コミュニティは2回集まると死ぬ。

 昔から、さまざまなコミュニティをつくってきた。ただ、どれも長続きはしなかった。結局、今も残っているのは一つだけ。最初は集まってきたみんなもこれから始まることに期待でいっぱい。すごい盛り上がりを見せる。ところが、たいていの場合わずか2回目の集まりを経たところで、もう衰退期に入っていく。3回目には集まる人数が激減する。ここまで2-3ヶ月程度のことだ。コミュニティは2回集まると死ぬ。

 長らく、その理由が分からないでいた。どういう工夫をとっても、たいてい死んでしまう。どういう集まりだったとしても。顔ぶれが違っていても。同じ道を辿る。まるで私だけタイムリープを繰り返しているかのように。2回目で死を迎えることになれてしまっているし、特に驚きもしない。ただ無力さだけはいつも感じていた。

 ある時、一つの仮説に思い当たった。ヒントはリモートワークだった。仕事として、リモートワークを基本とする日常を送り、組織運営を行ってきているのだが、リモートワークでも同じ状態に直面したのだ。つまり、チーム、人と人との関係が、特に何かしらの事件やコンフリクトがなかったとしても、薄くなり減衰していく。コミュニケーションの量、質の低下は仕事に強く影響する。プロジェクトの状況は悪化する。

 だからこそ、リモートワークではスプリントに基づく開発を前提とした方が良いということにも気づける。一聞、リモートワークでアジャイルは難しいと想像するかもしれない。むしろ逆で、タイムボックスでコミュニケーションをデザインしなければ、求心力がなさすぎて、まとなチーム開発にはならないのだ。

 結論は、こうだ。

・人は、単純接触していないと、物事の優先度が落ち、やがて忘れる。

・人は、人に対してすらも、優先度が落ち、距離が出来ていく。

悪意なく。決めたはずの意思決定はうやむやになり、人との約束はやんわりと反故にされる。意識なく、だ。そこには、単純接触回数の多寡が影響しているとしか思えない。

 単純接触効果。最初は特に意識していなかったこと、むしろ悪い印象を持っていたことでも、何度も見たり聞いたり触れたりすることで、良い感情が沸き起こるようになる現象。1968年にロバート・ザイアンスという人が発表した。

 確かに、上手く運営が続いたコミュニティは、コミュニティとしてのイベント回数が異様に多く、そのたびに運営が集まる必要があり、単純接触回数が保たれていた。私が立ち上げた会社が、リモートワーク主体でやっているものの、5年続けてこられたのは、初期の頃2ヶ月に1回のハイペースで合宿をしていたことも影響していそうだ。

 リモートワークの開発で、アジャイルを前提とした方が良いと感じているのも先に述べたとおりだ。同席して仕事する状況と違って、個々人が意識的に接触、コミュニケーションを取らなければ、リモートでは何となく会話が始まるということが無い。だからこそ、表明(自分の意見、感情、状況言語化する)と共有に値打ちが出てくる。限られた単純接触をより効果的にする取り組み(合宿、スクラムイベント、チームビルドのワークショップ)は、チームを救うことになる。

 では、リモートワークでも参加する人数が多くなる場合には、どうしたら良いのだろう。私が運営しているものに「会社組織ではないけども仕事をするコミュニティ」=ギルドがあり、既に100名に近い人達が参加している。ピアツーピアの単純接触を考えると、99本のコミュニケーションパスが必要になる。当然だが、意識してこなせる数ではない。100名の中で小集団をつくろうということになる。

 そこでギルドでは「学校の学級」をメタファとして用いて、「クラス」の運営を実験的に始めることにした。「学級」をメタファにしたのは、会社組織と違って、人が集まる器に色をつけにくかったからだ。○○事業部といった分け方ができないし、それぞれの所在に偏りがあるため地域性でもまだ分けれられない。考えてみれば「学級」には、こうした色がない。色は後から、集まったその場で生まれてくる。誰かが決めた色に染まるのではなくて、自分たちで色を選ぶというのは、ギルドのあり方に相応しいと感じた。

 さらに、学級には委員長がいる。学級の皆の様子を見て、問題提起やフォローする、サーヴァントなリーダーは良い学級の運営に欠かせないだろう。最初は色がないだけに、自分たちで方向性を見出すために意図的な駆動が必要となる。ギルドでも、クラスにリーダーを置くようにした。

 ギルドのようなコミュニティに、リーダーという特別なロールが必要なのか?と思わなくはなかった。しかし、リモートワークという特殊な状況では、「その場がどんな状況なのか、それぞれがどんな面持ちなのか表出する」意識的な力が必要だと私は考えている。そういう意味では、リモートワークこそ、スクラムマスターのような存在が期待される。

 単純接触回数のデザインが求められるのは、リモートワークのような物理的な距離が離れている状況下だけではない。心理的な距離感から人と人との関係性が断絶してしまった状況でも、必要となるはずだ。その際、コミュニケーションの質を問う前に、量を増やす仕組みを試すことも考えてみたい。

 実験は、続く

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papanda

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