壁ではなくて橋を建てたい フェミニスト・アーティスト、モニカ・メイヤーの言葉

私がフェミニスト・アートに初めて出会ったのは3年前ほどだろうか。アートといえば絵画や彫刻・映像しか思い浮かばなかった私だが、フェミニズムの活動をするなかで、対話やパフォーマンスを通して社会の差別構造に鋭く光を当てるフェミニスト・アートの存在を知って以来、密かに興味を持ち続けている。

と同時に、日本の美大でもセクハラが横行していたり、ジェンダーや人権についての基礎的な授業も行われないという話や、女性であるというだけで作品が正当に評価されないという話を友人から聞くたびに、アート界における性差別の状況についても、もっと知りたいと思うようになった。

そして今、私はPaletteで働きながら性の多様性やフェミニズムについて情報の発信をしている。形は違うけれど、何かを作って発信するということを仕事にして、私のなかでフェミニスト・アートに対する興味はさらに高まってきていた。

そんなある日編集長のもとにジャーナリストの津田大介さんから、あるお知らせが届いた。今年の夏に開催されるあいちトリエンナーレを前に、6月24日、愛知県の名古屋大学でメキシコのフェミニスト・アーティストであるモニカ・メイヤーさんを迎えて公開レクチャーが開催されるという。

あいちトリエンナーレとは、2010年に始まり3年に一度開催される国際芸術祭のことだ。世界中から80組以上のアーティストが参加し、絵画や映像、パフォーミングアーツや音楽プログラムなどさまざまな最先端の芸術作品が紹介される、国内最大規模の芸術祭だという。そして今年は津田大介さんが芸術監督をつとめ、参加するアーティストの男女比を半々にするというジェンダーの取り組みで注目を集めている。

私は津田さんからのお知らせを聞いて高揚した。アート界のジェンダー差別に対して"男性"の津田さんが先陣切って取り組んでいることに興味津々だったからだ。そしてモニカ・メイヤーさんだけでなく、日本の代表的なフェミニスト・アーティストである嶋田美子さんのレクチャーもあるという。編集長と私は、長年ジェンダーの問題にアートの側面から取り組んできたアーティストから「どんな話が聞けるんだろう」とわくわくしながら新幹線に乗り、名古屋駅で降り立った。

(文章:伊藤まり

そもそも、アート界にはどのようなジェンダー不平等があるのか。

アート界にどのようなジェンダー不平等の状況があるのか、すぐに想像がつく人は少ないかもしれない。そこでまずは、ゲリラ・ガールズという1980年代から活動するアメリカのフェミニスト・アートグループの作品から、その状況を少しご紹介したいと思う。

(ゲリラ・ガールズ/ブルックリン美術館)

これはゲリラ・ガールズの代表的な作品の一つで、次のように書かれている。

「女性は裸にならなければ、メトロポリタン美術館に入ることはできないのか?近代アートの部門にある作品のアーティストのうち女性は5%以下しかいない。しかし描かれたヌードの85%は女性なのだ」

(ゲリラ・ガールズ/ブルックリン美術館)

こちらもゲリラ・ガールズの作品で、MoMA(二ューヨーク近代美術館)で開かれた展示会「対象への欲望:近代静物画」に出展した71人のアーティストのうち、白人女性は3人、有色人女性は1人だけであり、そして有色人男性は1人もいなかったことを批判したポスターである。アート界にはジェンダーだけではなく人種差別の構造も根強く残っていることを鋭い皮肉で批判する作品だ。

「あなたたちはこの展示会のタイトルを「対象への欲望:近代静物画(still life)」ではなく「MOMAの欲望の対象は未だ(still)白人男性」と変えた方がいいのでは?」

ちなみにこの作品が展示されていたのは、ブルックリン美術館のなかにある2007年にオープンしたフェミニスト・アート常設展で、フェミニスト・アートが常設展として展示されるのはここが初めてだったという。世界中を見ても、フェミニスト・アートに特化した常設展がある美術館は今もなお少ないのではないだろうか。それは端的に女性のアーティストが正当に評価されていない現実を表している。

日本国内の状況も見てみよう。Paletteのイラストレーターの1人が、今回のあいちトリエンナーレの取り組みを知ってから、美大生だったころの自分の経験を漫画にした。

日本の美大生の大半が女性であるのに対し、教授や批評家のように立場が上になればなるほど男性ばかりだったり、そもそも女性アーティストが正当に評価されな構造だったりといった問題のみではない。その構造のなかで起きるセクハラの問題もとても深刻なのだ。

そしてこのような状況に対して、これまで多くのアーティストが問題提起をしてきた。アート界のジェンダー不平等に対して自覚的であろうという動きは今や世界的に大きな潮流だ。MeToo運動の盛り上がりもあって、アート界のMetoo運動とも言える、セクハラをなくそうとする運動「#私たちは驚きません」という活動も起きている。

今年のあいちトリエンナーレの取り組みもその流れのなかの大きな一歩と捉えることができるのだ。

自分の経験が他の人にも共通していると知ることで、対話が生まれ、連帯が生まれる。

今回レクチャーをしたモニカ・メイヤーさんは、メキシコのフェミニスト・アートの先駆けとなるアーティストだ。まだメキシコにフェミニストが30人しかいなかったころから、彼女は女性の置かれた状況をアートを通して訴えてきた。

なかでも彼女が1978年に始めた《The Clothesline》という作品は、参加型のプロジェクト。参加者は日常生活で感じたことのある抑圧やハラスメントの経験を匿名でピンク色の紙に書き、物干しロープに洗濯バサミで挟んで展示する。

この作品は、参加者に自分が受けた性差別の経験を書いてそれを匿名で共有するというものだが、Paletteの漫画でも描いたように、ジェンダーの格差やセクハラがあまりにも当たり前になっている環境ではそもそも性差別があることに気づくこと自体が難しいときもある。

実際《The Clothesline》のパフォーマンスを行うなかで、参加者に性差別を受けた経験があるか尋ねても「ない」と答える人が多かったそうだ。

そんなときメイヤーさんは、まず「あなたは学校で教育を受けましたか?」と聞き、参加者が受けてないと答えると、続いて「男兄弟はどうですか?ではなぜあなたは受けなかったのですか?」と聞く。そこで初めて参加者は、自分が女性であることで差別されていたことに気づいたという。彼女の作品は、このように参加する人自身も気づいていなかった経験や社会の構造を可視化するのだ。参加した人は、今まで気づかなかった問題に気づき、また個人的な経験だと思っていたものが実は社会のなかで多くの人が経験している、構造的な問題だということにも気づく。

フェミニズムの有名なスローガン「個人的なことは政治的なこと」という言葉通り、メイヤーさんはアートを通して個人的なものが政治的な問題であるということを明らかにするのだ。

MeToo運動が盛んになった現在、多くの人がSNSで自分の経験を語ったが、この《The Clothesline》は、MeToo運動の始まる40年も前から世界のさまざまな場所で再現されてきた。そしてこのレクチャーの翌日から、名古屋でも再現された。

なぜピンクのエプロンを着けるのか。

ポジティブにカラッと笑いながらレクチャーを続けるメイヤーさんは今年65歳。彼女は40年以上も前から、声をあげることへのハードルが高い社会で、参加者が安心して経験をシェアできる安全な環境を作りつづけてきた。

メイヤーさんはレクチャーのなかで他にもたくさんのアート作品を紹介したが、その最後の作品は古い新聞の見出しを読み上げていき、それを最後にシュレッターにかける《The End. One must forget history in order not to repeat it》(「終わり。私たちは歴史を繰り返さないためにそれを忘れないといけない」)という作品だった。作品のなかで読まれる記事は昔のものなのに、まるで昨日のニュースのように感じられたという。

彼女がフェミニスト・アーティストとして活動を始めてから40年。さまざまな女性たちの活動によって社会は少しずつ変わっている。日本でも、アート界のジェンダー格差の問題に焦点が当たるようになってきた。それでも、まだまだ多くの問題が残ってることは事実だ。200年前に書かれたフェミニストの本を読んで、当時の課題が今と共通すると知ったとき、私は落ち込んだ。そしてこの日も、40年前の問題と今日の問題が共通していることをあらためて感じ、同じような感覚に陥る。

どうしてメイヤーさんはその状況にくじけることなく活動を続けていられるのだろうか。

彼女は、レクチャーが始まる直前にピンクのエプロンを着けていた。終盤、会場からその理由を聞かれるとこう答えた。

「エプロンって伝統的に女性の身につける服でしたよね。でもそれだけじゃなくて、実はとても実用的なのです。こっちにはペンが入るし、こっちにはピンが入る。それに、このエプロンをつけていれば仲間たちに私がここにいるってすぐに気づいてもらえます。」

この言葉を聞いて、私は納得した。今ある差別や抑圧をユーモアをもってくつがえす姿勢、そして作品を通して連帯を築き上げ、そばには仲間がいるということ。それが彼女が40年間くじけることなくフェミニズムの活動を続けられた理由なのではないか。

「最初は30人しかメキシコにフェミニストはいなかった。今では何千人という仲間がいます。悲観的にはなっていません。」
「フェミニストとしての活動というのは過去からの語りに変化を起こし、現在において活動し未来に情報を残すこと。その一連の運動が大切だと学びました。」

個の記憶を公共に繋げ、過去を今と繋げる。

今回はメイヤーさんとともに、日本を代表するフェミニスト・アーティストである嶋田美子さんのレクチャーを聞くことができた。これまでジェンダーや第二次世界大戦の記憶に関する作品を発表してきた嶋田さん。語られることの少なかった日本軍性奴隷(「慰安婦」)制度の被害者となった日本人の女性をテーマにゲリラ・パフォーマンスを世界各地で重ねてきた。ないことにされた個の記憶を公共の場所に繋げる、という意味でメイヤーさんの取り組みと共通する。

そんな嶋田さんも、若い世代にも自らの経験や知識を共有しフェミニスト・アートを次の世代につなげていくため、世代の異なるアーティストとの連帯を心がけているという。

最近では、若手フェミニスト・アートグループの明日少女隊とコラボレーションし若い世代に「慰安婦」の問題を考えるきっかけをつくるアートパフォーマンスを世界各地で行っているという。

メイヤーさんや嶋田さんがこれまで行ってきたアートは、今まで見えていなかったもの、隠されてきてしまったことを明らかにする。今まで語られることのなかった誰かの経験、私自身でも気づくことのなかった経験、そしてそれが誰か1人の偶然の経験ではなくて社会と結びついているということ。そういうことをアートを通して伝えることができるのだ。

壁を作るのではなく、橋を作りたい。

「今、壁が建てられようとしているけど、私は壁ではなくて橋を建てたいと思う。」

そのように語るメイヤーさんの活動は、過去・現在・未来の架け橋になり、個人的なものと政治的なものの架け橋でもあり、私とあなたの架け橋でもある。そしてここでいう"架け橋"とは、決してロマンチックなものではなくて、たくさんの隠されて、分断されてきたものをなんとかしようとする切実な試みなのだと思う。

私たちPaletteは、性の多様性やフェミニズムについて漫画を通して発信している。アートとはまた違うかもしれないが、私たちの発信する漫画もまた、違う世界を生きる人の架け橋になることを目指している。
たとえば、セクシュアリティの違うあなたと私。フェミニズムについてたくさんの知識を持っている人とそうではない人。たとえば、声をあげることのできない人と、その声に気づくことができなかった人。

私たちは1人ひとりが違った経験を持って生きている。そんな違う人たちそれぞれが自分らしく生きやすい社会を作りたいと思うから、だからこそその違いを共有していくということ。Paletteは、そういう異なる価値観と価値観が出会う場になれるかもしれない。

参加アーティストを男女半々にした取り組みが大きな話題になった、あいちトリエンナーレ2019。つまりそれは、これまで語られることがなかった、ないことにされてきたアーティストの作品に私たちが出会えるということだ。

今回、2人のフェミニスト・アーティストの話を聞き、Paletteを通して私たちが目指していきたい、そんな表現のあり方を知ることができた。

あいちトリエンナーレ2019 「情の時代」は2019年8月1日〜10月14日に渡って開催される。


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