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石神井の「名木」

 東京都内を歩くと、しばしば史実解説の案内板を見かける。つかの間のタイムスリップ気分を味合わせてくれるが、そうした驚きは練馬区、石神井ではやはり少ない。江戸市中と練馬の村々の差といったら仕方ないが、そのかわりこの辺りは所々の樹木に名前が記されていて、自然を大切にしている。
 練馬区は「ねりまの名木」として区内を象徴するような大木や希少な樹種を選んでいて、現在の一覧をホームページで見ると80件あった。所在地が「石神井」となっている20件のうち、およそ半数が広い石神井公園の中にあるのは妥当なところだろう。
「ねりまの名木」はホームページでもあらましが分かるが、「石神井公園 歴史・自然マップ」(発行:ふるさと文化館)があると、探す際は便利だ。

 石神井公園駅から新しいバス通りを石神井池(ボート池)の方に歩いていくと、和田稲荷神社の中に「ねりまの名木」であるシラカシが立っている。「白樫」というからにはカシ類の一種なのだろう。私は石神井の落葉が好きで、いかにも武蔵野の風景という印象がある。和田稲荷のシラカシの方は常緑樹で、ホームページによると18メートルもあるらしい。遠くからもよく見える。
 この辺りは近年大きな工事が行われたので、すっかり景色が変わってしまった。「和田堀緑道」が新しくされた際、以前の木々は残すとどこかに書かれていたが、どうだろうか。一本一本比べたわけではないが、夏の間、サルスベリが美しい花を咲かせていた。

和田稲荷神社を遠くから

 石神井池の北側では毎年きれいな桜が咲いている。いずれも古い木だとは思うが、「名木」には指定されていない。数が多いからかもしれない。石神井川沿い、蛍橋のあたりでは、工事の際、何十本も桜を伐採した。
 桜で指定を受けているのは、三宝寺池側の公園内の「ソメイヨシノ並木」である。指定の理由は「区内有数の並木」とのこと。川沿いをのぞけば、これだけ集まっているのは貴重ではある。
 自分は「ラクウショウ」という樹木を知らなかった。石神井池側にある「ねりまの名木」だが、耳馴染みがない。クヌギ、ナラ、なども全く違いが分からないのだ。木々のプレートを見て、初めて名前を意識することは多い。さすがにソメイヨシノは分かるだろうし、過剰な親切だと思う。

「ラクウショウ」

 その石神井池から三宝寺池側に向かうと、緑がずっと濃くなる。木道を進んでいくと、「メタセコイア」の並木の脇を通るが、こちらはさらに高く20メートルを超えるらしい。見上げると実に壮観だが、希少な樹木で、調べると「生きている化石」と称されるそうだ。
 三宝寺池のほとりは周囲からすり鉢状に下っている。メタセコイアの並木から広場の方に上っていくと、ちょっとしたハイキングだ。ここには「ねりまの名木」ハクウンボクがある。プレートの説明にもあるように、背が高く、樹形が美しい。何の兼ね合いか分からないが、足元の土がふっくらとして、歩くと気持ちがいい。自分が訪れた日は、近くで母と子どもが遊んでいて、どんぐりを集めていた。ここは木々が育つに適した環境なのだろう。

メタセコイアの並木

 現在80件ある「ねりまの名木」は、1994年に指定された当時、107件だったそうだ。「じゃあ他の木を指定すればいいじゃないか」というものでもなかろうし、先のバス通りの工事では、都合により木の移植が試みられたが、やはり難しかったようだ。
「名木」に入らなくても「素敵だな」と思う木は多い。例えば手入れの行き届いた松の木は、寺社で見かける以外、個人の邸宅にもあるが、感心する。
 一方、昔ながらの外観の日本家屋は、石神井でもぐっと減ってきた。こうなるとシンボルツリーとして選ぶ樹木も変わってくるにちがいないし、庭が狭ければ、高くなる木は扱えない。新しく分譲地になる所では、昔からの木がたくさん切られているが、古い木は倒木の恐れもあるし、それも理由のひとつになるだろう。
 今の石神井で見られる風景は、今後、公園の中でのみ残っていくのだろうか。そう考えると、やはり寂しい。

「石神井松の風文化公園」


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