「教育業界にいらっしゃるんですねー」と言われるのが大嫌いです

私は教育業界そのものがあまり好きではありません。教育に熱い方々も、あまり得意ではない方が多いです。同類と思われないことが第一目標になっている程です。


理由はいくらでも思いつきそうな気がしますが、私が個人的に一番我慢できないのは、「自分の発言が絶対正しい」と信じて疑わない方です

「自分が勧める参考書が一番良い」、「自分が勧める勉強法なら誰でもできるようになる」等、そういったいわゆる「先生」がたくさんいらっしゃいます。


根底にある一つの信念

一人一人が自分の指導法に自信を持つことは、仕事としてむしろ必要不可欠だとは思います。あまりに自信なさげだと、話している相手を不安にさせる可能性もありますので。

しかし、「勉強に唯一の正解は存在しない」ということを私は信じて疑いません。「誰でも偏差値が20上がる」の「誰でも」は大きな間違いであると信じています。


顔や名前がどこまで近い人がいても、知識や考え方が全く同じ人間は存在しないと思います。

知識や考え方が違うということは、何かを見たり、何か情報に触れた時、考えることや感じること、学び取ったものが違うということです。

そしてその違いは、年齢を重ねるごとに大きなものになっていきます。


高校生ともなれば、一人一人独自の学習観(どうすれば効果的に学習が進むのか等、学習に対する考え方)を持っています。※1

そんな一人一人全く違う高校生に、同じ教材・同じ教え方・同じ勉強法・同じスケジュールを提示して、全員同じ結果(例えば成績UP)を期待するのが的外れであることは明らかです。

「うちのカリキュラムなら確実に成績が上がります」と謳う塾が好きではないのはすぐにわかっていただけるかと思います。


謙虚さこそが、地に足の着いた指導の第一歩

「謙虚さが美徳」というつもりはありませんが、「勉強の正解は一つではない」ことを認めると、「自分以外にも正解が存在する」と考える必要はあると思います。


学生を見ていればすぐに体感できる、こういったことから目を背けて、自分の指導が絶対であるかのようにふるまう人を、私はどうしても平常心で見ていられません。

そして、そういった人が多い(と少なくとも私は感じる)教育業界や、教育に熱い大学生や社会人が集う場が、どうしても好きにはなれません。


実際のところ、「自分以外にも正解が存在する」と認めて学生と接している先生を見つけるのはあまり簡単ではないと思います。仕事なのもありますし、「先生だから威厳を持たなければ」等と意識する人もたくさんいるためです。


私は、まず上記のような状態から解放されるところから始めました。

少なくとも既存のものとは違うアプローチをとらなければ、私がパラリアのような新しい学び場をあえて始める理由にならないからです。


無限に行ってしまいそうなので、

「正解がないという信念をもとにして、どのように学習の機会を提供しているのか」については、次回お伝えいたします。



●まとめ:信念
誰にでも適用できる、絶対に成績が上がる教材、勉強法、塾は存在しない


===補足・参考文献===

※1 学習観:学習成立に対する基本的な信念、価値観。例えば植木(2002)

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