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ショートショートバトルVol.7〜「アタシはバリア」土軍(田井ノエル、川越宗一、尼野ゆたか)

タイトル「アタシはバリア」

(お題:住吉大社)(ムード:キュンキュン)

【第1章 田井ノエル】

「うちら、住吉大社で結婚式挙げるんや」

 少女はそう言いながら、桜色の服を揺らした。

 風に広がった裾と、両手を広げた彼女の姿があまりにまぶしくて。そして、彼女が発した内容に呆気にとられ、ぼうっと口を開いたまま僕は立ち尽くしてしまう。

 少女――サクラは僕に背を向けながら、ふふっと笑った気がした。一段高くなった縁石から飛びおりると、やはり桜色の裾がぴょんと揺れる。

「うちらって……うちら?」

「うちらは、うちらや。ほかに誰がおんねん」

 サクラは僕のほうに顔を向けないまま、背中で手を組みあわせる。背伸びのようになり、身体の華奢さが際立った。

 もう高校生だというのに、なんだか幼く見える。垢抜けていないのか、可憐なのか。言葉を選ぶ必要がありそうだ。ちなみに、直接伝えるなら、「垢抜けてないな」と僕は伝えるだろう。言わないけど。

「勝手に決めるなよ」

 僕はサクラのように、上手く関西弁が使えない。高校から大阪に越してきた、にわか大阪人である。サクラに言わせれば、「大阪人候補培養中」らしい。

「勝手に決めたらあかんの?」

「あかんに決まってる」

「ぷー、妙な訛り方。まだまだ培養足りへんな」

「うっさい」

 別に大阪の人間になりたいわけじゃない。訛りだって……これは、なんでだろう。気がついたら中途半端にうつっていた。

「関西弁はサクッとうつるからなぁ」

「うつすな」

「それくらい、うちら一緒におるってことやろ」

「おまえ以外とも一緒にいるからな! 人をボッチみたいなに言うな!」

 なんで、こんなトゲトゲしい言い方をしてしまうのだろう。意識していないのに……ここはサクラにならって、「大阪がうつっているから」だと思うことにする。たぶん、ツッコミだ。知らんけど。

「で。どう思う?」

「どうって」

「結婚式」

 その話、戻すー? 戻しますー?



「意味わかんない」

 僕は精一杯の声で返した。だって、本当に意味がわからないのだ。どうして、結婚式? なんの脈絡があって?

 つきあっているわけでも、なんでもない。将来、結婚の約束なんてロマンチックなものを交わした覚えもなかった。僕らは幼なじみというわけでもなく、昔の約束をすっかり忘れているお約束展開もない。

 けれども、僕が驚いた理由はそうじゃない。

 そんなものは些細に思えた。

「本当に、意味わからん」

 僕はもう一回言ってみた。

 サクラが、ようやくこちらをふり返った。

 ゆったりとした桜色の病衣がふわりと揺れる。両手を広げた右側には、点滴棒。長い管の先は、サクラの右手首につながっていた。

「結婚式とか、意味わからん」

「そう?」

「うん」

 おまえ、死ぬじゃん。



【第2章 川越宗一】

 202X年X月X日、河内(かわち)人民共和国が独立を宣言した。関西国際空港のインバウンド需要、旧大阪府南部の農業生産を背景に、該当地域では大阪の中心部、いわゆる大阪市への反感が募っていた。

 そのころ、大阪は強大な自治権を認められており、独自の軍隊を擁していた。独立宣言の直後、むしろ大阪市軍は大和川を超えて河内地域へ侵攻した。大阪市軍の勝利は誰の目にも明らかと思われたころ、事態は第二幕に突入する。

 2020年Y月Y日、かつての大阪府寝屋川市が、摂津人民共和国の設立を宣言し、やはり大阪市への侵攻を開始した。吹田、豊中など各自治体が寝屋川に合流し、大阪市への怒りに燃えた大軍は神崎川を超えた。大阪市は南北から挟撃される形成となった。

 ぼくは、大阪市に住んでいた。緊急事態に際して即時徴兵され、使い方を知らぬ銃を渡され北方戦線、つまり淀川の北の岸に派遣された。大阪市軍は東、西の淀川区を手放し、淀川を超えて梅田に続く十三(じゅうそう)大橋を守る任務を与えられた。

「どっちが死ぬのが早いかな」

 出征の前日、ぼくは病室で苦笑した。サクラはいま、重曹の病院に入院している。

「あたしは絶対、死なない。あんたと結婚するまで、死なないの」

 サクラはベッドの上で、力強く言う。アサルトライフルとその弾倉、手榴弾を体に縛り付けた僕に比べて、点滴の針一本を左腕に刺したサクラは、よっぽど強そうに見えた。

 Z月 Z日、十三大橋に寝屋川の大軍が押し寄せた。その先頭はテレビで見たことがありつつ、名前が思い出せない寝屋川出身の芸能人だった。ぼくは十三大橋の北の橋で、アサルトライフルを握りしめた。 


【第3章 尼野ゆたか】

 砲撃の音が、幕開けを告げた。
 圧倒的な火力でもって、相手の動きを止める。制圧射撃と呼ばれる戦術である。
「嘘だろ」
 誰かの悲鳴が鼓膜に突き刺さる。気持ちはわかる。これは、かつて大阪市軍が得意とした戦術だ。
 相手を徹底的に打ちのめし、動きを止める。その隙に前進し、有利な地形に軍を展開する。こうして大阪市軍は、周囲を蹂躙してきた。
「まさか、此花が裏切ったのか」
 別の誰かが、叫ぶ。制圧射撃を可能とするのは、圧倒的な火力を誇る此花独立砲兵連隊の存在だ。これまで寝屋川の中長距離の火力はお世辞にも強大とは言えなかった。此花が裏切ったと考えれば、全てにつじつまが合う。
「サクラ」
 僕は、隣で震えるサクラに声をかけた。
「逃げよう」
 ずっと考えていたことだった。それでも口に出せなかったことだった。死ぬという間際になって、ついに腹が決まった。
「尼崎でもいい、伊丹でもいい。愛知でも、東京でもいい。どこか遠くへ、戦いのないところへ」
「でも」
 サクラが僕を見てくる。瞳に、不安と恐怖が揺れている。
「結婚するんだろう!」
 その瞳を正面から見据えて、僕は叫んだ。
「結婚するまで、俺の妻になるまで、死なせへんぞ!」
 多分、人生で一番うまく大阪弁が使えた瞬間だった。

 耳をつんざく音と共に、寝屋川の戦闘機が空を変えていく。制空権も奪われてしまったらしい。大阪市はもう終わりだ。
「はあ、はあ」
 サクラの息が切れている。点滴の残りも切れてしまっている。彼女の体力は、もう限界だ。
「諦めるな!」
 また東京弁に戻りながら、僕はそう励ました。あと少し、もう少しで淀川を超えられる。淀川の向こうは非武装中立地帯の尼崎だ。大阪のようで大阪ではないあそこに逃げ込めば、もう戦わなくていいーー
「おう! 大阪市の連中がおるぞ!」
 河内弁が聞こえてきた。絶望に飲まれそうになる。まさか、あと一歩だったのに。
「動くな! 動いたら撃つぞ!」
 その声を聞いて、サクラは笑った。諦めたように、あるいは覚悟したように。
「いって」
 そう言って、サクラはアサルトライフルを構えて走り出した。
「どうにもならなくなったらこうしようって、決めててん」
 僕と反対方向へと。
「あたしはバリア。あんたを助けるための」
 サクラのそんな声は、銃撃音でかき消された。

 大阪市は降参した。兵士たちは次々投降し、武装解除に応じた。僕はアサルトライフルを手放し、高校生に戻った。
 府がなくなっても、市が消えても、季節は巡る。また、春がやってきた。
満開の桜で包まれた住吉大社で、僕は一人立っている。手には、指輪がある。結婚指輪だ。サクラに渡すための。
 風が吹き、舞い散る桜の花びらが僕を包む。あの時とは違う花びらだ。花も、空気も、行政体制も昔のものではない。僕だけが一人、昔のままで。
 あの時、僕は死んでいればよかったのだろうか。彼女と共に、弾丸に倒れていれば、こんなに辛い思いはしなかったのだろうか。
 答えはなく、ただ切なさだけが胸に残った。

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9月19日(土)京都 木屋町「パームトーン」で開催された「fm GIG ミステリ研究会第21回定例会〜ショートショートバトルVol.7」で執筆された作品です。

顧問:我孫子武丸
参加作家陣:川越宗一、木下昌輝、今村昌弘、水沢秋生、最東対地、尼野ゆたか、稲羽白菟、山本巧次、大山誠一郎、延野正行、円城寺正市、緑川聖司、佐久そるん、谷津矢車、田井ノエル

司会:冴沢鐘己、曽我未知子、井上哲也

上記の作家が、木軍・火軍・土軍・金軍・水軍に分かれてリレー形式で、同じタイトルの作品を即興で書き上げました。

また、それぞれの作家には当日観客からお題が与えられ、そのワードを組み込む必要があります。

さらに「ムード」の指定も与えられ、勝敗の基準となります。

当日の様子はこちらのアーカイブでご覧になれます。


「アタシはバリア」(BBガールズ)はこんな曲です。(詞・曲/冴沢鐘己)


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