データ可視化を大学の講義で活用する法

データ・ビジュアリゼーションのツールを紹介する書籍を、それぞれの分野の専門家である方たちと一緒に作りました。技術評論社『プロ直伝 伝わるデータ・ビジュアル術 ――Excelだけでは作れないデータ可視化レシピ』(以下、『データ・ビジュアル術』)です。

今回はこの本で取り上げた「ウェブ・ツール」を大学教育で活用する方法について、これまでの実践をもとに、本では書ききれなかった部分も含めて解説したいと思います。ざっくり言うと、教室にプロジェクターとブラウザーだけあればすぐに使えて、講義の中で操作して見せたり、グループ作業をさせたり、課題のネタにできたり…一粒で何度もおいしいのがこのツールの特徴です。一方的ではない対話的学び・学生が自ら探索し、発見することにもつながります。

どんな分野で使えるのか?それはデータ次第です。ここで想定しているのは社会科学系ですが、ここで紹介するツールだけでも国際関係、政治学、経済学、国際開発、社会学、文化人類学、公衆衛生、疫学、公共政策、地域研究ーーなどの分野への応用が考えられます。

では、ここでいう「ウェブ・ツール」とは何でしょうか?『データ・ビジュアル術』本では、自社で大量に発生するたとえば営業データをどうやって見える化して分析し、業務に役立てるかという課題への答えとなるツールも多数とりあげています。ですが、私たちが「ウェブ・ツール」と呼んでいるのは、公的なデータと可視化ツールがセットになっていて、「XX県の高齢人口はどのくらい?」「〇△国の貿易収支はどう変わってきている?」「喫煙率が高い国はどこ?」といった問に対する答え(データ)をグラフや地図などで見せてくれるものです。自分でデータを用意する必要がないーーというのが、PowerBI、Tableau、GISツールなどと異なるところです。

世界各国の健康データを比較

『データ・ビジュアル術』本でとりあげたInstitute for Health Metric and Evaluation は世界各国の国民の健康状態と課題についての研究を行っている機関で、ウェブサイトで多彩なデータ・ビジュアリゼーションを提供しています。詳しいことは本書をご覧いただきたいのですが、ここではデータ可視化の一例としてGlobal Burden of Diseaseの死因分析をご覧ください。このツリーマップは、2017年に世界の中で先進国(High SDI)だけを選び、亡くなった人すべての死因を可視化したものです。青いブロックが非感染症、赤いブロックは感染症、緑が事故や自殺を表しています。Institute for Health Metrics and Evaluation. 2017. Global Burden of Disease.

このツリーマップは対象となる国、年、人口(年齢グループと性別)を指定するGUI(Graphical User Interface)で簡単に操作できます。国際保健疫学の講義で使えるのはもちろんのこと、教養課程で世界のことを知ろう…というような授業でも有効です。これ(上)を見せてから、次に、「じゃあ、世界の中でも最も貧しい・開発が進んでいない国ではどうだろう?」と問いかけて、GUIを操作します。社会開発(SDI)が最も低い国だと死因はこのようになります(下、Institute for Health Metrics and Evaluation. 2017. Global Burden of Disease. )

画面が切り替わる時に、それぞれの疾患ブロックが伸びたり縮んだりします。そして、教室がどよめく。これが狙いです。人はいつかはみな死ぬ、ですがリッチな国では高齢になって、避けられない病気で亡くなる人がほとんどなのに対して、最貧国では本来なら防げるはずの感染症で亡くなる人が多いことが直感的にわかります(新生児、妊産婦死亡も多い)。他の可視化ツールで乳幼児死亡率などを比べてみるとさらに効果的で、「アフリカに開発なんていらない。このままでいい」という見方(があるとすれば)は的外れであることをわかってもらえます。

さらには、紛争や内戦はそこに住む人たちにどう影響するかを示すツリーマップも、教室のパソコンで講義中にその場で、作ることができます。こちらは、同じ死因データを使ったものですが、国はシリアです。(下、Institute for Health Metrics and Evaluation. 2017. Global Burden of Disease. )

このマップ(上)も、ショック効果は絶大です。内戦が続き、多くの市民が犠牲になっているシリアですが、亡くなる人(全年齢、男女)の多くが紛争とテロによって命を落としており、最大の死因であることがわかります。GUIで対象年を操作すると、内戦前には、先進国と同じような死因パターンだったことも確認することができます。

IHMEのデータ可視化ツールはほかにも多数あり、日本については全国だけでなく都道府県のデータがあります。東日本大震災が被災県の死亡率にどう影響したかなどをインターアクティブに問い、答えを見られるようになっています。詳しくは『データ・ビジュアル術』本を参照してください。

世界のデータが何でもある世界銀行データバンク

ほかにもこうした「ウェブ・ツール」は多数あります。世界銀行のデータバンクには世界各国のマクロ経済、通商、教育、人口、社会福祉など多岐にわたるデータがそろっています。こちらもGUIで操作し、その場で地図などを作ることができます。こちらはアジアの国の一人当たりアルコール消費量をマップにしたものです。15歳以上の人口一人当たり、1年間のアルコール消費は、日本では8リットル(純アルコール換算、2016年)でした。色が濃いほど量が少なく、淡いほど多いのが若干わかりにくいですが、これを見ながら、「韓国は飲酒量が多いような印象があるけど本当?」(本当です)、「イスラム教の国では本当にアルコール消費が少ないのか?」(とても少ないです)といった問への答えを得られます。

学生数人のグループを作ってそれぞれに一つの地域(アジア、欧州、北米、中南米など)を割り当て、このツールを使って、「喫煙率が高いのはどこの国?」「就学率が低いのは?」といった質問にグループで取り組むワークも、面白いです。データの定義も気になるところですが、これについては、選んだ変数(上の例であればアルコール消費量)の説明と定義も出力されるので、あるデータが「本当には何を測っているのか」、「何と比べられるのか」など、データ・リテラシーに関する話をする時にも便利です。

貿易データならWITS

世界銀行グループのデータのうち、貿易に関するものに特化して、データを可視化できるのが World Integrated Trade Solution です。こちらも国を選んで輸出相手国、輸入元国をツリーマップで見られたり、貿易収支のトレンドを把握するグラフを出力することができます。GUI操作なので、こちらも講義内で使うのに適していますが、これを使って「A国の主要輸出・輸入パートナーと最近の貿易収支を簡潔にまとめて」といった課題を出すのもいいと思います。

まとめ

これらはいずれも、ウェブ上でユーザーが豊富なデータの中から見たいものを選んで可視化できるインターアクティブなツールです。教室にパソコンと高速インターネット、そしてプロジェクターがあれば、この可視化プロセスを講義の中で実行することができます。「A国はこんな感じだねー、じゃあ、ほかにどの国を見てみようか?」ーーというような対話をしながら進めるとよいと思います。



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