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『生きていていい』という喜びを。統合失調症と向き合い、絵本に込めた思い【kaede(片岡洋子)さんインタビュー】

その鳥は、大粒の涙を流しています。虹色の羽を持っているのに。他のどの鳥にもない羽を持っているのに。

鳥の名前は「かけるん」。

「『飛べないダメな羽』が、誰もが驚く『自分らしい羽』に変わりました。」

描いたのは、片岡洋子さん。「kaede」というペンネームで、統合失調症の治療をしながら絵を描き続けています。

この絵は、作者・かけるんさんと株式会社パパゲーノの共同制作によって作られた絵本「飛べない鳥のかけるんのために描かれました。

「読者の皆さんに統合失調症についての理解を深めてもらうためには、どんな表現がいいのか、悩みながら何度も描き直しました。」

病気、家族関係、交通事故、さまざまな出来事に翻弄されながらも、kaedeさんは絵と共に歩き続けてきました。

創作と治療、その中で感じていること、考えていることをお伺いしました。

「リカバリーストーリー」とは?
辛い体験をした人や精神疾患等を経験した人が自分が生き方を主体的に追求する物語

絵を描く、ということ

kaedeさんは、就労継続支援B型事業所に通いながら、肖像画や絵本の制作、長崎県大村市を中心にしたピアサポート活動をしています。

「L VILLAGEというB型作業所に通っています。イラストを制作したり、ミシンを利用した細かな作業をおこなったりしています。やりがいがあるし、全部好きな作業なので、楽しく通わせていただいています。」

絵は、2〜3歳のころから描いていたそうです。

「身の回りのお人形さんや、物語の登場人物、あとはモヤモヤした気持ちを絵に描いていました。人の顔を描くと、なんだか落ち着くことが多かったです。絵を描いていると癒されますね。貧しい家柄でしたが、遊びにお金をかけなくて済むし、いくら描いても怒られませんでした。」

2022年4月には、株式会社パパゲーノと共同で、絵本「飛べない鳥のかけるん」の制作をスタート。さらに、2022年8月には新作絵本「ドーナツのなやみごと」の出版のためのクラウドファンディングを立ち上げ、精力的に活動しています。

一方で、過去には体調を崩し、「統合失調症」と診断されています。現在は症状が落ち着いており、定期的に通院をしています。

統合失調症とは?
統合失調症は、脳の様々な働きをまとめることが難しくなるために、幻覚や妄想などの症状が起こる病気です。発症の原因は正確にはよくわかっていませんが、統合失調症になりやすい要因をいくつかもっている人が、仕事や人間関係のストレス、就職や結婚など人生の転機で感じる緊張などがきっかけとなり、発症するのではないかと考えられています。

(引用:厚生労働省)

症状が出始めたのは、18年前の夏頃のことでした。

あらゆる人に監視される、という感覚

「父は脳梗塞、母は視力の低下と、病気がちな家族と共に生活していたのですが、元々そこからくるストレスはすごくありました。家と病院の往復しかない生活が続いていて、親戚からの理解もなく、次第に孤独感を強く感じるようになりました。」

kaedeさん自身も交通事故に遭い、怪我や体調不良に苦しめられていました。

引き金となったのは、アメリカで発生した同時多発テロ。

「母が原爆の被爆者だったものですから、子供の頃からずっと、『世界が平和になったらいいのに』『なんで戦争はあるのだろう』と思っていました。

同時多発テロをきっかけに、アメリカが戦争に入っていくのをニュースで見ていたら、どんどん具合が悪くなっていって。誤爆のニュースを聞いて、悲しくて仕方がなくて。病気や戦争に翻弄されてきた家族だったので、テレビやラジオがたまらなく辛かったです。

そのうち、テレビやラジオから、自分がテロリストだと疑われているんじゃないかっていう、突拍子もない妄想にとらわれてしまうようになりました。

症状の中でも、特に妄想がひどかったですね。自分の日記やメールが他人に筒抜けになっているように感じたり、他人の言葉がすべて自分を指しているように感じたり。感受性が敏感になりすぎていて、とても辛かったです。

そのうち独り言も多くなり、家族も異変に気づくようになりました。弟と二人で、近くの病院に歩いていきました。」

診断結果は、統合失調症。大きなストレスを感じているうちに、心身のバランスが大きく崩れてしまいました。

日本人の、100人に1人がかかる病気。男女も年齢も関係なく、誰もが経験するかもしれない病気です。

「でも、逆境に強い自分もいました。」

kaedeさんの中で、少しずつ変化が起こっていました。

少しずつ、前へ

診断されてから数年間、薬による治療を続けましたが、すぐには回復しなかったようです。

しかしkaedeさんは、すこしずつ前に向かって進み続けていました。

「かなり特殊な感覚かもしれませんが、大人として正しい振る舞いをすることに、生きがいみたいなものを感じるようになりました。そうすることで、自分に対し盗撮や盗聴をしていると思い込んでいる『何か』を振り切ることができる、と感じていたんです。」

家族の変化にも、救われるようになりました。

「私の父は、もともとはお酒が大好きで、やりたい放題だったんですよね。その後、脳梗塞になり、言語障害にもなり、赤ちゃん返りをしていた時期もありました。

でも、段々と優しい性格になっていって、温厚で優しいおじいちゃんになっていって、その変化に救われました。」

ある日、両親と近くのきれいな公園に散歩しに行ったときのことでした。

「陽の光が差し込む中、楓の木が風に揺られながら美しく光っていて。そのときに、悟りに近いような、『生きてていい』っていう喜びを感じたんです。

その喜びを感じた瞬間に、自分は自分のままでいいや、って思いました。」

あたたかな日差しに照らされ、優しく輝く楓の木。ペンネームである「kaede」は、そのとき目にした楓の木のことでした。

「薬の量も、先生がびっくりするくらい減って、『自分の患者さんの上位3人に入るくらい薬減ったよね』って言われています。交通事故の後遺症がちょっとあって、身体の具合はあんまり良くなかったんですけど、精神的にはもうピンピンしています。」

病気の治療にはげみながらも、kaedeさんは絵を描き続けました。

「夫を主題にして描いたものが、東北の美術展で入選したことがあって。それがきっかけで、障がいを持っていたとしても描いていいんだなと思い始めました。そこからいろんなご縁があって、絵本の制作に携わることも増えていきました。」

絵本に込めた思い

「『飛べない鳥のかけるん』では、読んだ人がどこか暖かくなるような、ホッとする絵を目指しました。すごく辛い部分は色合いを変えつつも、『かけるん』に優しく、もっと楽しんだらいいんだよって伝えるような絵にしたかったので、自分も楽しんで描こうとしていました。

絵を通じて、読んでくださった方に勇気を届けたいという思いもあって。病気があっても諦めなければ何かを成し遂げることができるというメッセージを伝えたいです。

またそれだけでなく、障がい者や統合失調症に偏見がある方に、『こんなにすごいものができるんだ』って感じてもらえたらな、と思います。

私の等身大の作品で、強いメッセージを与えられる作品にしようと考え、とにかく妥協せず描かせていただきました。」

「飛べない鳥のかけるん」は、作者であるかけるんさんの実体験に基づいており、主人公が自身のこころの病気と向き合う物語について描かれています。

また2022年8月には、絵本「ドーナツのなやみごと」の出版のためのクラウドファンディングを立ち上げました。精神疾患に苦しんだ過去を持ち、現在は障害者相談員としてサポートを続ける「はるのぱせり」さんの経験をもとに描かれた絵本です。

「精神疾患の当事者が感じたことや実際の経験が、絵本という形で届くということはすごく意味があることだなあと思って、やりがいをすごく感じました。絵本に携わる中で、絵本の作者さんとパパゲーノさんが一致している感じがして、いいなあ、楽しいことにチャレンジさせていただいてるなあと思っていました。」

株式会社パパゲーノは、「生きててよかった」と誰もが実感できる社会を目指して、精神障害に関するリカバリーを広める会社です。

「生きててよかった」って思っていたい

「でも、障がい者だからといって、『弱い』とか『かわいそう』という立場がブランドになるのは嫌だなって思っています。そうではなく、『自分』っていう人間が生きているっていうことの意味を、みなさんにも考えていただきたいなって。」

kaedeさんは、ゆっくりと、言葉を噛み締めるように話しました。

「とある研修を受けていた時に、ある方が『今だけ、金だけ、自分だけ』っておっしゃっていました。その時にハッとして。

「お金」とか「自分の利益」とかに囚われている人って、おかしいなって思う時があるんです。

お金とか利益とかよりも、家族と一生懸命作った料理を美味しく食べて談笑している時とか、心がスッとあたたかくなる会話ができた時とか、何気ない日常が楽しいなって、生きててよかったなって思いますね。」

生きている世界に絶望し、ひとりきりの孤独感を味わってきたkaedeさんは、何気ない日常のあたたかさを噛み締めながら今も生きています。

「みなさんの目の前にいる私は、本当に弱い人間です。でも、諦めなければ何かを成し遂げられたりするんじゃないかなっていう希望を失わないように、強く、家族を大事にしながら生きています。

私自身、命を落としかねないような辛い経験をしました。本当に辛すぎて、全てが嫌になることもありました。でも、なにかしら生きていれば。

私自身、これからも『生きててよかった』って思いたいです。そして、私に会うことで、楽しいねって言ってくれる人が一人でもいてくれたら、私はそれでいいなあって思っています。人生を、ダンスを踊るように、楽しんでいけたらいいなって。」

文:おだりょう
編集:株式会社パパゲーノ

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