冷酒

『美味上等の冷酒は、貧乏徳利に酒を入れ75℃に熱燗。密封して、急遽氷桶で冷やしきって作る』

何気なく手に取った辰巳芳子さんの本に、そんな一文を見つけて嘆息しました。
次の夏まで待って、したり顔で真似でもしておけば少しは小粋を気取れたのでしょうが、堪え性がなく、また明日をも知れぬ店でもありますから、この秋の日にさっそく試してみたのです。

曰く、朝露ほどに冷やす。
酒にしろ豆腐にしろ、トマト、胡瓜、すべからく冷やし過ぎて旨味もわからぬようになってしまっては文字通り味気ない。

ワインの冷やし加減にこだわる通人は多いのに、お燗の温度に砕心するお店は多いのに、冷酒に限っては冷蔵庫から取り出してお終いというのでは確かに乱暴が過ぎるというものですし、それをもって「冷酒」と一括りに捉えていたことを大いに反省したのでした。

なぜだかこれまで気づかなかった、ほんの少しの心配り。
とはいえ、そもそも今どきの日本酒というやつの多くは、キンキンに冷やして飲むことを前提に作ってあることでしょう。むしろそうしなくては、冷やしきって味も香りも抑え込まなければ、くどくて飲めたものではないくらいですから、そういう類のお酒を朝露の温度にしてみてもロクな結果にならないのはわかりきっています。

がしかし幸い、三芳で揃えているのはどれも常温で旨い酒。
上手く冷やして、冷蔵庫酒とはまた違った価値観の、"昔ながらの冷酒"というものについてこれから少し考えてみるつもりです。

来年あたりには「冷酒の旨い店」なんてうそぶいているかも知れません。

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