テーブル茶道に行ってきた

私の住む地域には近くの大学やボランティアが共同で運営しているカフェがある。カフェという名前なのだが常時様々な教室や講演が開かれており、地域コミュニティの中心拠点となっている。

そのカフェで先日テーブル茶道教室が行われたので、参加してみた。

このカフェには用事で前も来たことがあったのだが、主な利用者層は高齢者で、30代以下は全くいない。そのような所に入ったのだから私はたいそう目立った。今回もテーブル茶道の参加者はだいたい60歳以上が多かった。

さて茶道が始まった。まずは和菓子を食べてから。そうでないとお茶は出ない。ケーキを食べ紅茶を飲み…といった風にはいかないようだ。

和菓子が大きなお皿の上に何個か乗っていたのだが、その配置が面白い。皿や和菓子に前後ろが決められていて、その皿の「前」の一点に面するように全ての和菓子の前面が向いている。上から見るとちょうど磁石の極付近の磁力線のような形をしているのだ。なるほど、お菓子にも向きという概念があるのか。

この和菓子、中に甘く酸味がある鶯色のあんこがあり、それをお餅のような粘着質のある透明な膜が覆っている。甘いのに酸味があるというのは驚きである。

他の参加者は自分のお茶セットを持っていたのだが、私は持っていなかったので貸して頂いた。布が実に鮮やかな赤をしている。

さてお茶を作る。師匠が一回お手本をなさったのだが、複雑すぎて頭に入らない。これは難しい。道具の配置場所等が細かく決められていたり、順番が厳格だったり。体は動かさない代わりに頭と道具がめちゃくちゃ動く面白い文化だ。

所作にはある一貫性がある。それは、「いつも手前からはじまる」という師匠の言葉のように、一回一回の所作で必ず手が胸の前あたりを通ることである。終始動作がキリッとしているため、このお茶を作る所作を全て5倍くらい急いでやれば、カクテルを作っているバーテンダーみたいに見えるのではないかと想像してしまった。

私が興味深いと思った所作は、お湯を注ぐところである。沸かしてある熱湯を柄杓ですくうのだが、容器に注ぐときに2割程度の湯を柄杓に残しておくのが流儀だそう。なんと全て注がないのである。なぜだろうか。何でも8分目という日本人の精神なのか、それとも全て注ごうとし無理な姿勢をとってこぼれ湯に火傷をする人が多かったのか。どういう理由かは師匠は教えて頂けなかった。

テーブル茶道の参加者で交代で飲んだり作ったりした。飲む時にも皆がいい気分になるようにマナーがある。前回飲んだ人には「もうひとつ如何でしょうか」、隣の人には「お先に」。飲んだらお茶を作ってくれた人に「結構なお味で御座います」。この美しい言葉、大切にしていきたい。

さて私も飲んだのだが本当に濃いのかどうか分からなかった。ペットボトルのお茶では味わえない深い味わいがあったような無かったような。量が少なかったのであまり味は分からない。

気づいたら一時間ほどが経っていた。「ただ菓子を食べお茶を飲むだけ」と師匠はおっしゃっていたのだが、結構難しい。あと5回くらい行かないと身につかなそうなので、また機会があったら行きたい。

おわーーおー!
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パメル

学生。「考えることを止めない」ことが一番大事だと思う。 休日にやっていることはピアノとゴルフと音楽制作と散歩。 プログラミングを勉強しています。
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