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descente-降臨- 第六話

S6.賢吾Side 2.


賢吾は懸命に魔物を斬り伏せ進む。進んでいるうちに奇妙な事に気が付いた。空腹がない。疲れはあるが、それはどちらかといえば精神的なものだ。ここに連れてこられる直前は寒い夜だった。だが、今はどうだ。寒さは感じない。いつもなら夕食の時間は過ぎて就寝の時間にさしかかっている頃だろう。なのに眠気すら感じない。さしもの賢吾にもここが異界であることを薄々感じざるを得なかった。賢吾は剣を見る。頼もしい相棒ではあるが、この剣が通常の剣でないとするのなら、これを握る代償があるのかもしれない。
不安と昂揚にかられて走る賢吾の耳に争うような声が聞こえた。よく知っているその声は美月と真矢の声に違いない。賢吾の確信通り、通路の先に見なれた学生服の二人がいた。
「美月!! 真矢も! 無事だったのか!」
二人の姿を見つけた賢吾はその無事に安堵しながら駆け寄る。生きていてくれたのだ。二人がその片手に持つ剣は自分の持つ剣と同じ何かなのだろう。
二人に近寄った賢吾は二人の様子が変な事に気が付いた。一見するなら真矢が美月を庇っているようにも見える。だが、二人の間にある空気はもっと張り詰めていて危うい。
「どうかしたのか? 二人とも。美月、怪我をしたのか!?」
賢吾は美月の赤く染まって裂けたスカートに気が付いた。巻いてあるハンカチには見覚えがある。真矢のものだ。心配して美月に近寄ろうとした賢吾の前に真矢が立ちふさがる。「賢吾ぉ………」
「真矢、お前……美月に何を……」
ようやく賢吾には事情が呑み込めた。だが、到底信じられない。あの真矢が、友人の妹であり、自分にとっても妹のような少女である美月を襲っている。しかもこんな異常な場所で。ここには魔物がいるというのに!
賢吾の表情がこわばり、険しくなる。
心のどこかから強く何かが訴えかけている。
「美月に何をしていたか言え!!」
激怒の顔を作って賢吾は憤る。これも罠かもしれない。二人は偽物で、もしくは操られているのかもしれない。だが、激しい怒りが収まらない。一瞬浮かんだ疑念が消えて、ただ獰猛な瞋恚が心を征服していく。その賢吾の様子を見て、同じく激怒に顔を歪めた真矢は怒鳴った。
「うるさいっ!! お前さえ、お前さえいなければ!」
真矢は片状の手で美月の腕を掴みながら叫ぶ。人が違ったかのようだ。真矢は短気で粗暴なところはあるが女性に乱暴するような男では決してない。
「一体なぜだ真矢!! お前はそんな奴じゃなかった筈だ! 目を覚ませよ!!」
「お前ごときに俺の何が分かる! いつもいつもいつも! 知ったような口をきいて悟ったような顔をして!」
「!!」
「お前の可愛い妹が目の前で辱められているのを見る気分はどうだよ! 賢吾! ようやくお前にも人間みがでてきたじゃねぇか」
「真矢ぁああああっ!!!!」
その言葉が逆鱗に触れた。激情で視界が赤く染まる。
「俺は美月が好きなんだよ。だから提案したんだ。ここで俺と処女を捨てれば、ここに清らかな女がいなくなれば、儀式は失敗し、誘拐犯にひとあわ吹かせてやれるとな!! お前にそんな役目は出来ないだろ? だって潔癖で真面目な実の兄だもんな。じゃあ俺がやってやるよ! それで誘拐犯は涙目。俺たちはハッピーエンドってわけさ!」
「ふざけるな!!」
「本気で嫌なら俺を斬ればいいじゃないか。でも美月はそうしなかった。つまりその気があるってことじゃないか。ははは!! いいさ。俺の事なんて好きじゃなくても………感情なんてそのうちついてくるんだからさ!!!!」
風切り音がして真矢のすぐそばの壁に賢吾の剣が叩きつけられる。
「最後にもう一度言う。お前は操られているだけだ。目を覚ませ……」
口調はさっきとは違い、あくまで穏やかなであるのに背筋が凍るほどの恐怖を真矢は感じた。剣は賢吾に呼応して強烈な氷気を放っている。
「お前はそんな人間じゃない。この場所の瘴気で気がおかしくなっているだけだ。真矢! 美月の手を離せ」
「あ、う……」
怯んだ真矢の手の力が弱まった瞬間に美月はその手を振り払い賢吾のもとに駆け寄る。
「あ、あなたの思い通りにはいかない!! お兄ちゃんの言う通り、頭を冷まして!! こんな方法、悪人を喜ばせるだけ! 真矢先輩だって言ってたじゃない。ここは淫祠邪教の祭祀の場なの! きっと、私たちを犯し合わせようとするのだって想定の範囲内に決まってるんだからっ! そんなことより、力を合わせましょう。三人で力を合わせればきっと……きっと出られるはずだもん」
真矢は舌打ちする。賢吾に同調する美月の様子はどうだ。まるで託宣の巫女のようではないか。気押された真矢は一歩後退する。
「うるさいうるさいうるさい!!! 偽善者どもが!! 必ず後悔するぞ、賢吾! それから美月!! お前は必ず、俺のものにしてやる!!」
「真矢!」
「真矢先輩!!」
真矢は二人に背を向けて走り出す。あっという間にその姿はいくつもある曲がり角の向こうに消えてしまった。

Written by @mososokko

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