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【コロナ罹患】噂のロシアでコロった話

お疲れ様です、ひえだです!
今日もハバロは猛烈に寒く、
職場までの徒歩五分間で鼻毛が凍りつきそうな勢いでしたが
何とか耐え抜きました。

せっかくロシアに来たしいろいろロシアネタを綴っていこうかな、
とか最後に言ってからはや2か月。
その間実にいろんなことがありました。

コロったり
コロナになったり
コロナになっちゃったり。

はい、私実はコロナにかかっておりました。
あの日本のメディアがさんざんロシアのコロナ事情について
騒ぎ立てていたまさにあの時期に。

重症化一歩手前まで行きましたが
何とか無事に帰ってこられたのは感謝でしかないです。

今日はその時の話でもしようかなと思います🤔

症状について

結果として重症化はしませんでしたが
それでももしかしたら入院した方が良いかもしれない、と
ドクターに言われていたのは事実です。

初期症状としてはのどの痛みと関節痛
この関節痛が激烈にひどかったのを三十路手前の私は年齢のせいかなと勘違いしたわけです。

違和感を感じ、しっかりマスク・手洗いうがい・アルコール消毒をいつも以上にしましたが時すでに遅し。

初期症状が出たその日の夜、猛烈な倦怠感で倒れそうになりながら洗濯物を干してました。

次の日はたまたま休日だったこともあり
一日パブロンゴールドを飲んで過ごしていましたが、ふと気づいたんです🙃

味覚がないことに。

さっきまで感じていたコーヒーの味が全くしない。

何となく軟口蓋真下の両脇あたりの
舌の部分(伝われ)に刺激は感じるが
これは何だとマグカップを見つめてましたね。
慌ててドクターに電話して
翌日おうちまで来てもらうことになりました。

発症してから3日目。
ばっちり熱が上がり始め
食欲モンスターの私が
珍しく食欲を無くします。

午前中ドクターに診察してもらって
Мозок на коронавирус(コロナウイルス検査。いわゆるPCR検査です)の結果が出たのがその日の晩。

いやこんな早く出るなんてロシアすごすぎでしょ、、😨😨
とか思ったのも束の間、
「陽性です」
の一文にああやっぱりかと思う自分がいましたね。

陽性だと細菌が見つかりやすい
(=結果がすぐ出る)
と聞いたことがあったのと
今まで感じたことのないしんどさに
何となくどっかでコロナさん拾ってきたんかなぁと結果が出る前からふりかえってたくらいなので。

更に3日目の夜は不眠にも襲われ、
ただただつらかったですね。

4日目にドクターに出していただいたお薬は
ロシア製の結構強い薬で
飲み始めて5日間くらい副作用に苦しみました。
副作用としては吐き気、嘔吐、肝臓の痛み。
コロナの症状と相まってダブルパンチできつかったです。

(ちなみにあの日も来たのでトリプルパンチでした)

処方された激ツヨ抗生物質

この薬は最後の一日分が飲み切れず、
代わりに別の薬を処方してもらいました。

痰切り用のАЦЦと血栓を飛ばさないようにするЭликвис。

以降は初期症状から10日目くらいまで
頭痛、倦怠感、頭の中に靄がかかった感じ、
吐き気、嘔吐、咳、熱が上がったり下がったり、
味覚・嗅覚障害、背中の痛み、肝臓の痛み、不眠などにバチボコにやられてました🤦

そうそう、一度寝苦しくて目覚めた夜中のトイレの中で気絶もしましたね。

走馬灯らしきものも見ました。
ふと頭にやり残した仕事リストが浮かんで、「なんでやねん!!!😩」と突っ込んだ時に意識は浮上しましたが。

本当にかからないに越したことはないコロナですが、
ドクターの丁寧な往診や薬のおかげで何とか重症化はまぬかれました。
また職場の皆さんに日々差し入れや心配の連絡をいただき、
食糧難・水不足を経験せず、
一歩も外に出られないラプンツェル状態の日々に孤独を感じないで済みました。

まとめると
初日に関節痛、のどの痛み、倦怠感
2日目に味覚障害、食欲不振、不眠
3日目にロシア製のお薬を飲み始め副作用に苦しみ
全体を通して不眠、吐き気、食欲不振、背中の痛みなどがあった感じですわ。

職場復帰について


日本では初期症状から10日経てば職場復帰可能(ただし医師の診断のもとで)だったと思いますが、
私は念のため10日目にドクターに診察してもらい、
結果「食欲がないうちは出勤はだめだ」ということで出勤しませんでした。

大事を見て15日目にしてドヤ顔出勤🌞😎
のはずがガードマンに怪しまれ、出鼻をくじかれる私。

ロシア語をすっかり忘れておろおろしていると
居合わせたロシア人職員に「よく来たね!体は大丈夫?」と声をかけてもらった時には
色んな意味で涙が出そうでした。
いや実際泣いていたかもしれません。

一歩間違えれば命を落としていたかもしれない病気。
無事だったとはいえ、何度か本気で死を覚悟した瞬間。
一歩も外に出られず、誰かと話せるような状態でもなかった日々。

生きていることへの感謝と
何度か感じた死の恐怖と
仲間に会えた喜びと
さっぱり忘れたロシア語への絶望感に
まあ自然と涙が湧くのは無理もないかなと。

後遺症について


久々の出勤から2週間以上たった本日。
ようやく味覚や嗅覚を取り戻してきた感じです。

また割と最近くらいまで頭の中に常に靄がかかっているような、
そんな感じがしていました。
これがなかなか曲者で、周りから声をかけられたり大きな音を立てられても
すぐに反応ができないんですわ。

よく言えば周囲の刺激が全く介入してこないので
めちゃくちゃ一つのことに集中できるんですけど
まあいろいろと不便でした。
言葉もすぐ出てこなくなったし🙄

不眠にも一週間くらい悩まされました。
ほぼ一週間、平日でも夜中の2-3時ごろまで寝られないという状態でした。

それでもやはり私はまだマシな方だったかもしれません。

これだけコロった!大変だった!と被害者ヅラしていますが
中にはもっともっとつらい思いをされている/された方がいると思います。

自分が無事に還ってこられたことを素直に喜び
逆に罹患して辛い思いをしている人の役に
どこかで立てればな、と思いながら
火曜日の夜を締めくくろうと思います。

2週間ぶりに見上げた空は本当に本当に綺麗でした。

おしまい。

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