ダージリン・シッキムの山旅⑨      ~湯あみして これぞ贅沢 極まれり~

 朝、ベット・ティーがつく。

 起きぬけのベットの中でお茶を飲むという、イギリス人の優雅な習慣だ。優雅とは程遠く、お父さんは銀マットを敷いた床から、末娘はゆりかご風イスから、私と姪っ子、長女は、まん中がへこんでいて寝にくかったベッドからゾロゾロ起き出し、ミルクティを楽しむ。

 実はこの宿、水が出ないのだ。バスルームには大きなブリキのバケツが3つ並んでいて、水が汲みおかれている。朝、湯を持ってくると聞いていたが、顔を洗う程度かと思っていた。

 ところが石油かんにたっぷり、下から持って来てくれる。若くはないが力持ちのおじさんで、満ぱいの石油かん2つを両手にさげて階下の離れから二階の部屋まで運びこんでくれるのだ。しかも、ビショビショとこぼしたりしないで――。

 みんな髪を洗い、楽しく体を洗う(ダージリンでは寒くて、シャワーを楽しもという余裕がなかった)。木のスノコが敷いてあり、洗面器や水くみおけは白いホーローだ。水が出ない不便さよりも、湯を運び上げてもらって湯あみするという贅沢さがたまらない。

 トイレは水洗式だが水は出ない。手や顔を洗った水をとっておいて、ザバーッと流す。それも、水がもったいないからいちいち流さない。何人分かまとめて流す。ただ、うんちは流れないから、プカリと浮いている。はじめからくみ取り式なら気にならないのだが、なまじ水に“プカ~リ”っていうのは気になるもんだ。

 ホテルのマネジャー氏には男の子が二人いる。うちの子供たちと同じ年だ。 「とってもクレバーなんだ」と、父親は我が子を自慢する。その二人がやってくる。たいへんな恥ずかしがり屋さんだ。

 はじめのうちは絵を描いたりして遊んでいたが、娘たちも言葉が通じないのがいやなのか、別々に遊んでいる。まつ毛がとっても長くて、つぶらな瞳が美しい。

 以前、私がパキスタンを旅していたとき、五木ひろしがコンサート・ツアーでパキスタンに来るが、彼は決してまっ黒いサングラスをはずさないだろう、と噂されていたのがよおく分かる。

 カリンポンでは火曜と土曜日、バザールが開くというので出かけてみる。狭い場所にいろんな店がひしめいている。野菜、果物がたのしい。タバコの葉を重ねて量り売りしている。竹のかごに鶏が何羽も押し込められている。

 時代物のおもちゃが面白い。カルダモンや香辛料もかなりの種類だ。パンツにプラジャー、ズボンに古着。何でもそろってしまう。

 チべッタンのレストランでトゥクパとモモを食べる。客の中には日本人と同じような顔が結構ある。 50歳くらいの淋しさを漂わせた日本人顔のおじさんが、 「日本人か?私はビルマから来た」なんて話しかけてくると、 『あー、この人は水島上等兵かも知れない』と、想像をかき立てる不思議さが、
このあたりのバザールにはあるのだ。

 レストランの息子が、ぜひカリンポンを案内したいというので、タクシーをたのんでラマ教のゴンパ(寺院)や花のガーデンを見てまわる。末娘はゴンパのぐるりにあるマニ車が気にいって、いつまでもくるくる回している。

マニ車
上の娘はなんとか手が届く

 案内のお兄さん(ダージリンの大学に行っている)はお小遣いから大枚20Rsをはたいて、私たちのためにお布施をしてくれる。 “I love Tivet"というバッジを自分の胸からはずしてプレゼントしてくれ、私が「チベットに行きたいと思っている」と言うと、 「自分のかわりにぜひ行って欲しい」と、瞳を輝かす。

「この地で生まれたので、ラサもポタラ宮も見たことはないが、いつも両親から話を聞いている。ここを流れている水はすべてチベットの雪解け水だ」と、まだ見ぬ故郷を熱っぼく語る。その彼と一緒にチョウメンを食べてお別れする。

 疲れて宿に帰り、はちみつやパンやバナナの軽い夕食。マネジャー氏、トゥンバを2つ持ってやってくる。今夜は妻が子供たちを連れて実家に行ったので「私はフリーだ」という。

 トゥンバ、別名ネパーリービールは、モルツ(稗ーヒエのたぐい)にバザールで見かけた何だか分からない白い石のような塊がイーストだそうで、湯を注いでストローで飲む。マネジャー氏が作ったモウソウ竹の容器は、ストローにモルツが流れ込まないように工夫されている。湯をつぎ足しながら3~4回飲める。口に合んだとき、 “ネパールで確かに飲んだことがあるぞ!”と、記憶がよみがえる。

 マネジャー氏には我らが日本洒がお日当てのようだ。バルコニーでの会話がはずむにつれ、うるめ鰯もだして焼きはじめる。今までは遠慮しながらやっていたが、こうなればあとはしめたものである。日本酒おかわりの要求もでたマネジャー氏は、帰るときの足どりがやや乱れていた。

ホテルのマネージャー(右)



 お父さんはバルコニーのいすに寝る。停電になって、真の闇になる。明日はバスでシッキムにむかう。

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