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父と親戚のおじさんの違いがわからない

あなたにとって親とはどういうものだろうか。

私の両親は私が小学生の頃に離婚した。母からそれを告げられたとき、私はなんの迷いもなく母と弟と一緒に家を出ることにした。

私は父との関係が希薄だった。というか、家族のなかで父の存在が希薄だった。私の生家は自営業をやっていて、昭和のジジイそのものの祖父が家長だった。母はそのブラック企業のような環境下で私と弟をなんとか育ててくれた。父は大体1人で眠っていた。商売は祖父が仕切り、家事はすべて母がこなし、父はたまに店を手伝うことがあったが、大抵眠っていたのだった。

家族が集まるのは食事のときだけだった。家族で旅行に行った記憶はない。温泉に行くことはあっても、他の親戚も大勢参加するような行事みたいなものだった。レクリエーションやイベントの概念が薄い家だったように思う。

私たち姉弟が父と交流がなかったわけではない。子どものころは毎日一緒に風呂に入ったりもしていた。ごくたまにどこかに遊びに連れて行ってもくれたが、楽しい思い出は特にない。父は人との交流、特に他人を喜ばせるのが本当に下手な人で、空回りしているのは幼児の私でも感じており、気まずかった。

離婚すると母から告げられたときに一瞬たりとも迷わず母を選んだ。後から聞いた話では、その時母はそれなりに緊張していたそうだが、私のあまりに軽い「いいよ」という返事に拍子抜けしたそうだ。選ぶもなにも、私にとって「親」は母のことでしかなかった。

不幸自慢をしたいのではない。私と弟、そして母はこの離婚によって祖父の独裁政治から離脱し、自由を手に入れた。母の判断は正しかったと思う。もしあの家にい続けていても、遅かれ早かれ私は家を出ていただろう。最悪の場合、家を燃やしていた可能性もある。未然に防いでくれた母に感謝である。

成人してから考えたことだが、私にとって父は「お父さん」というあだ名の、血の繋がったおじさんでしかなかったんじゃないだろうか。父親と親戚のおじさんの違いとは何か? 私にはいまだにわからない。

この話でなにを伝えたいかというと、この世に疑えないものなどないということだ。「疑いようのない事実」はあるようで、ない。「当たり前」を覆してきたのが人類の歴史だと思う。家族を否定するわけではないが、血縁だからという理由だけで信頼したり愛着を持つようなことは私には難しい。

ちなみにこういうことを他人に話すと、大抵「愛情不足で育ったかわいそうな子」という哀れみの目を向けられる。家族や血が大切な人が多いのはよく知っている。それを否定する気はない。しかし、私に向けられた「欠けた人間」という目線はそちらの論理を正当化したいだけの余計なお世話である。私には「血縁者」という謎の共同体よりも自由に価値があるから。

#家族 #親  

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