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石神井で熱燗

 昨年末、親戚からフグひれをもらったので、石神井公園駅近くの「友野屋酒店」で、燗酒用の日本酒を選んでもらった。昨今は「全国燗酒コンテスト」なるものもあるそうだ。「ぬる燗」「熱燗」「上燗」などと温度の差で呼び方も変わるらしい。以前は「酒を温めるなんて、冒涜だ」などと思っていたが、料理の味が上がり、体にも優しい気がする。
 熱燗は寒い季節にぴったりだ。二月になると都心でも雪が降って、石神井もそれなりに積もった。4月~5月並みの暖かい日があってから、再び寒くなって雪もまた降ってと、どうにも天候が落ち着かない。

 居酒屋「酒菜 須みず」は石神井公園駅のすぐ近くにある。隣の中華料理店「四季(スージー)」にまで行くと、入り口のビールの樽で分かるだろう。商店街から一本奥に入り、今回の駅前再開発からまぬがれたのは幸いだ。昼間の工事も夜までは続かないにしても、周辺に高い建物が出来ることになれば、今の落ち着いた感じもだいぶ変わってしまうのだろうけれど。
 三月に入ってから、その須みずに入った。カウンターの向かいにテーブル、奥に座敷が見える。週末だったせいか、その日は客でいっぱいだった。
 駅近とはいえ、このような住宅街の居酒屋はどう考えたらいいのだろうか。会社が終わって赤坂、六本木あたりで食事をすると、家に着く頃はもう酔いからさめている。会話に耳をすますと、やはり近所の知人、友人が多いようだ。夫婦で一杯、ということもあるにちがいない。
 須みずは日本酒の数がいろいろとあって、熱燗のおすすめを聞くと、メニューに「あつ燗 高清水」とある。秋田のお酒。「小とっくり」を頼み、イワシの刺身の他、「チーズ入り肉詰めキンチャク焼き」を美味しく頂いた。
 一人で来たので他人が頼んだ料理がやたらに気になる。名物の「海老のふかふか揚げ」も食べたが、いつかは寄せ鍋を注文したい。

「チーズ入り肉詰めキンチャク焼き」

 石神井公園の「水辺観察園」では、かいぼりの一環で池の底をすっかり乾燥させた後、再び水が満ち始めている。ここは1993年に「ワニ騒動」があったあたりだが、今回のかいぼりでも、外来種が捕らえられた。
 三宝寺池に地下水を汲み上げる設備は、順調に修理が進んだようだ。公園内は他の池でも水が行きわたり始め、水鳥が戻り、風はまだ寒いけれど春の気配がする。

水辺観察園のあたり

 その水辺観察園の近くには、看板に「飲物 御食事 御休憩所」と書かれた「豊島屋」がある。創業は石神井公園が開園する以前の大正時代からという。屋根はあるものの風が吹き通り、「小上がり」と呼んでいいのか、畳の座敷が何とも開放的だ。ここは漫画「孤独のグルメ」でモデルになっているので、「聖地巡礼」で訪れた人もいるかもしれない。
 豊島屋には「撮影禁止」の表示がいたるところにある。SNS全盛の時代にかなりマレな対応だとは思う。最近は様々な美術館が写真を許しているが、タイミングを待って譲り合うのも疲れるし、撮らないのももったいない気がして落ち着かない。豊島屋がなぜこの結論に達したか分からないが、これもひとつの判断であろう。
 休日に行くと、呑んでいる人もそれなりに多い。もうすぐ冬も終わるなぁとぼんやり考えていると、「菊正宗」「日本盛」のカップ酒が機械で温められていた。徳利とお猪口がないのが残念だが、これも「熱燗」である。そもそも我が家も電子レンジを使っているし。酔いが回るのを気にしながら、おでんを頂いた。

 畳の上で赤ん坊をあやす母親、物静かなカップル、チャーシューメンの値段にひるみラーメンにした中学生二人組・・・その日、豊島屋にはいろんな姿があった。目の前では酒造会社の名前が入った提灯が揺れ、すぐそばの松の木は枝に手が届かんばかりだ。
 写真は禁止だが、モノクロで撮ったら昭和の景色としか思えないだろう。平成が終わり令和も六年目を迎えたのに、この場所は奇跡としか思えない。

2021「描く人 谷口ジロー展」で買った絵葉書と

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