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ショートショートバトルVol.5〜「虹色のパレード」東軍(尼野ゆたか、川越宗一、木下昌輝)

(お題:パンデミック)(ムード:ウキウキ)

【第1章 尼野ゆたか】

これは、俗に言う関ヶ原の戦いで用いられたとされる奇策「七色の陣」が実在したかどうか一次史料を元に調査し、物語の形で復元したものである。

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「なぜだ」

 宇喜多秀家は、目の前の男に問うた。

「お主が未来を見るものであることについては、最早疑いはない。今まで、全てお主はのちに起こることを言い当ててきた。ならば、なぜだ」

 その表情には、深い苦悩がある。

 豊臣秀吉に後事を託された、五大老の一人。備前宰相(びぜんさいしょう)と讃(たた)えられた彼の双肩には、名声が不安と重圧としてのしかかっていた。

「なぜだ。なぜ我々がーー西軍と、呼ぶのか。我々が負けると分かっていて、なぜ我らに加勢する」

 秀家の問いに、彼の向かいに座った男は笑った。
 高い背丈に、柔和な笑みと物腰。そしてその瞳の奥に光る、底知れぬなにか。

「ああー。一つはね、縁です」

 割と高めの声で、男は返事した。

「あなた個人というよりはーーあるいはあなたの係累、捨て嫁と申しますか。そちらに縁があります」

 男の言葉に、秀家はわからないといった顔をした。

「まあ、むずかしいでしょうな。まだ、500年以上は先のことです」

 そういって煙に巻くと、男は言葉を続ける。

「もう一つは、決戦です」

 その唇が、つり上がる。

「誰もが考えることです。もし、時を超えてこの時代に来てしまったのなら。負けと勝ちを、白と黒を、陰と陽をーーひっくり返す」

 秀家は、目を伏せた。

「本当に、恐ろしい男だなーー昌右衛門(まさえもん)。おぬしというやつは。この状況を、うきうきと楽しんでいる」
「はは。おっしゃる通りです。炯眼(けいがん)に候。ーーさて、策をお伝えしましょう」

 昌右衛門と呼ばれた男は、懐から扇を出して開いた。

「わたしは、この戦いで何が起こるか全てを知っている。その中でも最も重要な事件を七つに分け、その全てを防ぐべく手を打ちました。それぞれ異なる七色に装った部隊が、敗北の芽をつむ。相手は、おそれおののくことでしょう」

 再び、目が爛々(らんらん)と輝く。

「それは名付けてーー虹色の陣」

 昌右衛門が、扇を口に当てる。

「これを破ることはかないません。虹色の陣は、関ヶ原をパレードのごとくーーいや、わかりやすい表現がよいですな。そうですな、馬揃え(うまぞろえ)のごとく行進することでしょう」

「本当か」

 秀家が尋ねる。

「本当にそうなのか」
「ええ」

 昌右衛門が、頷く。

「たとえば、突然雷が落ちるとか。疫病が流行るとか。東軍に、『わたしのように未来を知る者』がいるとか。そのようなことがなければ、間違いなくーー」

 絶対の自信をもって、断言する。

「ーー間違いなく、関ヶ原は、西軍の勝利に終わりましょう」


【第2章 川越宗一】

 昌右衛門の記憶は、500年後に飛ぶ。チェーンのドーナツ店で、まるで見て来たように過去を物語調に、昌右衛門は綴っていた。

「パンデミック!パンデミック!」

 老人が、カウンターに向かって叫んでいる。やかましい。

「はい、ポン・デ・リングおふたつー」

 老人の勘違いを器用にすくい上げる店員の声に感嘆した昌右衛門は、執筆の疲れもあって思わず顔を上げた。拍子に、老人と目があった。そして、驚愕した。

 真っ白な頭髪は豊かに保たれている。太い黒縁のメガネ、シワがきりりと引き結ばれたような口元、ベージュのスーツ、淡い色のシャツと赤いネクタイ。

ーー司馬遼太郎

 まさにその人であった。泣く子も黙る歴史小説の大家である。古書街に軽トラックで乗り付けるなど、博覧強記のエピソードにもことかなない。もう亡くなったはずだ。事態をつかめないまま呆然とする昌右衛門に老人、いや司馬遼太郎はつかつかと歩み寄ってきた。

「食わへん?」

 パンデミック、いやポンデリングを差し出された。そう、司馬遼太郎は大阪の人なのだ。

「なあ、木下くんよ」

 司馬遼太郎は遠慮なく、昌右衛門の隣に座った。

「ぼくは東軍におる。関ヶ原、ぼくより面白くかけるか?ぼくのは映画になったぞ」

 昌右衛門の背筋に、汗が伝った。歴史小説かとは時を超える存在なのだ。まるで見て来たように過去を描写できるのは、あらゆる過去に視点を置くことができるからだ。昌右衛門自身も、さまざなま時代を旅し、見て来た。歴史小説家はつまり、時間旅行者でもある。だがその旅行の中で、司馬遼太郎などという偉大な大先輩、歴史小説の怪物に遭遇するとは、つゆも思っていなかった。

 だが、と昌右衛門は決意を新たにする。創作者は対等なのだ。歴史小説家を志すとは、司馬遼太郎と対等の立場で殴り合うということなのだ。

 束のような銃声が朝もやを割っていく。怒号が上がり、刀剣がぶつかりあう音が届く。

「はじまりましたぞ」

 昌右衛門は、あえて静かにいう。宇喜多秀家は硬い顔で頷く。

 慶長5年9月15日の早朝、関ヶ原で東西両軍は決戦の火蓋を切った。


【第3章 木下昌輝】

絶叫が、関ヶ原の戦場に響きわたった。

「しぃばぁ、りょぉぉぉたろぉぉうううううううっ」

木下昌右衛門は、関ヶ原の戦場で高らかに叫んだ。隣にいた宇喜多秀家が、びくりと両肩をあげる。

「ま、昌右衛門、どうしたのじゃ、突然、叫び出して。落ち着け、お主の虹色の陣が、こたびの合戦の趨勢(すうせい)を決めるのじゃぞ」

「うるせえぇえ、しぃばぁぁ、りょおたろううう、ぶっころこす」

木下昌右衛門は、刀を抜いて乱暴に振り上げた。

「しぃぃばぁぁりょぉぉぉたろうぅぅ、お前の関ヶ原なんて、全然、つまんねえんだよぉ!!!!」

木下昌右衛門は刀を振りかざし、走り出した。

「昌右衛門、どこへいくのじゃ」

宇喜多秀家の制止をふりきって、木下昌右衛門は陣を飛び出た。すでに決戦ははじまっている。東軍の福島正則(まさのり)の軍勢が、けたたましく火縄銃を発砲していた。

「しぃばぁ、りょううたろうっっ、どこだぁあああっ」

木下昌右衛門は刀を振り回し、絶叫した。飛んで来た火縄銃の弾丸をまっぷたつにする。

「でてこぉぉぃ、しぃばぁりょうたぁろぅぅぅめぇええ、貴様なんか、ただ、余談が多いだけじゃなええかぁぁぁっぁっぁぁぁっ」

もはや、木下昌右衛門には虹色の陣のことなど頭の中から消えていた。西軍を勝たせることも、全く考えていない。今、激しく求めるのはただひとつ。

ーー司馬遼太郎の首をとる。

俺が歴史小説家としてこれから生きていくためには、あの白髪の黒メガネの男を斬らねばならない。「余談」や「ちなみ」にを多用し、神保町の古書店をあらしまくった男をぶっ殺さなければならない。ふさふさの白い髪を、血の色に染めねばならない。

「何奴じゃ、わしが福島家総大将、福島左衛門大夫(さえもんたいふ)正則(まさのり)である。いざ、尋常に勝負」

「しぃぃばぁぁぁ、りょおおおたろおおおおぅぅぅぅぅ」

木下昌右衛門の刀が閃いた。福島の首が宙に飛ぶ。たちまち崩れ出す福島勢を追い越して、木下昌右衛門は走った。

なんで走ってるんだ、とすこし思った。どうして、おれは「司馬遼太郎ぶっ殺す」と叫んでいるのだ。大丈夫なのか、おれは。

だが、もう止まることはできない。東大阪の司馬遼太郎記念館で、文藝春秋の編集者と写真を撮ったことが昨日のように思いだされる。あのときは楽しかった。司馬遼太郎記念館のスタッフの方が、「いずれ木下先生にもご講演をお願いするかも」といったのが本当に遠い過去のようだ。正確には未来の出来事だが。

「どこだぁぁ、しぃばぁりょうぅたろううううう、ぶっころす!!!」

「パンデミック、パンデミック」

突然、そんな声が聞こえた。目の前には【厭離穢土(おんりえど)欣求浄土(ごんぐじょうど)】と書かれた旗が翻っていた。歴史小説家ならば知らないはずがない。あれこそは、徳川家康の馬印(うまじるし)である。あそこに家康がいる。そして「パンデミック、パンデミック」という声も聞こえてくる。

「そこにいるのか、司馬遼太郎ぉぉ」

木下昌右衛門が血濡れの刀をつきつけた。軍勢からひとりの男が現れた。黒糸威(くろいとおどし)の甲冑を身につけた老将だった。兜(かぶと)はかぶっていない。毛量のある白髪が風になびき、黒いメガネがキラリと光った。司馬遼太郎である。見れば、メガネの縁に赤いものがついている。

「受け取れ、パンデミックだ」

司馬遼太郎が放り投げたのは、一つの首だった。よく肥えた男の首、これは肖像画で見る徳川家康ではないか。

「おのれぇ、司馬遼太郎、貴様、正気か。家康の首をとって、どうやって関ヶ原の物語をつむぐのだ」

「これは家康の首ではない。パンデミックだ」

司馬遼太郎が一歩二歩と近づいてきた。

「さあ、戦おうぞ。どちらが歴史小説の天下をとるか」

司馬遼太郎が刀を抜き、木下昌右衛門に斬りかかる。ふたりの間で、火花がちり、ふたりの気合いがぶつかった。

「パンデミックぅぅっぅうぅ」

「ポンデリングぅぅぅぅ」

一合(いちごう)二合(にごう)と刀がぶつかり、司馬遼太郎のメガネが一刀両断された。

「いまだ」

木下昌右衛門が司馬遼太郎に足払いをかけ、馬乗りになった。

「覚悟、司馬遼太郎っっ」

刀を首につきつけ、白い髪をつかんだときだった。

ずるり。

妙な感触があった。なんだ、これは。木下昌右衛門は手のなかにあるものを見た。白く豊かな毛をもつカツラだった。

まさか、おれが殺そうとしたのは司馬遼太郎ではないのか。

司馬遼太郎に似た豊かな髪は白くない。メガネをかけている。

「お、お前は、川越宗一ぃぃぃ」

木下昌右衛門が組みしく男がニヤリと笑った。刹那、腹に冷たいものが突き刺さった。見れば、短刀が腹に刺さっている。

ごろりと木下昌右衛門が転がった。

「ど、どうして」

川越宗一が木下昌右衛門を見下ろし、にやりと笑った。

「恨みだよ」

なんのことだろうか。

「初めてあったとき、お前はおれに『お金をたくさんもっているだろう』といった。おれが持っているのはお金じゃない。焼肉屋のクーポン券だ」

そういって、川越宗一が背をむけた。

戦場を去る足取りは、まるで行きつけの焼肉屋に行くかのようだった。

終わり

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2月15日(土)京都 木屋町「パームトーン」で開催された「fm GIG ミステリ研究会第16回定例会〜ショートショートバトルVol.5」で執筆された作品です。

顧問:我孫子武丸
参加作家陣:川越宗一、今村昌弘、木下昌輝、尼野ゆたか、稲羽白菟、延野正行、最東対地、遠野九重、円城寺正市、もやし炒め

司会:冴沢鐘己、曽我未知子、井上哲也

上記の作家が、東軍・西軍に分かれてリレー形式で、同じタイトルの作品を即興で書き上げました。

また、それぞれの作家には当日観客からお題が与えられ、そのワードを組み込む必要があります。

さらに「ムード」の指定も与えられ、勝敗の基準となります。

当日の様子はこちらのアーカイブでご覧になれます。



タイトルになった「虹色のパレード」はこんな曲です。


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