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オノマトペから思い出される自伝的記憶

皆さんは過去の出来事を振り返るとき,そしてその出来事を人に話すとき,どのように表現しますか?「三年前にカープのオープン戦を観に行ったとき,9回2アウトから逆転サヨナラ負けしてモヤモヤしたよ」のように,しばしばオノマトペ (擬音語・擬態語) を用いて表現することがあるかもしれません。今回ご紹介するのは,オノマトペを手がかりとして想起される自身の過去の出来事の記憶 = 自伝的記憶について検討した論文です。なお冒頭の例はノンフィクションで,サムネは当時撮影したものです。

郷原皓彦・佐々木恭志郎・山田祐樹 (2018). オノマトペから想起される自伝的記憶 基礎心理学研究. [リンク]

単語を手がかりとして想起される自伝的記憶の研究は古くから行われています。例えば,単語からイメージをどれだけ想起しやすいか (imageability) によって,想起される自伝的記憶の内容や検索方法といった特性が異なることが知られています。
さて,オノマトペはその音とイメージが結びついていると考えられています (このような結びつきを音象徴と呼びますが,本稿では深入りしません)。そしてこの結びつきにより,オノマトペは感覚やイメージの伝達において他の語にない特徴を有しています。また,神経科学や実験心理学の研究結果からも,このような特徴の存在が示唆されています (手前味噌ですが,私たちのグループも過去に論文を発表しています [リンク] [リンク] [note記事])。
これらの点から考えると,オノマトペから想起される自伝的記憶の特性は,オノマトペ以外の語とは異なっているかもしれません。そこで今回の研究では,オノマトペあるいは類似した意味の語句 (例:「てかてか」と「つやがある」) を手がかりとして想起される自伝的記憶の特性に違いがあるかを調査しました。

質問項目は先行研究を参考に,質問項目として「検索の随意性」,「時間的回帰」,「想起時の安心度」,「記憶の一貫性」,「記憶全体の鮮明度」,「視点の第三者性」,「記憶の感情価」,「出来事を体験した時の年齢」を設定しました。そしてオノマトペあるいはオノマトペ以外の語句から自伝的記憶を想起してもらった上で,それぞれの質問項目について回答してもらいました。その結果,オノマトペから想起された自伝的記憶はオノマトペ以外の語句に比べより新しい,つまり最近の出来事に関する自伝的記憶がより想起されやすいことが分かりました。

実はこの結果は,先行研究の結果とは真逆のものでした。つまり,先行研究ではimageabilityが高い語ほどより過去の出来事に関する自伝的記憶が想起されていたのです。本研究の結果がなぜ先行研究と逆であったかについては,明確な結論に至ってはいません。ですが,imageabilityがイメージのしやすさを表している一方で,オノマトペの持つ特徴はイメージの「質」に関する特徴であり,本研究の結果はオノマトペとオノマトペ以外の語を介して浮かぶ,イメージの質の違いによるものだと推測されます

ところで,自伝的記憶は絵や音楽,匂いといった五感に基づく手がかりによっても想起されます。そして,オノマトペは五感に基づく情報を言語音で表現したものです。だとすると,五感に基づく情報から直接想起される自伝的記憶と,その情報を表したオノマトペを手がかりとして想起される自伝的記憶とでは,その特性にどのような違いがあるのでしょうか?このような点についても検討できれば,オノマトペの持つ他の語にない特徴により迫っていけるのかもしれないですね。

【注記】
先ほどの解説文および論文では,「想起時の安心度 (Relieving)」項目が使用されています。ですが,この項目は質問項目作成の参考とした論文の”Reliving”項目,つまり「出来事の想起時に心の中で出来事を追体験しているように感じられるか」を問う項目を誤訳した結果用いられた項目でした。

そこでReliving項目についても,オノマトペを手がかりとした時にどの程度追体験が生じるか,またオノマトペ以外の語句との間でその度合が異なるかを補足実験にて検討しました。その内容と結果については,リンク先からご覧下さい。[リンク]