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エッグポーカー


三軒茶屋の外れの小さな焼鳥屋。

常連も一見も、店員さんとの間にも垣根のないようなぐちゃぐちゃな店で、酔っ払いのおじさんたちが大はしゃぎしている。
小学校の頃、担任の先生が教壇に立って押し黙り、「はい、今静かになるまで3分かかりました」とかいうシーンがあったが、まさにああいう騒々しさ。

しばらくするとこの店の定番らしい「エッグポーカー」というゲームが始まった。
何のことはない、ひとつだけお尻にマジックで印を付けた生卵を挑戦者がよく観察し、それ以外とシャッフルして、当てられなければ全部ジョッキに入れて丸呑みするというだけのルール。
それにずいぶん大層な名前を付けたな。

主犯格のコバヤシという白ひげのおじさんが、「いやだいやだ、俺これ、本当にいやなんだよ!」と抵抗する野球帽のおじさんに生卵5個を飲ませ終えると、「次はコバヤシいってみよう!」と、こちらに矛先が向いた。
ちなみにこのコバヤシは僕の本名。
先ほどすでに我々グループの自己紹介は済んでいて、同じ名前なところが覚えやすかったのだろう。

「いいですね! やりましょうか!」と答えると、嫌がるリアクションが正解だったのか少し微妙な空気になってしまったが、「マスター、用意して」ということになった。
マスターは「卵これで最後だぞ」と言っているが、店の大事な卵をこんなことで消費してていいのだろうか。

すぐに女将さんが3つの生卵とそれを乗せるおちょこを用意し、スタンバイ完了。
ちなみにシャッフルも女将さんの担当。
なんなんだこの店は!

この場合の正解がわからないし、ならばとにかく本気で取り組むのが礼儀だろうと思って挑戦してみたら、生卵の表面には意外とそれぞれの質感があって、あっさり当たってしまった。

コバヤシおじさんが「コバヤシ、一番やっちゃいけないことをやっちまったな……」と神妙に言うので、「あ、違いました? じゃあその罰として卵飲みます!」と言うと、パッと明るい表情に戻った。
とにかく人に生卵を飲ませるのが大好きな人なんだな。

いざジョッキに入った生卵を前にしてみて意外だったのは、全然飲める気がしないこと。
これを炊きたてのご飯にかけて醤油をひとたらししたら最高のごちそうなのに、卵への冒涜だ! という気分で、息を止めグッグッとなんとか飲み込んだ。

仕組みが複雑になりすぎてもはやよくわからないけど、「がんばったぶんの商品」として、爽やかな青さの種なしぶどう「トンプソン」を1パックもらった。
自分でもたまにスーパーで買って、日本酒のつまみにしているものだったので、嬉しい。


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