見出し画像

descente-降臨- 第一話

S1 放課後のメール

着信音が鳴り、賢吾はスマホを取り出し画面に目を滑らせた。差出人は妹の美月とある。
「賢吾! 帰りにどっか寄ろうぜ」
勢いよく肩をたたかれた賢吾はそちらを振り返る。こんな誘いをするのはクラスメイトであり親友の倉石真矢と決まっているのだ。
「なぁ、賢吾。ゲーセンはどうだ? あの話題のゲームは今日から稼働だろ? さっそく対戦しようぜ!」
真っ赤に染めた赤毛を揺らして真矢はガムを口に放り込む。SNSで話題沸騰しているアーケードゲームが全国で稼働を開始し、賢吾の住む街でもついに開始されたのだ。真矢は待ちきれないとばかりに口元をせわしなく動かしながら賢吾を誘う。そんな様子の真矢に少しばかり悪いと思いながらも賢吾はスマホを手にしたまま真矢に提案した。
「ゲーセンもいいけど、今日はちょっと別の場所に付き合ってくれないか? 妹も一緒で悪いんだけど」
「美月ちゃんも?」
「ああ。来週は母さんの誕生日なんだけどプレゼントを選びたいから一緒に来てくれってメールが来たんだ」
「ふーん。ま、荷物持ちくらいならしてやるよ」
「サンキュー。ジュースくらいはおごるからさ」
真矢の答えを聞いた賢吾は美月に返信の文面を打つ。

『真矢も一緒につきあってくれることになった。集合は駅前のバス停で』

『わかった。じゃあ、あとでね。お兄ちゃん』

真矢と他愛もない話をしながら校舎のエントランスにさしかかった時、ふと賢吾の会話が途切れた。
「おい、賢吾?」
真矢は賢吾の視線を追う。その視線の先にある者を見て、真矢の眼差しが厳しいものに変わった。
帰る者、部活に出る者、生徒たちがわいわいと行き来するその前方から一人の男子生徒が歩いてくる。この場の生徒たちの中で一際、目を引く銀髪が二人の視界に入る。
クラスメイトの鵜城悠だ。悠はアイドルのような恵まれた容姿を持ち、成績優秀で弁が立ち、そつのない態度をとるために教師や女子からの人気が高い学生だ。
賢吾の隣で真矢は不快そうに鼻を鳴らした。真矢が不快を表明する態度をとるには意味がある。
一見誰からも高く評価されている悠は賢吾と真矢にとっては好ましからぬ相手であるのだ。

エントランスから出ようとする賢吾と校内に入ろうとする悠の体がすれ違う。

視線と視線が咬み合った。

侮蔑と憎悪を混ぜた鋭い視線が賢吾を詰るように貫く。その一見、涼しげな貌が煮え滾るような感情で歪む。嘲笑の形に釣り上がった唇がひそかな声で囁いた。
「いい気になってられるのも今のうちだ、賢吾」
その言葉に気色ばんだ真矢をよそに悠は視線を逸らし歩みを進める。すぐさま悠は他の帰宅生徒達にまぎれて見えなくなった。
「あの陰険クソ野郎……」
真矢は低く忌々しげな声で吐き捨てる。悠と賢吾と真矢の間には確執があるのだ。

事は半年以上前、学年が上がり、クラス替えが行われてクラスメートの顔が入れ替わった直後から起こった。
周囲からの評判も高く、クラスのヒエラルキーの上位に属していた悠であったが、どういうわけか賢吾が気に入らなかったらしい。理由は賢吾にも真矢にも分からない。悠より成績上位の賢吾を嫌っているという話は聞いている。温和で人付き合いもいい賢吾は友人も多く、彼を恋慕う少女も少なからずいた。そこが今までクラスの人気者として君臨していた悠のプライドを損ねたのかもしれない。
悠は自らの手を汚すことなくクラスメートを利用してあらゆる手段で陥れようとした。その手段は次第に陰湿さを増していき、窃盗騒動が巻き起こる。目撃者を名乗る生徒に付和雷同するものが現れ、賢吾に対して悪いうわさが次々にたった。その結果、賢吾に対して疑念を抱く者と彼を信じる者の間でクラス全体が激しい緊張状態に陥った。その状況に怒りの声を上げた真矢は一人で真相を調べ上げ、悠とその取り巻きを突きとめて問答無用で拳を揮い、悠の口から冤罪だと暴露させたうえで二度と賢吾に手出しをしない事をクラスメートと教師の居る前で誓わせたのだ。それ以降、悠が何かをしてくる事はなくなったが自分に恥をかかせた真矢と賢吾を強く憎んでいるらしい。真矢からしてみれば自業自得であり、次に何かしようものなら次こそは許しはしないという態度を常に取り続けているのだが、それでも悠は態度を改めようとはしていない。

賢吾は真矢の肩を軽く叩いて促す。
「賢吾、お前さぁ……」
賢吾は悠への感情をあらわにはしない。少なくとも真矢のようには。賢吾も何か言ってやれよ。そう毒づこうとした真矢はその言葉を飲みこむ。付き合いは長いが真矢には賢吾の感情が読めない事が多々あった。今もそうだ。あんな憎悪と侮蔑の眼で見られて、賢吾は腹が立たないのだろうか。自分だったら掴みかかってたかもしれない。賢吾に比べたら、まだ悠の方がわかりやすい。聖人か、愚者かのどっちだよ、お前は。そう真矢は思う。悠の去っていった校内を睨んでいた真矢はため息を吐いた後に待ち合わせの駅に向けて歩き出した。

Original text by @mososoko

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?