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descente‐降臨‐ 第三話

S3.賢吾Side 1.

「!?」
奇妙な夢を見たような気がして賢吾は飛び起きた。夢の内容は覚えてはいないが、首を振っているうちにバス停で真矢と話しているうちに眠くなったのを思い出した。
「あ、あれ? 寝ちゃったのか……」
意識が闇に落ちる前に何かを感じていた気がするが、よくは思いだせない。
「美月?」
隣で眠っていたはずの妹がいない。
眠りから目覚めたばかりのぼんやりした意識が浮上し、賢吾は今自分が置かれている状況を認識した。
ここは夜のバス停ではない。部屋だ。広い部屋。水色の色彩が目に入る。蒼い洞窟部屋。そこに自分が居るのだ。しかし美月と真矢は居ない。混乱しながら賢吾は二人を呼ぶ。
「美月! 真矢!! どこにいるんだ! 返事をしてくれ!」
だが返事は帰ってくる事はない。この場所には賢吾ただ一人しかいない。
「な、なんだよこれ……。ここはどこなんだよ!!」
バス停で三人で話していた。将来や過去の事だ。美月は急に眠くなったと言い、その後……その後?
賢吾は周囲を見渡す。部屋といっても自宅にある自分の部屋とは違う。学校の教室とも違う。石造りの壁に覆われた部屋だ。窓はない。時計もない。壁には燭台がかかり静かに炎が燃えている。賢吾は二人の名前を呼びながら扉に手をかける。だが、取っ手はびくともしない。
「なっ!? 鍵!?」
閉じ込められているのだ。賢吾は扉をたたきながら怒鳴る。
「開けろよ!! ふざけるな!!」
誘拐。拉致監禁。そんな言葉が脳裏に過る。数か月前に女子大生が殺された事件があった。被害者は突然犯人に誘拐されて郊外の倉庫に監禁され、そして無残な死体となって発見されたという悲惨な事件だ。嫌な空想が次々に浮かんでは消える。まさか。そんな。自分たちが? 誰に? 何の目的で? パニックを起こしかけた賢吾は息を大きく吸って冷静さを取り戻す。
「そうだ! スマホで……」
賢吾は勢いよくスマホを取り出す。美月と真矢に電話して安全を確認したら警察に窮状を訴えるのだ。が、スマホの画面を見た瞬間に賢吾は落胆する。
「くそっ、電波が」
これでは警察を呼ぶこともできない。それどころか、GPSも効かず、ネットにもつながらない。完全にただの四角い金属片と化したスマホを見詰めながら賢吾は唇をかんだ。

「早くここから出ないと。でも、何だこの剣は」
賢吾は部屋の中央に置かれている剣を見詰める。この部屋と同じ、仄かな青みを帯びた剣だ。作りは大仰でその拵えは妖異でありながら、さながら主君を守る聖騎士のごとき堅牢な印象さえ受ける。その全身から形容し難き磁力のような何かが賢吾に働きかけているような気がする。
「こんな所に閉じ込めておいて剣? この剣で誰かと殺しあえとでもいうのか。それともこの場で勝手に自害しろと?」
ばかばかしい。無視しようとした賢吾であったが、剣から目を離せない。
「くそっ。だけど、二人を助けるために武器は必要かもしれないな」
抗うのを諦めた賢吾は剣を手に取った。普通なら、高校生の彼にはとても持ち歩けそうにもない大剣であるのに、奇妙にその手に収まる。重みはあるが持てないほどではない。それどころか……なにかが体の奥からせり上がり、こみ上げてくる気がする。この剣を振る事の出来る力。この剣が引きだした己自身の力だ。確信があった。この剣は自分を待っていたと。
「乗ってやるよ。だが、決して僕は思い通りにはなりはしない! この剣で二人を助け、その後はこんなもの、投げ捨てて出て行くんだからな!」
賢吾は一度剣を振る。やれる。そう思った賢吾は部屋から出るための扉の鍵を探し始めた。
洞窟部屋の探索は賢吾を激しく混乱させた。部屋にはいくつかのメモが置いてあり、そのどれもが彼にとっては意味不明なものであるからだ。そうやらここは城らしい。が、城とは一体何だろうか。いくつかの謎めいた言葉を賢吾は生徒手帳に几帳面な字で書き写す。

真名の効力。
魔術師は魔法名を名乗り、真の名を伏せる。これは名前にはその者の本質が宿るとされているからである。
これは悪魔や精霊、妖怪、神に至るまで同じである。イシスはラーの真名を当て、強大な魔力を得た。
パラケルススにいわく『神は名を持たぬ。なんともなればこの世の全ての名を持つからである』
敵なる者の魔法を打ち破るには術者の正体を見破り、それを突きつけることである。大がかりな魔術には更なる対策が必要であろう。その魔術の実行の為のプロセスを阻止したうえで名を告げるがいい。さすればそれは無効となる。

「くそっ。美月ならなにか分かるかもしれないのに」
部屋中を探し回った賢吾はようやく持ち前の洞察力で鍵らしき物体を発見した。賢吾は扉を睨みながら鍵穴に鍵を差し込む。
「これでおそらくはここの扉は開くはず。一体、誰が、何の目的で僕たちをここに……」疑いながらも賢吾は扉を押す。重い音を立てて扉はすんなりと開いた。
「え……!?」
賢吾は眼を疑った。重厚な石作りの床と壁がずっと奥まで続いている。想像以上に広い。賢吾は愕然となりながら周囲を見渡す。
「何て嫌な空気だ……」
瘴気とでもいえばいいのだろうか。おぞましい気配が肌を刺し、鳥肌を立てさせる。震えが来るのは寒いからではないだろう。作りの重々しさと構造からして叫んでも外には届かない。まるで迷宮だ。怯懦に傾きかけた自らの心を賢吾は叱咤し、脚を通路に向けて踏み出す。強く警戒しながらしばらく歩みを進めたそのときだった。肺腑をえぐるような獣じみた奇怪な叫びが賢吾の耳朶を打った。
「ゴアアアアアアアアアアアアAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!」
巨躯が賢吾の行く手を塞ぎ、血走った眼がその体をねめつける。怖気をふるうような獣臭があたりに満ちた。
「なんだこいつは!?」
悪魔。化け物。そうとしか言いようのない獣がいた。その化け物は賢吾を血走った眼で見詰めながら咆哮した。呪わしい吼え声で床は揺れ、体の芯まで恐怖が揺さぶりかける。
「くっ……夢じゃないのか!? まだ夢の中にいるんだろう!? それとも現実だっていうのか!? でも……」
賢吾は剣を構えた。剣道などやった事はない。小学生の頃遊んだままのチャンバラの構えだ。なのに分かる。どうすれば〝戦える〟かが。内側から何かが溢れて、それは横溢して力となり魂の属性が剣を媒介としてそこに顕現する。
「この剣は氷の剣」
冷気が剣を煌めかせ、賢吾を覆い、その周囲を凍て付かせた。氷の粒は蝋燭に照らし出されて、あたかも賢吾と剣を称える宝玉であるかのように幻想的な艶を帯びる。
「苦悩の剣!!」
苦悩の剣? 気を高ぶらせた賢吾は剣を振り下ろしながら賢吾はぼんやりと脳裏で思う。不吉な名前だ。
賢吾は僅かに震えながら剣の銘を叫ぶ。寒い? 怖い? 違う。興奮しているのだ。こんな異常な場所で、異常な化け物と殺し合う自分自身に。剣は賢吾の闘争心を歓迎して更に美しく青く冷たく輝く。
悪魔は今一度吠えたて、爪を振りかざして賢吾に襲いかかる。しかし、賢吾は負ける気はしなかった。
「だけど、ここから出るにはやるしかない!!」
紫電一閃。
青い耀きを帯びた剣先は悪魔を斬り伏せる。紅い血が迸り、壁と床を不吉な生命の色で穢した。興奮と緊張の荒い息を吐きながら賢吾は茫然と剣を見詰めた。倒した。否、――――殺した……。この得体の知れない化け物を……。まだ現実味がない。肉を切り裂く手ごたえが生々しく手に残る。通路の冷たい風が初陣の熱を冷やし、賢吾を正気つかせる。美月と真矢もこの場所のどこかにいるのかもしれない。そして、ここには同じ化け物が。自分はたまたまこの剣を所持出来て悪魔を倒せた。だが、二人はどうだろうか。鋭い爪が逃げ惑う少女を捉え、怯えた肢体を乱暴に床に組み伏せて制服もろとも柔肌を切り裂き、濡れた牙が悲鳴を奏でる白い喉笛を切り裂き、甘く熱い血を。一瞬の暗い幻想が賢吾を嬲る。化け物の血のついた刃を血振いし、賢吾は駆り立てられるようにして走り出した。

「美月!!!」

Original text by @mososoko

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