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42.みんなのようにうまくいかない


私は生まれながらの劣等生だ。何も初めから人並み以上にうまくいかない。幼少のころ、
私は縮れ毛だった。コンプレックスだった。わずか3歳の時にコンプレックスがあった。器
用でもなく才能があるわけでもなくマイナススタートな私。内面にも外面にも自信がなか
った。それは幼いながらに他の子供より力量がなかったことを知っていたからなのか。家族
には充分すぎる愛を受けていた。それでも、自己効力というか自己肯定感みたいなものが希
薄だった気がする。それでも、いつか這い上がってやる、というか這い上がるんだろうなと
いうそこらへんの自信はとてもあったのだと思う。そんななか、友達にもなじめない。いつ
も大人しく、ひっかかれたり、罪を着せられたり、他の子供が怖く感じたり、他の子供の親
まで怖く感じた。それに私は4~5歳なりにすみっこにいるグループに所属するかひとり
で、お遊戯会でも派手なポジションにはいかず競争がないところへ参加した。徒競走をして
もいつも最下位かその前くらい。それも相当悔しかった。小学生になったら全員を一掃して
上位になってやると決めていた。まあ、そんなことを思っていると不思議に身体能力が上が
り、4~5歳の頃に1位だった子供に差をつけて勝利できるようになっていたのである。他
の子供とのコミュニケーションの方もできるようにはなっていたものの、距離感がつかめ
ずにいた。かわいいと思う子にべったりしすぎて嫌がられたり、些細なことで傷ついたりと、
当時は今よりも生きにくかったと思う。私の良くないところに白黒思考がある。ちょうど中
間のいい塩梅ができないのである。距離感をつかむことや、物のとらえ方が難しい。よって、
コミュニケーションに苦戦したり、少しのことで傷ついたりといったことが起こるのだと
22歳になってなんとなく分かるようになった。中学生になると、それまでやっていたサッ
カーではなくソフトボールをすることにした。女の子だけの場なら楽勝にポジションゲッ
トして活躍できると思っていたのだが、予想を反してみんなより始めからすいすいできる
わけではなかった。まあ後になって精神を崩しながらも活躍は一応にできるようになった
のだが、ソフトボールだけになってしまい、生活(精神)に支障が出てしまった。初めから
天才だったら天賊のものがこれほどまで私の精神を犠牲にはしなかったろうに、言い訳に
聞こえるのかもしれないが、努力と精神的なものに任せきりにしてしまった。やはり、ここ
でも白黒思考が目立ってしまう結果となったのだ。みんなのようにちょうどいい塩梅にス
ルスルとできてしまえばいいもののできない。なのに理想が高い?そうは思わないけどそ
うなのかもしれない。みんなのようにほんとうになにもかもうまくいかない。ここまで不器
用な私は苦しい。

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恋人の菅田将暉似(26)と暮らす人(22)です。
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