小田桐知さんアイキャッチ

私が見たアラブを伝えたい – マスメディアを信用しない小田桐知さんが写真展を開くわけ

イスラム教やアラブ、という言葉を聞いて、皆さんはどんな印象を持つだろうか?

今から18年前の2001年9月11日ニューヨークで、世界を、そして中東へのイメージを大きく変える事件があった。イスラム教過激派組織が飛行機をハイジャックし、国際貿易センタービルに突っ込む、という出来事だ。ニューヨークの象徴的な建物だったツインタワーが、黒い煙をあげながら崩壊した。

3000人近くの人々が亡くなった、同時多発テロ事件(9.11)と呼ばれるその出来事。筆者は当時小学2年生だったが、当時見たニュースの映像、騒然とする大人たちの空気、そして間も無く始まるイラク戦争のニュースを、今も鮮明に覚えている。テロリズム、ハイジャック、イスラム教過激派組織。そうした言葉を覚えたのも、そのときだった。

イスラム教やアラブの地域に対して、「怖い」「危険」というイメージを多くの人に植えつけた出来事だったと思う。

そんな中東の地域の人々の生活を写真で紹介する1人の女性がいる。カフェ・アラビアンと銘打った写真展を企画するのは小田桐知さん。彼女が伝える現地の様子は、私たちが持つアラブのイメージとは全く異なる、明るくて、楽しくて、幸せな生活の一コマだ。

Instagram: @cafearabian.0

現地で出会った人々の生活や表情が豊かに写し取られた写真を、日本全国のギャラリーやカフェで展示会を開く小田桐さん。彼女は、現地でどのような体験をし、どのような思いで活動を続けているのか、お話を伺った。

(文章:伊藤まり

伊藤:小田桐さんは、大学生の頃から何度も中東を訪れていますよね。惚れ込んだ理由ってなんだったんですか?

小田桐:発端は同時多発テロですね。当時私は10歳でしたが、同年、たまたま父が死んだんです。人が1人死ぬだけで、こんなにも無数の悲しみが生まれるんだと知りました。そんな時期に、9.11が起きたんです。

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小田桐多くの人が突然、理不尽に死ぬという出来事。父の死によって、死そのものに対して敏感になっていた時期、9.11が私に与えた衝撃はとても大きかった。

伊藤:あの出来事はやはり衝撃的でしたよね。私もまだ小学2年生でしたが、ニュースの映像とそのあとの雰囲気、今も克明に覚えています。

小田桐:テレビではいくつかの国が悪の枢軸国という風に報道され、「イスラム教=悪」の数式が出来上がっていったじゃないですか。そして大義名分を掲げた殺戮。何の罪もない人たちが理不尽に死んでいって…。ただイスラム教というだけで、何の罪もない人たちがが殺されていく。子どもながらに「どうして?」って、「そんなわけない、この人たちみんなが悪い人なわけない」って思ったんです。会えばわかる。だから大人になったら絶対に自分の目で確かめに行こうって。

伊藤:小さいときから、自分の目で見ないと気が済まないタイプだったんですね。

小田桐:そうですね。大学で、中東研究を専攻しアラビア語を始め、初めての一人旅行先がシリアでした。何の恐れも知らない19歳の大学生、宿も決めず、飛行機が降り立つ時間も確認せずに、バックパック抱えて、とにかく飛び立った。

伊藤:大学生っぽくていいですね〜!

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小田桐:はい(笑)。で、ダマスカスの空港に降り立ったのが深夜0時。人っ子一人いなくて、タクシーの乗り方も両替の仕方もわからない。「さあ、どうしようかな~」と思う間もなく、同じ便に乗っていた出張帰りらしきシリア人のお父さんが話しかけてくれたんです。「宿はあるのか?ご飯は食べたか?」って。

伊藤:や、優しい…!

小田桐:迎えに来ていた奥さんと小さな娘さんと一緒に、車で市街の夜中まで空いているレストランへ連れて行ってくれて、ご飯を食べさせてくれた。その上、明け方まで近所・親戚中総出で、空いている宿を探し出してくれたんです。

伊藤:そんなことがあるんですか!

小田桐どうしたってマスメディアの影響下にある日本では、アラブの国々に対して「危険、怖い、過激」というイメージが広まっていましたけど、現地に着いて一日も経たずにわかりましたね。「なんだ、やっぱり違ったんだ」って。

伊藤:そのご家族が特別優しかった、というわけではなくて?

小田桐:それが、そんなことないんですよ。シリア滞在中ずっとそんな感じ。困る間もなく、誰かが助けてくれるんです。なんなら、迷惑かけに行ったんじゃないかってくらい(笑)。その頃のシリアは平穏で、留学生や観光客がたくさんいました。訪れた人たちはみんな口を揃えて言いっていましたね。「性別も年齢も関係なく、よそ者に対して優しすぎる」って。見返りを求めない、暑苦しいほどの親切に溢れている…。シリアってそういう場所なんです。

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伊藤:そのシリアで2011年に内戦が起こり、IS(イスラム国)が台頭するなど、今も混乱が続いていますよね。平和で美しい街が破壊される様子は、テレビを通してでもとても胸が苦しくなりました。

小田桐:大学を卒業したらシリアに住もうと思っていたんです。その1回の滞在で私本当にシリアという場所が大好きになってしまって。客人ではなくて住人として生活しようって。だけどその時にはシリアはもう…。仕方なくエジプトでしばらく生活を始めました。けど状況は悪化していくばかり。大好きな国が、大好きな人たちが壊れていくのを受け入れたくなくて、しばらくニュースも見られなかったんです。苦しくて、目を伏せてしまった。本当はもっと知らなければいけなかったのですが…。

伊藤:何がきっかけで、再びシリアとの関わりを始めたのですか?

小田桐:カイロから帰国して就職し、しばらく写真活動も休止していました。きっかけは『ラッカは静かに虐殺されている』という映画です。ISに占領されたシリアの街で、普通の大学生だった青年たちがやむなく命をかけてジャーナリストになっていくドキュメンタリー。観終わった後に、動悸が止まらなくなったんです。「私は一体何をしてるんだろう。あれだけムスリムの人たちにお世話になって、発信できる材料もたくさんあるのに」って

伊藤:なるほど。それで、写真で伝えようと思ったのですね。

小田桐:再燃したんですね。撮りためていた写真を通して、私の知っている本来の中東のイメージを知ってもらいたかったんです。それで、もう一度「カフェ・アラビアン」のタイトルを掲げて、展示を再開しました。写真展「カフェ・アラビアン」は、写真だけでなく、現地のコーヒーやお菓子、ビールをふるまい、水タバコを吸いながら、音楽や匂いも含めて、現地のカフェのよう誰もが気軽に集える場を目指しています。

伊藤:小田桐さんが、シリアはじめ中東の国々で肌で感じた経験を日本で再現したのですね。

小田桐:もともとこの「カフェ・アラビアン」というのは、先輩であるフォトジャーナリストの高橋美香さん(パレスチナを撮り続けている)との共同展の際に立ち上げたものなんです。あの空間をもう一度作ることができればと、のれん分け(?)をしてもらう形でこのタイトルを使わせてもらっています。
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小田桐:ただ、「中東の」「イスラム教の」と看板を掲げても、展示に来てくれる人というのはどうしてもそこに興味や理解のある人に偏ってしまいがちで。アラブ愛を深めることはできるけれど、結局内輪の盛り上がりにしか過ぎないなと。50+50で100を作りたいのではなく、ゼロやマイナスをプラス1にしたいんです。なので去年1年間はギャラリーだけでなく、カフェやサロン、バーなどの壁を借りて展示をしました。人の集う既存の空間を借りて、写真を飾らせてもらったんです。

伊藤:手応えはありましたか?

小田桐:めちゃくちゃありましたね。ギャラリーだったら来てもらえなかったような、興味がなかったりネガティブイメージを持った方たちとたくさんお話をさせてもらえて。「イメージが変わった」「イスラム教の明るい一面を知ることができてよかった」と毎度みなさんに言ってもらえて。

伊藤:私も、小田桐さんの写真を見て、「ああ、間違いなく日常がそこにあるんだな、私たちと何も違わないんだな」と感じました。

小田桐:それに最近気付いたんですが、今の学生さんたちって、そういう「怖い」とか「危ない」っていうイメージすら持っていないんじゃないかって。

伊藤:ええ、そうなんですか?

小田桐:ネガティブイメージすらない。「チュウトウ?え、ムスリム?」みたいな。マイナスですらなく、限りなくゼロ。

伊藤:たしかに、私たちよりも下の世代は、同時多発テロのときには生まれていなかったり、覚えていない人が多いですもんね…。

小田桐:物心ついた時にはすでに紛争が起きているという状況だったということもありますよね。観光旅行の候補にあがるわけもなく、「よくわからない、きな臭い場所」として定着、関心を持つきっかけすらない、というか。

伊藤:なるほど。

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小田桐:街中で飾られているおしゃれなポスターって、大概がヨーロッパやアメリカのものじゃないですか。言語や感覚的なものも含め、私たちの根底には欧米の文化が染み付いているんですよ。裏を返せば私たちが中東の文化に疎いのって、触れる景色がとにかく少ないからだと思うんです。それを逆手にとった形ですね。現地の混乱や過酷な状況を写した報道写真で訴えるのではなく、誰もが足を運ぶ場所に、何気ない一枚の絵として中東の写真を飾る。「何これ超カッコイイじゃん」って、深く考えずにファッション感覚で楽しんでもらう意味って大きいと思います。

伊藤:報道写真とはまた別の意味があるのですね。

小田桐はい。たまたま私は中東やイスラム教の国々に魅了されただけ。万人に中東問題に関心を、行動を、とか押し付けるつもりは全くないんです。私は報道ジャーナリストではない。「伝える」なんて声高に言えない。でもだからこそ私は、展示の際には「自分も楽しく」ということを一番大切にしています。だって、私が楽しいと思った場所をそのまま知ってほしいから。写真展を通して、自分たちと異なるものの存在だったり、そこには同じ生活があるという事実を「知って」もらえたら、と思っています。いつかみんなと一緒に、気軽に中東旅行を楽しめる日が来るといいなあ。

彼女の写真展の企画のなかに、「Cafe Arabian For Girls」というものがあった。小田桐さん自身が職場で体験した過酷なセクハラがきっかけで、女性として生まれたことで嫌な思いをする人をない世界に、との思いを持ったそう。

女性たちの楽しそうな表情。私はその写真を見て、遠い国でも、自分と同じように女性たちが、楽しいことや辛いことを経験しながら日々を送っているという、非常にシンプルなことに気づいた。そして、なぜかそのシンプルなことで、私は勇気付けられたような気がしたのだ。

イラク戦争の後も混乱が絶えない、中東の地域。最近でも、2010年に「アラブの春」と呼ばれる大規模な反政府デモが中東の国々で起こり、以降、イスラム国の台頭、拘束された日本人ジャーナリスト、破壊される美しいシリアの街など、数えきれない"きな臭い"ニュースが、テレビや新聞に溢れた。

「なんとなく怖くて危ない」

そんなイメージだけで思考停止してしまうのではなく、そこにも私たちと同じように日々の生活を送る人々がいると知ること。そのことを自分の目で見、肌で感じた小田桐さんは、写真を通して多くの人に伝えようとしているのだ。

(撮影:星野泰晴

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