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『クママとクマック』

 昼ごはんを楽しみにしながら、買い物中のクマの親子が話していた。

「クマック、お昼ご飯は何が食べたい?」とクマのお母さん。

「そうだなぁ。僕はあったかいシチューがいいなぁ」クマの子供が答える。

「それじゃあ、シチューにしましょうか。ニンジンが足りなかったから買って帰りましょう」

 スーパーには色とりどりの野菜が所狭しと並べられている。

「このニンジン、白いね?」不思議そうなクマック。

「着色料が入ってないのですよ……健康を気にする人にもおすすめです」

近くにいた店員さんが教えてくれた。

「ほうれん草もありますか」と、クマのお母さん。

「これなんかどうですか。ビタミンA~Zまで一日分の必要量がすべて配合されていてお肌もつやつやになりますよ」と得意げな店員さん。

 キャベツなのにヨーグルト風味やバーベキュー風味、はてはキュウリなのにトマト味などという何をしたいのかわからない企画商品まで。

 昔は畑で一本ずつ栽培されていた。いつしか農業ドームと呼ばれる巨大な工場で作られるのが主流になっていて、今ではバイオテクノロジーのオンパレードである。

 クマと書いたがクマなのかカバなのかよくわからない外観をしていて、二本足で直立歩行している、彼らはふつうの人間である。ここは、少し未来の地球。つまり、彼らは地球人の将来の姿なのだ。

 人型が動物のような姿になることが必ず退化といえるだろうか。いや、現に進化したらこうなったのだ。この熊のような外観は素肌であり服も着ていないが、旧い人類たちが夢見たパワードスーツを装着した状態のように筋力を強化していて、装甲のように丈夫な皮膚は彼らの住む都市がミサイル攻撃を浴びたとしても耐えられるし、未知のウィルスが蔓延したとしても99.9パーセントの確率で通さないという。

 あくまでも、それは人工知能による計算であり、状況によってはそれほど無敵ではないかもしれないが……。

 クマックは何十キロもの野菜や飲料水が入った箱を軽々と持ち上げると自家用車の荷台に積みこんだ。小さな子供でもかんたんにできる作業だった。

 「あれ、雨が降ってきたわ、急いで! クマック!」クママが慌てて叫ぶ。

 「おかしいね、今週はすべて晴天の計画だってテレビで言ってたのに」

 この時代、天候も完全といえるほど正確にコントロールできていた。まさか、気象コントロール協会のコンピュータに不具合でも起きたのだろうか。

 最先端テクノロジーで固められた農業ドーム。そのコンピュータにも不具合が相次いだ。市場では野菜が足りず、値段も高騰し始めていた。

 世界規模でのコンピュータウィルスの蔓延が原因だった。

 ハッカーたちはすでにハッカー撲滅法の施行以来、ほぼ絶滅に近く、これほど大規模なことは人為的なものだとは考えられない。

 なんらかのバグが起きて自然発生的な事故かもしれない。

 政府や企業はいくつかの有効と思われる対処を施そうとしたが、すぐに音を上げてしまった。高度に進んだはずの文明はほころびだしたが、それでも、根本的な解決を図ろうとするものは少なかった。誰も皆、なかなか成果のでない危機管理に労力を割くよりも経済を動かすことを優先したのだ。

 稼働しなくなった工場や街から遠ざかるように、クママとクマックは、田舎の田園地帯に暮らすことになった。土を耕し、夏の日照りに耐え、大雨や台風に悩まされながらも、寒い冬をやりすごし、やがて春を迎えた。

 見たこともなかった野草が花をつけた。クママたちの小さな畑には、不格好な野菜が収穫された。こんな規格外のトマトやキャベツなんて売り物にはならないだろう。

 クマックはかじってみた。それが、なんともおいしい。コンピュータで美味しいように完璧に計算された味とはまったく異なるけれど、文字通り、今までに食べたことがない新鮮な味であった。

「うまい!! こんな美味しい食べ物、はじめて食べたよ……」


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