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ショートショートバトルVol.5〜「ハバナ・モヒート」南軍(稲羽白菟、最東対地)

(お題:残り香)(ムード:ワクワク)

【第1章 稲羽白菟】

【注】

 ここに書かれる歴史・人物・団体は全て、作者が描くこの小説世界上の「設定」であって、いかなる実際の事件・出来事と関係はない。

『ハバナ・モヒート』

 一

 ハバナはカリブ海に浮かぶ小さな島国、キューバ共和国の首都である。

 読者諸兄にとって、この北米と南米、二つの巨大な大陸に挟まれたラテン系の太暖かな小国ーーしかし、ある事情によって東西冷戦時、東側陣営「共産国家」側に立つこととなり、西側陣営のボス「アメリカ合衆国」の喉元に突き刺さる匕首(あいくち)となったーーその小国の首都の名前について、その歴史は今や遠い過去の物語となり、香り高いハバナ・モヒート、南国の情熱的な一夜の酩酊を誘う強い酒の名前でしか、もはや馴染みのないものかもしれない。

 この国について調べるべく、初めて私がキューバの玄関、ハバナ・キュラッソー湾の埠頭に足を下ろしたのは、アメリカ全土を照準に収める東側陣営のミサイルが配備されるかもしれないという緊迫した情報によって「第三次世界大戦」が始まるかもしれないと世界中が固唾を飲んで情勢を見守った、いわゆる『キューバ危機』が一つのピークを迎えた63年の夏、とても蒸し暑い日の夕暮れ時の事だった。

 初めて訪れるラテンの小国への旅。その旅情にあてられて、私は衣服もハバナ風ーーキューバの葉巻、ハバナのモヒートに似合うものにすべく、つま先から頭の先まで、白のエナメル靴、白いスーツ、そして、白い頭、真っ白で統一し、取材相手のキューバのリーダー、フィデル=カストロ議長に「日本から来た小説家はキューバの流儀を知っている」と一目置いてもらえるように、そして、この国のかたち、この国の歴史をつぶさに教えてもらえるよう、自分なりに最大限の注意を払ってこの港にやって来たのである。

 余談ながら、このカストロという男は、親日家として知られ、力士を隔年でハバナに招いていることでも知られており、驚くべき事にその交流は今でも続いている。

 私のその島国の最初の印象は、カリブ海の小国というよりも、日本の西国街道、瀬戸内の小島、周防大島のようだというのが正直なところであった。

 余談ながら、周防大島は幕末、幕府と長州の全面対決「四境戦争」のひとつの激戦地となった島であり、その島民を戦争から救った僧侶、大洲鉄斎はカストロと似た肖像画が残されている。

 私を出迎えてくれたのは議長の第一秘書、シニョーラ・マルデラというすらりとした上背のある南国美女という風情の女性だった。

 シニョーラ・マルデラは埠頭で葉巻をふかす私に魅力的な低音で声を掛けた。

「お待ちしていました。シニョール司馬。ようこそ、司馬遼太郎先生……」


【第2章 最東対地】

私は思わず後ろを振り返りそうになり、寸前で止めた。

「やあ、君がシニョーラだね。私が司馬だ」

適当な筆名でよかった。まあ、いくら親日国とはいえ司馬遼太郎の名は通らないだろう。仮に通っていたとしても問題ない。同姓同名とでも憧れているとでもなんとでもいえる。

「司馬。。。シヴァね、いい名前だわ」

葉巻の煙をくゆらせ、ふてぶてしくうなずいてみせる。ここで主導権を握られてはだめだ。あくまで私は小さな島国からやってきたしがない小説家。

そういう設定だ

「ごめんなさい。私は日本の文学には詳しくなくて」

そういってシニョーラはバーテンにモヒートをふたつ、注文した。

「ハバナにきたのだからモヒートをぜひ堪能して。鼻から抜けるミントの香りがいつまでもあなたにこの国の風を感じさせてくれるから」

進められるままモヒートに口をつけた。

ふむ、なるほどな。。。

爽やかな香りが心地いい。いつまでも残り香が体内に滞留しているようで、私までこのカラフルな街並みに溶け込んでいるようだ。

「情熱的な夜はお好き?」
「さあ。だが情熱的な女性には興味を惹かれるがね」
「お上手ね。あなたからは清潔さを感じるわ」

危ういところだ。もう少しで目がくらむところだった。
この女に手をだすのはまずい。もしも手をだそうものなら、カストロが血相を変えてやってくるだろう。

「さて、早速だが。。。」
「もう商談? 仕事熱心な男ね」
「君が魅力的すぎるのさ」

ふふ、と微笑みながらシニョーラはパパン、と手を二度鳴らした。

「ハッケヨイ」

我々がいるプールサイドのバーのどこからともなく、片言で妙な電子音が聞こえた。
ずぶぶ、と水が起き上がる音と共にプールから巨大なロボットが現れた。

「ゴッツァンデス」
「おお、これがリキシマン。。。」

シニョーラはふふん、と笑った。

「違うわ。エドモンド本田よ」
「そうか、後ろため前パンチだな」

シニョーラとふたりでエドモンド本田を見上げた。これこそが今回の目的だ。

キューバ危機の切り札となる最終兵器だ。これが小説のネタになるという名目で大枚をはたき、これをもらいにきたのだ。

なぜキューバでエドモンド本田?

私は本国の上官に尋ねた。

『目くらましになるだろう? 我が国は兵器をもつことはできないからな。親日であるキューバにこそふさわしい』

心でそれを思い出しながら、葉巻をもみ消した。

「ドスコイ」
「おお、これはまるで大日本帝国の象徴のようだ」

しかし、ふんどしから下がない。

「足がないようだが?」
「ふふ、そんなものは飾りよ。偉い人にはそれがわからないのよ」
「そうか」
「インドはダルシム。アメリカはガイルという兵器を保有しているわ」

私は黙ってエドモンド本田を見上げた。
つまり代理戦争。11の国で巨大兵器を用いて戦う。
そして最後に勝ち残った者がこの世の勝者になる。
冷戦とはそういうものだ。

「シヴァとは神様の名前なのよ」
「そうか。では俺は神様ということか」

神様、そうかもしれないな。小説家のネタとしてこれを書けば確かに面白いものができるかもしれない。
だがそうじゃない。事実は小説よりも奇なりだ。

「ところでカストロ議長を裏切ってもいいのか」
「あの人はカリスマであって神ではないわ」
「フンフンフン!」

突然エドモンド本田が百烈張り手を繰り出した。

さて、私はこれからエドモンド本田に乗って本国へ帰る。
シニョーラは私を神だといった。シヴァか。。。悪くない。
うだつの上がらない私の人生に一矢報いるのはここしかないかもな。

「今日中にスイス銀行の口座に入金する」

そう言ってモヒートの代金を払おうとするとシニョーラはそれを制止した。

「これは私が奢るわ。だって神様にお金なんか払わせられない」

確かにな。私が神様ならそうだ。ならばシヴァとしてひとつ、やってやろうじゃないか。

そうして私はエドモンド本田に乗り込むと、タイランドへ飛んだ。

世界はこのシヴァが支配する。


※フィクションです。

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2月15日(土)京都 木屋町「パームトーン」で開催された「fm GIG ミステリ研究会第16回定例会〜ショートショートバトルVol.5」で執筆された作品です。

顧問:我孫子武丸
参加作家陣:川越宗一、今村昌弘、木下昌輝、尼野ゆたか、稲羽白菟、延野正行、最東対地、遠野九重、円城寺正市、もやし炒め

司会:冴沢鐘己、曽我未知子、井上哲也

上記の作家が、東軍・西軍に分かれてリレー形式で、同じタイトルの作品を即興で書き上げました。

また、それぞれの作家には当日観客からお題が与えられ、そのワードを組み込む必要があります。

さらに「ムード」の指定も与えられ、勝敗の基準となります。

当日の様子はこちらのアーカイブでご覧になれます。

タイトルになった「ハバナ・モヒート」はこんな曲です。


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