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#TOKYOPOP2 FA


 パソコンを開き、CDを読み取る。なかなか立ち上がらないのでアプリをクリックする。「このプレイヤーは既に再生されています」
だけどどこから音楽が流れているのだろう。ボリュームを上げても100にしても聞こえない。席を離れようとしたとき、エラー音が聞こえた。エラー音は何度も鳴り続けた。一個一個窓を閉じていると、やっとアンドロギュノスが流れた。

 わたしには恋人がいる。きれいな顔。同じくらいの身長。当たり障りない言動。この男の子と出会うまでに色んなことがあった。思い出そうとして思い出すのをやめる。わたしはこの男の子にたくさんお金を使っている。今日も街に出てほしいものを買ってあげる。
「なにが欲しい?」
「そんな。いいよ僕お金ちゃんとあるし」
「違うの。私のわがままを聞いて欲しいの。シンジに何か買ってあげたいの」
「そっか。じゃあ。せっかくだし女の子の服着てみたいな」
「そういう願望あるんだ。知らなかった」
「っていうか、マコトになりたいんだよ」
「わたしに?」
「マコトの着るような服着たいんだよ」
「じゃあわたしシンジみたいな服を買う!」
 と言う訳でわたしはマコトをマルイに連れて行った。ミュール、ワンピース、アクセサリーを買った。シンジは喜んでいた。
「ありがとう。嬉しいよ」
「どうせなら着てみようよ。どっちのトイレで着替えたらいいんだろうね」
「どっかの階のトイレの近くに休憩室があったよね」
「じゃあそこでメイクしてあげる!」
「まじか。ありがとう」
「シンジはどこで服買うの?」
「えぇ……ユニクロくらいしか思いつかない。あと母ちゃんが買ってきたやつとか」
「そうだよね。どうやったらシンジっぽくなるんだろう」
「とりあえずポロシャツにジーパン履いたらいいよ」
 言われた通りユニクロでポロシャツとジーパンを買い、わたしたちはそれぞれのトイレで着替えた。5階の休憩室で待ち合わせして、手持ちの化粧プラス下地一式を買い揃えてシンジを化粧する。
「シンジってヒゲあるんだね」
「そりゃああるよ……」
「ざざっとやってこんなもんかな」
 シンジは自分を鏡で見て感動していた。
「マコトになれた気がする」
「わたしはシンジになれなかった気がする」
「僕になるんだったらひげも脛毛も生えないと」
「そんな。私だってあるよ。わかってるくせに」
「マコトってこんな……、こんなに自分を奮い立たせているんだね」
「そこまではないよ。自分がやりたくてやってるし」
「僕もマコトみたいに変身したい。あんまり、自分のこと好きじゃないから」
「そんなあ。シンジはきれいな男の子だよ。頭もいいし」
「そうかな。それでいいのかな」
 笑いながらシンジはエスカレーターに乗った。
「マコト。ご飯食べよう」
「この格好でどこに行けるんだろうね!」
「どこにでも行ってやるよ。フルーツパーラーでも焼肉でもお好み焼きでも」
「えーじゃあオムライス食べたい」
 わたしたちはいつまでも仲良しだった。二人でオムライス食べて、パフェも食べて。カラオケにも行ってラブホでDVDを見た。いつまでも仲良しでいる訳がない。いつかは軽い気持ちを重たくしないといけない。シンジが重たくなった時、私はリセットする。嫌いな奴は切っていくみたいに。嫌いになった時さよならする。

 嫌いな奴は切っていかないといつまでもつけこまれてしまうなと感じたのは高校生の頃からだ。
 どうしてもルビーの指輪が欲しくてパパ活をやってみることにした。ルビーの指輪はどうでもよかった。パパ活をやってみたいなと前々から思っていた。友達はしれっとやってたし、ご飯を食べて何万も貰えていいなと思っていた。
 すると高校の倫理の先生が来た。先生はしっかり代を払ってくれるが、毎回しっかり説教していた。人格否定レベルまでやっていた。
「なにその包帯?」
「あ、リストカットです」
「ダッセえことやってるね。それ流行りなの?」
「あ、えっと、ちょっとわかんないです」
「君みたいな女子高生がやすやすと稼げてたまるもんかって話だね。金を貰う前に学ぶべきことがたくさんあるんだ。君は僕が相手で本当によかった」
 もう一度「ちょっとわかんないです」と言いそうになって、やめる。
「ねえ、実際山田は彼氏とかいんの」
「え、なんですかいきなり」
「彼氏いるのかって聞いてるの」
「いたらこんなことしてませんよ」
「そっか。彼氏いないのか」
 わたしたちは安いラブホにいる。もし先生と行為したら大変なことになるのをわかっておきながら、先生はこういう所に呼び出して何もしない。
「俺が若い時はラップが流行ってな」
「ラップですか。今も流行ってますよ」
「誰が今流行ってんの?」
「え。知りませんよ調べてください」
「じゃあ山田は何が好きなの?」
「アーバンギャルドです」
「は? アーバンギャルド?」
「ラップじゃないですけど。ラップみたいなこともやってます。ラップってつまり詩人じゃないですか」
「あー、アーバンギャルド出てきた」
「そうですか」
「なんか奇を衒ったことやってるけど、だいたい先行文献が既にあるよね。知ってる? 君こんなことしてるくらいだし勉強してないか(笑)」
「? 今なんか言いましたか」
「こんなの好きになったくらいで賢くなったと思っちゃ駄目だよ(笑)」
「でもいいんです、私は好きだからいいんです」
「山田は処女な訳?」
「はあ?」
「このバンド処女性にやたらこだわってるけど、山田は処女なのかな?」
 彼氏はいたことがある。Bくらいまではあるけれど、処女ではある。でもこんな奴に言いたくない。
「処女好きなんですか」
「ははは。どうしようかな。でも安心してくれ。君が処女だとして、そうでないとしても、僕は君のことを襲ったりしないよ」
「はあ。本当ですかね」
「ああ。僕は君の先生だからな。君は僕のことあんまり好きじゃないのは知ってるけど、君が僕のこと好きになって正気を失っても、僕は君の前で裸にはならないよ……」
「はーん。そうなんですね」
 さっさと今日の代金払ってくれないかな。
 それからも二時間説教は続いた。先生は代金を多めに渡し、「なんかよくわからないバンド教えてくれた代わりといっちゃあなんだが、好きなもの頼みなよ」と言って先に帰った。ラブホの飯に期待できるかよ。そう思いながら無難なピラフを頼んだ。どうせ冷凍だし。
 ピラフを待つ間、なんとなく手相をnon-noのサイトで調べていた。運命線が人身事故なら、師匠を必要とする人生を生きるらしい。私の師匠って誰だろう。まさか。先生とか。まさか。でも他に大人の話し相手がいない。
 その推理は結果的に間違いではあったが、しばらくの間先生とたまに会ってお金を貰っていた。
「山田。お前今日発情期か?」
「なんでですか」
「やたら距離間が狭い。ちょっと前までは示唆的に離れて歩いていただろう」
「知りませんよ。何も邪推しないでくださいね」
「俺、ずっと気になってることがあるんだよ」
「はい」
「俺と山田って実は何かしらの愛着があるのかな」
「やめてくださいよ」
「今俺が山田にキスしたとして、何かが始まったりするのかな」
「やめてください」
「キスをしたくないのは、気づかれるから?」
「はあ?」
「アーバンギャルドの歌詞だろ。何万回も聞いてるだろ」
「先生、アーバンギャルドにハマりましたか」
「んなわけあるかよ。俺な、実はな、かみさんがいるんだよ」
「そんな……とても最低な大人じゃないですか」
「俺、山田との関係性にちょっと酔ってた。今もだけど。だけどかみさんが子宮頸がんになって、子供できなくなったの確定して、ちょっと罪悪感に浸ってる」
「先生は最後までわたしの気持ちを汲み取らなかったですね」
「そうだね。それが山田にとっていいのかと思ってた」
「んなわけあるかい。最初から最後まで説教でした」
「そうなんだ。ごめんね。今日クリスマスなのに呼び出して」
「先生。最後に聞きますけど……」
「んー、はい、どうぞ」
「やっぱりいいです」
「なんだそれ」
「知ったところで、得しないんで」
「俺、学校辞めるわ。俺らのこと見た先生がいるんだよ」
「そういう人からしたら、誤解されますね」
「だろう? 言えないだろ、パパ活なんて」
「そうか。わたしにとってあなたはパパ活なんですね!」
「そうなんだよな。じゃあ、今日でこれきり。さようなら!」
 先生はいつも通り3万をテーブルの上に置いた。さっきまで先生とわたしはラブホの全メニューをずっと食べていた。それをすこし片付けて、やっぱりわたしと先生ってなんなんだろうと思った。割り切れないもやもやを抱いておくくらいなら他の太客を探しておくべきだと感じた。


 その後くらいから私は精神科に通って、「変身」する薬を貰っている。身支度をして、でも宿題は無視して、部屋に戻る時にその薬を飲んで、私が変身する時を待つ。
 鏡を見て、私の瞳孔に薔薇が咲くのを確認すると、私は電気を消して窓を開ける。するとどこからともなく友達が現れて、私は外に出る。変身した姿で。
 変身した私は裸同然の衣装を身に纏い、歳を10くらい取った女の人になった。大人になった私はクラブに行き、大音量を浴び、狂ったように踊る。
 毎朝寝不足で学校に行って、その隈の原因を聞かれる度に正直に答えていたら、学校のカウンセラーを薦められた。
「山田さんの気持ちを正直に話してください」
と言われるから正直に話してみると、妄想癖があると心配される。妄想したからと言って、自分が楽しければいいじゃん。別に深刻に思い詰めてない。だから医者にも話してないのに。
 とは言え今日も変身する。水色の錠剤。黄色の錠剤。ピンクの錠剤。まとめてエナジードリンクで流し込む。
 窓を開けて、おなじみの友達がやってきた。私も窓から飛び降りてクラブハウスに行く。暴力的な音! 暴力的な音! 暴力的な音! さっきまでいたDJが話しかける。
「君って最近見る顔だよね」
「そう。最近ここを知ったの」
「若いのに凄いね」
 私は大人のふりをしているのにバレてるんだとこの時気づいた。高校生だと知られたらどうしよう。
「僕アーバンギャルドのサポートしてるんだ」
「え、すごい。なんでわからないんだろう」
「ここに来る人たちのこと知らないんだね」
「どういう意味?」
「ここ死にそうな人が集まる場所なんだよ」
「……どういう意味?」
「僕、もうすぐ死ぬんだ。一生で一度も思った通りの曲を書けないまま死ぬんだ」
「なんで死にそうなの?」
「なんか死ぬかもなっていうのがわかる。過労死に分類されるとは思うけど」
「私……高校生なんだけど」
「ここは現実じゃないから別に大丈夫だよ」
「最近精神科に通って薬貰って、三種類飲んで、エナジードリンクで流してる……」
「それ、薬がヤバいんじゃない? 精神科とか行ったことないけど」
「わたし、死ぬのかな」
「死にたくないなら、こんなとこ来ちゃ駄目だよ」
「それならあなたも!」
「やっとうまくいくようになったと思ったんだけどな」
「じゃあうまくいってないんじゃない」
「僕も輸入品の薬買って飲んでるけど、やめよう」
「やめましょう。わたしもやめます」
 鏡屋さんの激しい暴力が流れている。耳が痛い。ふと咳込んでものを吐いてみたら、いつのまにか自分の部屋に戻っていた。
 それから学校の友達から知らない薬を貰うのをやめることにした。あのアーバンギャルドのサポートの人は存在しなかった。

 初恋の話をしようと思う。彼女はいじめられっ子だった。いつも食べるのが遅くて、いつまでたってもものを噛んでいた。
 私はその子を見下していた。遊んでやってる気持ちがあった。仲間外れにされているところ、話しかけて、遊んでやった。私はいじめっ子が一番馬鹿らしいのを知っていた。それよりはこっちと遊んでいる方がましだ。
 するとその子からボディーブローを食らった。話を聞いてみると、その子の家はお金持ちだということがわかる。
 その子の家に遊びに行くと、見たこともないロリィタ服が何枚もある。キラキラした雑貨に、化粧道具。なんでもあった。
「良かったら着てみない?」
 そう言われて、着てみたけれど、どうも似合ってない。やっぱりこれはこの子のものなのだろう。
「有理ちゃんが着てるところ見たい!」
 そういうと、有理ちゃんは応えてくれた。化粧をばっちりしなくても、外国風の顔の有理ちゃんにはよく似合う。
「本当に仲がいい友達は、こんなことするんだよ」
 そう言って有理ちゃんは私の唇にキスをした。それがファーストキスだった。
 私はびっくりしてその場を立ち去った。それ以来有理ちゃんとも離すことはなかった。それでも、有理ちゃんのことは嫌いじゃなかった。

 いつも夢の中で廊下を走っている。体育館から理科室までの間を永遠に駆け回る。断片的な夢だが、何年も見ている。
 クラスの男子の性癖、水着を見る先生の舐めるような目、軽く膨らんだ股間、雌蕊と雄蕊の話、保健体育の気まずい朗読。なにもかもおぞましい。そこに絶望していた帰り道、リノリウムを踏みしめていた。身の毛がよだつような、世界がひっくり返りそうな予感が、私が生まれた以上夜の遊びが実在していること、大人には裏の顔があること、ロシアはウクライナをもてあそんでいること、それらが気持ち悪いなというのが常にあった。
 気持ち悪いなと思いつめて、結果気持ち悪いものを身に着けるようになった。気持ち悪い男と恋愛してみると、ぶち抜かれる。射精させればいいのだ。抽象的に。私の思いの丈をたくさんしごいて膨らませて、最後の一刺しで破裂させていけばいいのだ。それを繰り返していくとビッチになる。私はビッチになる前に、クソババアになるより前に、援助交際に転向した。気持ち悪さは倍増する。その分金というエクスタシーを得られる。どんどん撃ち抜いていけ。撃ち抜いて撃ち抜いて、エクスタシーの波に浸るのだ。

 高校最後の一週間はさすがにセンチメンタルがビリビリ高まった。高校の仲間片っ端から集めて、一番割高なラブホテルでカラオケをやった。友達いなかったから、3人しか集まらなかった。ツイッターで募集してきた一人、ラインにいた一人、電柱に貼っていた電話番号に繋がった一人。 地方都市の待ち合わせ場所は大きな広告の前。そこに集うと、自己紹介した。
「はじめまして、私、マコトです」
 ツイッターから来た白髪でショートヘアの女は私を一瞥して興味なさそうに挨拶した。
「へえ。あっそ。僕吾川皐月。よろしく」
 よく見てみると財布がグッチだ。
 電柱の張り紙で読んだ女はアンドロイドだった。
「初めまして、マコトサン。ワタシは弥上雪歩と言いマス。ワタシは人外なんデス。新人類とでもいいマスか。私は研究所で生まれた人造人間なんデス。よろしくお願いしマス」
「へえ~~。さすが現代は進んでるんだなあ」
 最後に、ラインの友達・百世だ。
「久しぶり。マコトちゃん」
「今日はよく来てくれたね。お金大丈夫?」
「ちょっと、マコト、それ失礼なんじゃない」
「いいの、いいの。百世は貧乏だからなあ」
「しかも、毒親だしね」
「なんで人間って自分もうまく行ってないのに子供を産み育てようとするかね」
 百世は幽霊だ。死んだ後の幽霊が言うと残酷すぎるほど説得力があった。
「なんか、人間から外れて、人間がオス化メス化しているのが無理」
「でもそうしないと僕たち生まれてこなかったよ?」
「皐月はいいよね、お金持ちだし」
「お嬢ちゃんもお嬢ちゃんなりに苦労があるんですう」
「ソレを言ったら、百世。ワタシもママが欲しかった」
「それを言われちゃ何も言えないけど」
よく考えると、三人の服はバラバラ。百世はセーラー服、皐月はブレザー。雪歩は私服だ。雪歩が言った。
「アノ、三人ってどこで知り合ったんデスカ?」
「あんまり言わないでね。悪影響を及ぼすから」
「ワタシ達、アイドルオーディションに応募したの。会場で仲良くなって、それからツイッターでやりとりしながら集まっているってわけ」
「結局集団自殺するきっかけがソレみたいになるから言わないでね」
それからアイドルオーディションについて語り始めた。
「なんかちょっと有名になったらムカつくのか変な写真送ってきたりして、そのせいで男って頭が悪い生物なんだなって思った」
「見た見た。スタンダードはつまらない励ましと謎の報告で、誰しも一回は性器の画像が送られることになるよね」
 話題が落ち着くと、「なんか歌ったら?」と言われた。音痴なので嫌がるのに、好きな歌手を聞かれて「Tommy february6」と素直に答えたら「Bloomin’」を入れられた。
「ぶるーみん ふらーわ きっす みー
あい りあーり らーびゅ ひぃあうぃずみー」
曲が終わると、総評が始まって「置きに行く割には夢見がちなところがイタい」と言われた。その割には他の面々は歌わなかった。
 マイクを置いて、メロンソーダを飲み干し、気になることを言ってみた。
「みんな死ぬんだよね」
「うん、薬いっぱい飲んで死のう」
「いや、でも、僕はまだ選べると思う、死ぬか生きるか」
「ワタシは多分スペアがあると思いマス」
「生き返ろうと思わないんですか」
「わかってないなあ」
「えっ」
「死ぬってのは自己表現だからね。何者でもない僕たちが持つ数少ない権利のひとつで、新聞にでっかく載るでしょ。あれ以上の人生ないと思うんだよ」
「私、家に戻りたくない。ご飯無いし」
「ワタシもデス。創造主サンは何だか驕っててワタシを人として見てない」
「僕もだよ。一緒にいると窮屈。マコトはない? そういうの」
「うーん、家が一番好き」
「そうなんだ」
 百世がおもむろにカバンから何かを取り出した。
「せっかくだからやらない?」
「え……なにを……」
「合法ハイプ」
 私たちは向精神薬を炙って吸った。それから私たちはドン・キホーテでときめくものを探して、ベビードールを買った。それに着替えて街中を歩いた。車や人の往来は少なく、堂々と我が道を闊歩できた。調子に乗って、車道を徒歩で逆走した。クラクションが鳴ってビビったけど、他の三人が飄々としていたので気にせず走った。駐車している車に乗って踏み台にして、それぞれがそれぞれに好きなだけ走って行った。
 漫画喫茶で順番にシャワーを浴びた。なんだかうるさいなと思って見て見ると、百世と皐月が一緒に風呂に入ってじゃれ合っていた。皐月は少し泣いていて百世にたくさんキスした後ひっぱたいて「死ぬなんて許せない」みたいなことを言っていた。シャワーから出ると、百世の姿はなくなっていて、皐月と雪歩は気にせず漫画を読んだりYouTubeを見たりしていた。
窓の外が白々としていくのを見ていたら、皐月が
「おい、マコト、お前の身体透けてるぞ」
と言われ、夢が醒めていくのがわかった。
「どうしよう。また会えるかな」
二人は黙って、しばらく考えた後
「会えるよ」
「その時まで頑張りマショウ」
と言ったので、安心して目を覚ますことが出来た。
 私は今家に居る。朝日に照らされて風が身体を撫でていく。
南百世と検索したら何にも引っかからず、昨日の記事も全部削除されていた。他に二人いたのはわかるけど、名前がどうしても思い出せなかった。それからしばらくして、その夢のこともすっかり忘れてしまった。

 フリーター初日にして、上京した。春の東京を見たかった。山手線に日本人は少ない。印度人のおねえさんは鼻くそみたいな石の指輪をつけている。花のようにほころぶ笑顔の共産党みたいなおっさんはただニュースを見てるだけだった。中吊りには兄妹の恋愛がああり、オズワルドはどっちなんだろうと思った
 私はアダルトビデオに絶対ならない。どの駅にも風俗の看板は手当り次第に市民を誘惑し、私が中洲に抱いた蜃気楼は東京じゃ有難みがなかった
 お冷はないがほうじ茶をくれるルノアールは、解凍したプリンに生クリームのせてさらにゲロマズ。リストカットしている店員、張り切った田舎のバンギャ、ひいてはまなざしに感じいる風俗嬢、ここは東京、アンダーコントロールシティ、5人に1人スターになって、5人に4人スターをやめられる
 私はアダルトビデオに絶対ならない。歌舞伎町はなんにも楽しくない。トイレするのにコインが要る。ロフトカフェ行っても楽しいのはイベンターだけで、話してみたらつまんないやつばっか。きたない菓子持ってくんな
 キングクリムゾンが似合う新宿、がっかりすることなかれ、ちゃんとお金を払えば楽しい。高い食べ物を買うのだ。そしたらちゃんとおいしくて帰れる
 何から何まで千疋屋メロンパフェ、瑞々しく皮がバチバチのブルーベリー、赤ずきんの絵本みたいなストロベリー、言うまでもなく花形女優に、添える脂肪分は真の贅沢を語る。漬物になったメロンは海を思わせ、見よ、東京の人は大人になってから恋をするんだ
 東横インのおにぎりはからからに干からびて、どういうわけか甘じょっぱい、新宿の女衒は吉田豪に比べれば圧倒的に強かさに欠けすれっからし、ゴミ箱とトイレに厳しい新宿の交番は意外と楽観主義
ここは千葉ニャンニャンベッドタウン。田園風景は日本の心ね、これがなきゃ東京じゃない
 私は絶対アダルトビデオにならない。一時間くらい時間ないと冷静になって評価できない。東京にいるやつは未完成ばっか、みんなどっか違うとこ行く。東京よりヤクザなインターネット。インターネットでまた会おう。

 数年後、私は東京の女になった。シンジは室見川のあたりを今でもうろついている。殊勝なことだろう。

 僕とマコトが付き合っていたのは今となっては昔だ。なかったなんて言わせない。僕も上京する。君を追いかける。あのアルバムを聴いて、僕との思い出を思い出して。REMIX,REMIX!