わされ込み?)を外してもらった上で、自分が暮らす世界がどんな価値感で成立する世界であって欲しいかを考えてみて欲しいなと思って書きました。
そのためにはフラットな視点で現状を見つめた後、自分が暮らしたい世界の姿が見る必要があると思っていて。そうじゃないと、単なる現状批判、ただただ「No!」って言うだけで終わっちゃうんじゃないかと思ったんです。
まあ、別にそれが悪いわけじゃないけど…。でもやっぱり、少しでも社会を動かす力につながる可能性を高めるには「自分が何が欲しいのか」「なぜそれが欲しいのか」を伝えること、それを伝えようとすること、伝わりやすくために言語化や意識化が必要なんじゃないかなと思うのです。。

「Noだけだとなかなか難しいなぁ…」というのは、これまでそれだけで何十年も生きてきたおれの実感でもありますww

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ということで、おれが、日本に現在存在していて、 今後も残していきたいと思う10の価値観を選び出したのがこちらでした。

1)自然畏怖(八百万の神)
2)日本語
3)節約(もったいない)
4)責任感(我慢)
5)調和と協調
6)義理人情
7)他者への尊敬(礼儀正しさ)
8)安全(慎重)
9)道(守破離)
10)侘び寂び(四季)

正直、この10個を選ぶことの方が、エッセイを各時間よりかなり長くかかりました。と言うのも、自分がこれを大事にしている、あるいはしたいと思っていることが意外だったり、…ちょっと言いづらいんだけど「認めたくない」という気持ちが自分の中にあるのを強く感じたから。
そしてその理由は、「大事にしたいけれど、決して今の形のまま大事にしたいわけじゃない」って気持ちが強かったから。

せっかくなので、いくつか「これ、そういう気持ちで選んでます」っていうのを簡単に書いておきます。

1)自然畏怖(八百万の神)
これは、神道やアミニズム的なところからきている「儀式そのもの」を大事にしたいわけではなく、自然というものが人間たちよりも強い存在であるという「非」西洋的な感覚がとても大切だと思ったので1番に選んでいます。
この自然災害が多い地理的地形的な条件下において、自然を敬う感覚はとても大切だと思うし、これからはそれを世界に発信していく役割をおれたち持ってるんじゃない? って感じです。

4)責任感(我慢) | 5)調和と協調 | 8)安全(慎重)
これはどれも似ています。
責任感を持って物事に取り組む ← これって素晴らしい! でも、自分が壊れるまで我慢するのは違うよね
調和と協調、いわば「和を以て貴しと為す」 ← 今後ますます重要となるものだと思うけど、そのために「誰かが犠牲になるのもやむなし」は終わらせないと!
安全を確保するために慎重にすすめる ← とても大切なことだけど、慎重さが安全性に寄与しないことも少なくないってことや、安全「風」にしかつながらないことも意識すべきだよね。

9)道(守破離)
真摯に学び続けるという姿勢において、そして真髄を掴もうという求道という精神性において、「道」は背骨のようなものをおれたちに与えてくれていると思う。ただし、それが強過ぎる権威や独断制の隠れみのとなることが多過ぎるし、それを笠にする輩をはびこらせ過ぎ! そう思わない!?

というわけで、大切なものがそこにあるんだけど、正しくそれを活かせているかというと結構強い疑問が残りつつ選んだのがこの10の価値観でした。

みんなで10こ持ち寄って、「あーでもないこーでもない」ってやるセッションとかやってみたいなぁ。誰か、一緒にやらない?

Happy Collaboration!

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