これまで私は 感情警察 だった話

ゴールデンウィーク2日目の朝6時半、私は車の中でさめざめと泣いていた。
けんちゃんと話している中で、私はあることに気づいてしまった。

私は、 感情警察 だった、と・・・

感情警察、それは今朝私がつくった言葉。
意味としては、「自分の中にある負の感情の発露を抑制し、人の負の感情を取り締まる」そんなイメージ。

これに気づいた発端は、朝二人で御殿場へ向かう車の中の会話。
私たちは最近カップルコーチングを再開しており、私の中で二人の関係性に対するリテラシーが高まっていた。
自分の生活のメリハリの改善含め、けんちゃんに、「二人の日々の過ごし方」について話したいと伝え、会話がスタートした。

言葉の仕事をしていながら、実は会話が「へたくそ」な私。
けんちゃんとの話は、いつも遅々として進まないことが多く、私は人格が変わったかと思うくらいに毎回イライラする。

自分では、しっかりと話しているつもりなのに、けんちゃんから
「何を言いたいの?」とか、「今手前で感じたことはなぁに?」と聞かれる。
うーん、まどろっこしい!!
そんなことよりも、私は早く会話を前に進めたいのに、いちいちつっかからないでよ。
えーい、もう!!やっぱり二人は「ちがう」んだ。
はぁ、イライラするなぁ。
勘弁してよぉ。
けんちゃんと会話をするとき、私の心の中はそんな感情の繰り返し。

けど実は、そうやって指摘されるたびに、私もどこかで自分の落ち度を感じている。
指摘される度に反省して、ごめんと言って、でも早く会話を前に進めたくて、また急ぐことでミスって反省して、また間違えて。。。みたいな。

そんな会話を、いつものように繰り返していた今日、二人の過ごし方云々よりも、そもそもの会話の仕方に問題があるんじゃないか、という話に。

私も、内心そうだなって思って「それについて話す」と言ったけど、けんちゃんはいつものように、私の中にある何かを見逃さなかった。

けん:「今、何を思ったの?」
私:「ん?確かにそれが重要だなって思ったよ」
けん:「他にはないの?」
私:「ん?他にはないよ」
けん:「うんん、何かその手前にあったでしょ?」
私:「え、めんどくさいって思った。会話って、一朝一夕でなおせるものではないから、そんな話してたら、いつまでも過ごし方の話できないじゃんって」
けん:「ほら、手前にあるんじゃない。そういうの言わないと、わかんないでしょ。そういうの言ってくれたら、じゃあ、その話し方の部分はもっとゆっくり時間をかけていこうね、とかそういう話になるでしょ」

ほう。
ほう。
ほほう・・・

(´༎ຶོρ༎ຶོ`)
(´༎ຶོρ༎ຶོ`)
(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

なんか、それをけんちゃんに言われた瞬間、感情が溢れてきた。
そうか、そういうこと言っていいんだ。
めんどくさいとか、そういうの言っていいんだ。
そういう感情とか、自分の想いとか言わないから分かりにくいんだ・・・

って、今まで何回も似たようなことを言われたことはあったのに、はじめて腹落ちした感覚があって、そう思ったら涙がぽろぽろ出てきた。

それを見てけんちゃんも察したようで、いつもやさしいけんちゃんが、一層のやさしさをもって、一緒に寄り添ってくれた。

けんちゃんは、そういった感情の部分に人は「共感」を感じるでしょ。ゆっこの会話には共感の隙がないんだよ。という話をしてくれました。
見える部分がそれだけだと、冷徹に見えたり、優秀な人以外は排除するように見えたりするよ。
ゆっこは本来そんなことないのに、もったいない、と。

(;_;)
(;_;)
(;_;)
うぅ・・・

きっと私は、成長過程のどこかで、「自分の感情を出さない」ことを手に入れたんだと思います。(きっと、ポジティブな「嬉しい!」とか「楽しい^^」みたいなのは人一倍出しているんだけど、ネガティブに見える感情を抑圧していた気がします)

そういった「都合の悪そう」な感情は脇に置いて、ポジティブに考えるとか、話を進める、とかそうやってできることが大人だと思って、結構頑張って生きてきたんだと思います。

けど、だんだんそれがエスカレートというか、負の感情があることへのフォーカスが薄れ、いつしか感情の出し方も忘れ、ひいては、「負の感情を出している人のことをみつけると激しく攻撃」するようになっていました。

たぶん、その人のことを攻撃する深層心理としては「私は負の感情を出さないようにしているのに、なんであなたは出しているのよぉ!!」みたいなことが起きていたんだと思います。

そう、自分の負の感情の発露を抑制し、人の負に見える感情を取り締まる立派な「感情警察」に、私はいつのまにかなっていました。。。
(けんちゃん、これまで私は星の数ほど感情警察を発動していました、本当にごめん・・・)

負の感情を出さないこと、それはつまり自分の弱みを出さないみたいなところにも繋がっていくことを感じています。
そうすると、助けて欲しいのに助けてって言えなかったり、本当は何かやってほしいのに、それをストレートに伝えられず、なんだかねじまがって伝えてしまう・・・

それだと自分の感情とか本意とかを伝えてないので、けんちゃんには「分からない」って言われる。
それに対して私は「なんでわからないんだよぉ!」ってプリプリしてました。

それはきっと家だけではなく外でも起きていて、「なんとなく本音が見えない」とか言われてたのは、これだったのかな、と思いました。

もちろん、大人なので、「感情を表す」ことについては、細心の注意が必要なのは前提ですが、私の場合は「スタンスをとることができない」みたいなことも起きていました。
本当はもっと仕事を急いで欲しいのに、急いでくださいって言えない、とかそういう形で仕事人としての課題も頭をもたげていました。

そんなことも、この「変に負の感情を抑制する」みたいなところから生まれていたのかもしれません。

最近感じていたいろんな課題感が、これを起点として繋がっていくように感じています。

高感情抑圧社会、ニッポン?

その上で、なんでこんな風になったのかを考えたときに、やっぱり学校とかの影響はあるかもね、という話をけんちゃんとしました。

集団生活になると、個人の感情よりも全体の利益だったり、感情的なものよりもう少しかっちりとした「正解」が優先される傾向があります。
もしかして日本には「高感情抑圧社会」みたいなところがあって、おんなじような境遇にある人がいるかもしれません。

けんちゃんはいつも、「情緒的な会話」をしよう、と私に言うことが多くて、これまでの私は、「会話が情緒的ってなんだよ。」って思ってました。

けんちゃん曰く、こうやって感情を取り扱うと、会話のテンポは遅くなるし、ウィットに富んだ感じは減るし、全然オシャレじゃなくなるとも教えてくれました。

正直私は、テンポよく小気味の良い、ウィットに富んだ会話が大好きです。
だけど、この情緒的な会話には、それとはまた違う、もっと人間と人間がつながるような、信頼をベースにした会話ができる可能性を感じています。

相変わらず、パートナーシップにまつわる関係構築は牛歩の歩みですが、そこから得た知見が何か少しでもお役に立てましたら幸いです。

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大野幸子

理念は「挑戦者に言葉を」「挑戦者の翻訳者」として理念を中心に、社名や商品名、肩書き、各種タイトル(セミナー、書籍、ブログ)などをご提案する言葉コンサルタントとして活動しています。 webサイト▶︎▶︎https://cocoroiki.com/

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14歳年上の旦那さんと、2018年7月から "別邸婚" がスタート!目指しているのは「パートナーシップの枠を広げ、お互いに尊重しあえる関係性をつくり続けること」。仕事でもプライベートでもパートナーである旦那さんとの日常を描いていきます。 「こんな夫婦もいるんだ!」という新鮮...
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