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知ることは、エンパワーになる ー お茶の水女子大 申琪榮先生が考える、日本人女性にとっての「慰安婦」問題

「慰安婦」問題。

そう聞いたときに、皆さんは何を考えるだろう。

「韓国の人だけが勝手に騒いでいるんじゃないの?」
「もう終わったことなのに、昔のことを掘り返すの?」

かつて日本軍は、韓国をはじめとする多くの国の女性たちを「慰安婦」とし、性暴力を行った。しかし、そのことについて若い世代の私たちが学校で習うことは、ほとんどない。

メディアでは、少女像の問題がセンセーショナルに報道され、触れると危険な問題かのような印象さえ受けてしまう。歴史的な経緯を知る機会がほとんどない私たちは、不確かな情報の中で、どう判断し、どう行動していいのかわからないでいるのだ。

一方韓国では、多くの若い女性たちがこの問題について学び、考え、声をあげている。被害女性たちの受けた苦しみに共感し、今も起き続ける戦時性暴力に反対する多くの女性たち。

そんな隣の国の動きを見ていて、日本に暮らす私はとても居心地が悪くなる。自分の国がかつて起こした問題に、私たち自身が向き合えずにいる状況を目の当たりにする日々。どう声をあげていいのかさえわからなくなることもある。

戦後生まれの若い世代の私たちは、どうこの問題に向き合っていけばいいのだろう。お茶の水女子大学ジェンダー研究所の申琪榮(シン・キヨン)先生に、お話を伺ってきた。

(文章:伊藤まり

30年の、女性たちの連帯

伊藤:私もそうでしたが、日本で生まれ育った若者は、「慰安婦」の問題について知らないでこれちゃうという現状がありますよね。学校でも学ぶ機会は本当に少ないです。逆に、韓国のフェミニストの友人が、韓国では「慰安婦」の問題について、みんなが"空気のように"当たり前に知っている、と言っていました。

:実は、1991年以降から30年くらいの歴史を考えてみると、90年代は日本社会の方が「慰安婦」問題に関心があったし、報道もたくさんされていたんですよ。被害女性の支援グループがたくさんできて、日本人のフェミニストの先輩たちがそのサポートの先頭に立っていました。

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:そして、2000年代の最初も、韓国でも若者の関心は高くはありませんでした。韓国で「慰安婦」の問題に取り組んでいた女性たちは、長いこと寂しい気持ちで運動をしてきたんです。

伊藤:その運動を、当時は日本の女性が先陣切ってサポートしていた、ということですか?

:はい。日韓政府はとても消極的な態度でしたが、女性たちは国際的に繋がっていたんです。韓国の被害女性と先輩フェミニスト、そして日本の女性団体。女性同士の連帯の歴史は、政府同士が「慰安婦」問題を協議する以前から始まります。日韓政府を動かしたのは、女性たちの連帯の力だったんですね。

伊藤:当時のそういう雰囲気は全く知りませんでした。

:今の韓国の若い世代にとっては、「慰安婦」について普通に学ぶことになっていて、すでに共通の社会問題のように感じると思うけど、いつもそうだったわけではありません。

伊藤:今は"空気のよう"と言うけれど、それは最近のことなのですね。

:私自身も、「慰安婦」の問題自体は知っていたけど、こうやってコミットしようと思ったきっかけは日本で出会った女性たちです。日本に来てお茶の水女子大で教えることになったら、まわりにこの問題を研究する人たちがたくさんいたんですよ。「日本人女性たちがこんなに関心を持っていて、この問題を研究しているんだ」って、触発されました。

伊藤:そうだったのですね。

:国を超えた連帯は昔からあったし、韓国社会もこうやって大きく変わった経緯があります。今この問題は、すごく閉塞感を感じると思うけど、悲観する必要はないんですよ。

韓国社会が変わったわけ

:こないだソウルに行って、本当に雰囲気が変わったなと驚いたのが、若い世代が水曜デモに参加して活動していたこと。高校生や大学生が、サークルを作って自分たちが何をするかを決めて参加してるんです。男性も女性も。それを見て、「本当に韓国社会が随分変わったな〜」と思いました。

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伊藤:どうやって変わることができたのでしょうか?

:簡単に言うと、2つ理由があると思います。1つは、少女像の存在。目の前に何か、自分の経験と繋げられるシンボルがあるということは大きかったのではないでしょうか。少女像ができたあと、自分が似たような少女像を作ってみよう、という運動も広まりました。

伊藤:たしかに。最近でもあいちトリエンナーレが中止になったあと、「表現の不自由展像になってみる」というアクティビズムもすぐに始まりましたもんね。そういう柔軟な発信を受け止められるシンボルができた、ということですね。

:もう1つは、日本政府です(笑)。この問題について、ここまで意識を高めたのは、日本政府の対応が大きかったと思います。日本政府は、みんなが慰安婦について黙らせようと頑張っていたけど、それがあまりにも明らかだったから、逆風を吹き起こしてしまったのしょう。

伊藤:なるほど。

:だから、それまでは関心なかった人も、なんで日本政府はこんな対応するんだろう?って疑問を持ち出しました。4年前に、日韓政府で協議して決めた「もう終わりにしましょう」という動きも、かえって一般市民からすると、「それ、なんで?」ってことになったと思います。

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伊藤:日本政府の不誠実な対応や、被害者を無視した解決への動きが、かえって問題意識を高めたんですね。

韓国国内だけじゃなくて、世界でもそう。少女像の撤去など、日本政府の対応を見て「なんでそんな反応するんだろう」ってところをきっかけに、「慰安婦」の問題自体への関心が高まっています。でも日本のなかでは、「慰安婦」について忘れさせようという作戦は、残念ながら成功しつつありますね。

伊藤:教科書も載らなくなって学ぶ機会もないし、発言することのタブー感もすごく作られてしまいましたね。

:90年代は日本でも、「慰安婦」の問題についても、関心持って学ぼうとする人が多かったし、それが「人権侵害だよね、植民地の問題だよね、被害者が名乗り出たんだからきちんと応えなくちゃね」っていうポジティブな反応がたくさんあったけど、変わってしまいました。

伊藤:若いフェミニストのあいだでも、「自分は歴史について詳しく知らないから、「慰安婦」問題について声をあげていいのかわからない…」という声をよく聞きます。植民地支配をした側の人間なのに知らない、という状況に罪悪感を覚えている人も多いですよね。

:そうですね。でも「慰安婦」の問題は本当に多面的なものだから、「知識を積み重ねて、ここまでわかればOK」というものじゃないのです。

伊藤:知識の基準がない、ということですか?

:もちろん、基本的な情報を知ることは大切だけど、今ここにいる私がわかっている範囲だって、部分的な知識でしかありません。韓国の若い女性たちが感じている"共感"という部分も、被害者の立場を理解するためにはとても大事だけど、それだけでも「慰安婦」問題の全てがわかることにはならない。

伊藤:なるほど。

それぞれの立場から見えてくる問題は違いますよね。いろんな立場からどういう風に見えるか、どうやって関わっていくかを考えた上で、それをお互いに重ね合わせていくことが大切だと思います。

伊藤:申先生が日本の学生に「慰安婦」の問題を教えるときは、どのようなアプローチを取っていますか?

:「慰安婦」問題は、たしかに歴史の問題である一方で、現在進行形の問題として捉えることを意識しています。具体的には、戦時性暴力とグローバルな女性の人権規範の発展の枠組みで「慰安婦」問題にたどり着く、という構成にしています。

伊藤:戦時性暴力と女性の人権規範の発展?

:女性の声が届きにくい国際政治や戦争のなかで、現在でも戦時性暴力は世界中で起きていますよね。歴史上でも、たくさんの戦時性暴力のケースがあります。そういう構造をフェミニズムの視点から学んだ上で、"誰か"の問題ではなくて、"私"の問題として、理解していく。そして、他の戦時性暴力と日本軍による「慰安婦」の問題が、どのように共通していて、またどのように違っているのか、を見ていく。

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:「おじいさん世代がこんな罪を犯したよ」を理解するだけではあんまり意味がないんですよね。戦争での性暴力は必ず起きているけど、なんで起きるか、なんで繰り返されてきたのか、理解するのが大事だと思います。

伊藤:なるほど。

:たとえば、よく論争になる「強制性はどれだけ高かったのか」という問題。物理的に連行されたのか、貧困から「慰安婦」になったのか、騙されて行ったのか、いろんなレベルの人がいただろうけど、総じて強制性が高かったのは想像に難くないですよね。でも戦争のなか、当時の社会的雰囲気のなかで女性がどれだけ選べたかと言ったら、選択肢なんてほとんどなかったと思いますよ。

伊藤:"強制性"と言ったとき、それは縄で繋がれて引っ張られることだけが"強制"ではないはずですもんね。

:「やりたくないけど親のために我慢した」とか「雰囲気で、そうせざるを得なかった」って経験、みんな1つや2つはあると思うんです。そういう、自分の感覚に寄せて理解することが、とても大事だと思います。「どれだけ強制性が高かったのか」というのは研究者が明らかにしていくと思うので。

知ることは、エンパワーになる

若い世代にこの「慰安婦」の問題について知ってほしいと思うのは、知ることでエンパワーされると思うからです。なぜ女性たちは辛い経験をしなければいけなかったのか、二度と繰り返さないために自分にできることは何か、を知ることで、私たちは強くなれるんです。

伊藤:自分の国の加害の歴史を知ることは、自虐ではない、ということですか?

:はい。自分の立場が決まっていないって、とても不安じゃないですか。もし日本政府の言うように、過去の歴史について忘れていけば、どんどん心細くなっていくと思います。逆に「自分の立場からはこう捉えている」と言えるようになるって、エンパワーメントなんですよ。

伊藤:なるほど。

:持っている感覚は世代によって違うし、捉え方や伝え方も違ってくると思う。それに問題に興味を持つきっかけや距離感、コミットメントのレベルも、みんな違いますよね。だからこそ、自分の立場や21世紀を生きている女性の立場から、この問題がどういう意味を持つのか、考えることが大事なんです。考えるきっかけを持って、その上でこの問題に対してそれぞれ自分の立場を決めることができたらいいですよね。


日本では、「自虐的な歴史観を高める」という理由から「慰安婦」だけでなく、加害の歴史について学ぶ機会がどんどん少なくなってきている。そして、日韓関係の悪化を報じるニュースを見ても、歴史的な経緯については触れられず、なぜ軋轢が起きているか、知ることができない。

声をあげることすらできない、この社会の雰囲気を、果たして私たちは変えていくことができるのだろうか…。

そんな暗い気持ちになっていた筆者だが、「実は30年前から国を超えた女性の連帯は存在した」ということや、「韓国の空気もここ数年で大きく変わってきた」ということを知って、まだまだ諦めるのは早い、と思うことができた。
戦争を体験していない世代である私たちだからこそできる、「慰安婦」問題との向き合い方を考えていきたい、と強く思った。


参考
・アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)編著
『日本軍「慰安婦」問題すべての疑問に答えます。』合同出版、2013年。
FIght for Justice 日本軍「慰安婦」ーー忘却への抵抗・未来の責任

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