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医療まじすごすぎやばす

退院当日の朝。

結局のところ微熱も治らないままだし血液検査の結果もさほど良くはないのだけど、もうこれからは自宅療養で様子を見続けるしかないないとのこと。

血液検査の結果で気になる部分があるので引き続き様子を見ていくこと、肝臓の腫瘍についても炎症のない時に要精密検査とのことであんまりスッキリする退院じゃない。でも、退院おめでとうわたし。

実は今日は、同じ部屋のあと3人の患者さんも退院になるようだ。昨日のお昼にそれがわかっていたので、同じ部屋の人がたまたまお見舞いでもらって食べきれないしと困っていたメロンをみんなで分けて食べた。

Aさんはお酒の飲み過ぎで肝硬変。しかもこの病院に入院するのは2回目。ベテラン感がすごい。しかもC型肝炎だということも発覚して、今回の入院はもうお酒はコリゴリという雰囲気になったようだ。

Bさんは高血圧だった頃に処方された「血圧を下げる薬」を、なんの疑問もなく飲み続けていたことによって副作用である日突然ぶっ倒れたのだという。なんと、そんなこともあるのか…

Cさんは妊娠中で、まだ8週目。初産でわたしと同い年、妊娠初期なので薬は使えないということでとにかく影響のない薬を使ってウイルス性の腸炎と闘ったようだ。

わたしがこの病院に入院した時、この部屋はわたし1人だった。けど1晩ごとに1人ずつ増えて、今日の朝には4人とも一斉に退院だ。
Aさんはまあ一番付き合いが長いのだけど、携帯の着信音が爆音で、見舞客の声もでかい。たばこもやめられずちょこちょこ吸いにいくのでくさくて頭が痛くなることもあった。テレビもイヤホンなしで見ているので正直はじめはめちゃくちゃうるさいと感じた。だけど、なんだか日数が経つにつれて、気にならなくなった。慣れるのだ。

途中に少しだけいたDさんという人もいて、ちょっとしんどい患者さんのようで。多い時には2分に1回ほどのペースでナースコールを押して
D:「わたし、何をしたらいいのかわからないんです」「休んでてくださいね」
D:「家族に連絡して欲しいんです」「してますよ〜」
こんなやり取りが1日に何十回も続くことがあった。

そしてこの病院は救急患者も受け入れているので、一日中救急車の音が近づいてきては新しい患者さんが入って来る。廊下がバタバタと新しいベッドの音で騒がしくなる時はそうだ。

さらにずーっと入院していて、退院できない人もいる。毎日朝から晩まで同じ咳払いやリハビリの声がずっと聞こえ続けるし、毎日見かける人は初日から今日までずっと同じペースで暮らしている。つまりここがもう生活の場なのだなという感じだ。

まあ何が言いたいかというと、医療従事者ってめっちゃすごいなということである。わたしたちの健康状態を保つために、まだ見ぬ患者のために、ここで24時間体制で患者を守り、受け入れ、退院させ続けている。

お医者さん、看護師さん、清掃の業者さん、カーテンを替える業者さん、お茶を入れにきてくれる担当の人、レンタル冷蔵庫の業者さん、内外含めて本当にいろんな人がわたしたちの暮らし全体を支えてくれている。

特に大きな気づきがあったのはDさんが「わたしにこんなに針刺して、こんなこと何が楽しくてやってるんですか」と言った時だった。看護師さんは「よくなって欲しいなあと思ってやってるんですよ〜」と受け流していたが、わたしもその日までに何度も注射や点滴を刺し直され(血管が細くて失敗されやすい)ていたのだけど、その時ふと思ったのは「いやそんな訳ないやん」という脳内ツッコミだった。

わたしの腕や足に針を刺し、2回失敗したら申し訳なさそうにチェンジをしていく看護師さん。わたしは「こんなにも一日中、人の血管に針を刺す仕事をわたしはきっとできない」そう思った。好きで刺してるわけじゃないし、本当によくなるためだけに刺してくれている。多くは点滴や血液検査のためなのだから。しかも医師の指示でやっているので、とにかくそれが必要なんだからやっている訳だ。

しかも当たり前の話だけど、針を刺すだけが仕事じゃない。多くの患者さんの身体状況や精神状況を把握し、氷枕やシャワーの用意、移動や診察の補助、テーブルの移動や食事介助など、数えきれない多くの雑務がある。それは看護であり、介護であり、介助であり、ニコニコと対応する姿は常にサービス提供者である。ものすごい気配りが必要な仕事だ。

いやもっと話を遡れば、医療が化学的に解明されていなかったころには「血を触ると死ぬ」とか「遺体に触ると恐ろしいことが起こる」とか「そんなことをできるのは特殊な能力の持ち主だ」など、差別の対象となったり、迫害を受けたりしたこともあったのだ。その意味でも医療技術の科学的な解明や発明と進化はわたしたちの生活にとって、とても大切なものとなっている。

わたしは今回ひさびさに入院するまで(5年に1回のペースで入院や手術をしている)は「薄暗くて、移動の自由がなくて、気を遣う、なんかいろんな人がカーテンをどんどんめくって入ってきて、無愛想に機械的にみる場所に行くのが嫌だ」と思っていた。なぜなら今まで入院した病院がそうだったからだ。でも今回の入院は非常に心地の良い入院だった。今までの常識がいい意味で覆されたし、たぶん自分自身の意識もずいぶん変わったんだろうなあという感じを受けた。

もちろんどの職業が優秀で劣っているというような話ではなくて、今回は本当に医療従事者ってすごいと思ったし、それ以外にも人の命を保つ仕組みって本当に様々あるのだな…という気づきがあった。西洋医学を批判している人もいると思うし、病院なんか絶対行かないという人もいると思うけど、わたしは今回けっこういろんな検査や対応に救われた部分があるので本当に感謝している。

みなさんも今後、今日や明日もしくはもっと先に医療にお世話になることがあるかもしれないのだけど、科学技術の進歩や医療技術の発展について思いを馳せてみて欲しいと思う。

感謝します、ありがとうございます。

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