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「没入型シミュレーション」と「創発的ゲームプレイ」のひみつ

この記事は2020年10月12日にVRSNS「Cluster」で開催されたイベント「#VR元年を終わらせる会」で筆者が発表したスライド「物理演算の次は化学演算だ!Immersive Simの秘密」をもとに加筆・修正したものです。

この記事では、日本語の情報が少ない「没入型シミュレーション(Immersive Sim)」および「創発的ゲームプレイ(Emergent Gameplay)」の簡単な解説、および筆者の展望としてのVRとの関連性の説明を記述する。

ビデオゲームの魅力は「学ぶこと」だが、学びを超えた魅力を引き出す必要がある

ビデオゲームの魅力には様々な面があるけれど、筆者はゲームの魅力の本質を「ゲームの世界をとりまくルールを理解し、スキルが上達すること」「プレイするたびに驚きや発見があること」だと考えている。これは言い換えると「学習することそのものに喜びを感じる人間の本能」なのではないかと思う。

とはいえ、この二つは矛盾している。ゲームの理解が進むほど驚きや発見は減るし、プレイヤーの腕前の上達もある程度の閾値で止まってしまうからだ。つまり、この二つがかち合ったときがゲームのプレイを止めるタイミングであり、大抵のゲームはこのタイミングでプレイヤーがゲームをクリアするように作られている。

ただし、問題なのはこれがかち合わないときだ。ゲームの先(底)が見えてしまったためにゲームを途中で止めた経験や、ゲームの体験版だけをプレイして全てを分かったような気になった経験はあるだろう。

また、無規則性を求めるのであれば人間と一緒に多人数でプレイするゲームとか、プレイするたびにステージが完全に変わるゲームをプレイすればいいのだが、それらは筆者の趣味と合わない。完全な無規則ではなく、大きな枠組や秩序の中に驚きと発見を見出したい。

そこで、この学習と飽和の限界を超えるのに必要な概念が「創発的ゲームプレイ(Emergent Gameplay)」である。簡単に言うと、ゲーム開発者の想定を超えた攻略やゲームプレイという意味であり、プレイヤーにとって驚きに溢れるゲームを作るには開発者の想定さえ超えるゲームにしなければいけない。

また、創発的ゲームプレイを考える上で必要になるのが「没入型シミュレーション(Immersive Sim)」と呼ばれるビデオゲームの設計思想である。没入型シミュレーションは90年代という早い時期に創発的ゲームプレイを意識的に取り入れ、2000年代にその概念が普及した。創発的ゲームプレイも没入型シミュレーションと一緒に普及したと言ってもよい。

この記事では没入型シミュレーションと創発的ゲームプレイの二つの概念をご紹介したい。先に没入型シミュレーションを紹介し、次に創発的ゲームプレイを紹介する。

没入型シミュレーション(Immersive Sim)ってなに?

誤解の生じない範囲でまとめると、没入型シミュレーションとは、1990年代にアメリカで活動したゲームスタジオのLooking Glass Studiosが開発したゲーム『Ultima Underworld』『System Shock』『Thief』、および元LGSのスタッフが関わった『Deus Ex』にみられる設計思想であり、その作風を模倣するゲームを指す用語である。

ただし、没入型シミュレーションは曖昧さゆえに各々が「自分の理想のゲーム」を夢見てしまう映し鏡のような概念であるため、人によって具体的な定義が異なる。そのため、筆者は以下のスタンスであることを明示しておこう。

物理演算の次は化学演算だ! Immersive Simの秘密

没入型シミュレーションとは、スタートとゴールだけが決まった状態で、手段をプレイヤーに委ねるジャンルを示す用語。クラフトほど創造性が求められず、一本道のシナリオほど窮屈ではない。また、ゲーム内の世界で社会性や物理演算をシミュレーションすることで生まれる偶発性、創発性を重視しているため、ゲームプレイの大筋は同じでも、一つ一つのイベントにちょっとしたランダム性が生まれる。結果として、ゲームをプレイするうちに自分だけの体験(思い出)ができあがる。

この定義は筆者なりに言語化したものだが、2021年現在もっとも没入型シミュレーションに注力しているスタジオ「Arkane Studios」がベセスダ公式のArkane特集記事でおおよそ同じ説明をしている。筆者の没入型シミュレーションに対する関心はArkaneの開発したビデオゲームとMark Brown氏の動画(詳細は後述)に触発されたためだろう。

「私たちのゲームが真価を発揮するのは、プレイヤーがそのゲームの空間、道具、シミュレーションのルールといったものを真に理解し、目の前の困難に対して自分で予想外の解決策を生み出せたときです。(略)」

「『Underworld』や『System Shock』、『Thief』は私たちにとって欠かせない作品でした。私たちは、同スタジオと相通じる“クリエイティブの原則”を掲げています」この原則のひとつに“シミュレーテッドゲームシステム”があります。これは要するに“物事の法則には一貫性がある”ということです。そのおかげでプレイヤーは予測し、計画を練り、実験することができます。」

出典:ArkaneのDNA(投稿日時:2020/05/28、参照日時:2021/01/01)
https://bethesda.net/ja/article/3NbCM9uzC84ckjL8Z19wWo/the-arkane-dna-austin-lyon

ただし、これでもまだ分かりにくいと思われるので、多くのゲーマーにとってわかりやすい実例を挙げながら説明を加えたい。例として『ゼルダの伝説:ブレスオブザワイルド』(以下、BotWと表記)をプレイした人であれば、心当たりがあるのではないかと思う。

5つの傾向と具体例から学ぶ没入型シミュレーション

先ほども少し触れたが、世界的に没入型シミュレーションに対する理解を進めた影響の一つとしてYouTubeのゲームデザイン解説チャンネル「Game Maker's Toolkit」の存在がある。この項は以下の動画を10分ほど見ていただければいい気もするけど、この記事でも文章で軽くまとめて触れておきたい。

運営者のMark Brown氏が定義づけた「没入型シミュレーションおよびLooking Glass Studiosの作品に見られる5つの傾向」は以下の通りだ。

(1)主体性(AGENCY)

目標を明確にしたら、手段と過程はプレイヤーに任せる。目標を達成するための方法が常に複数存在し、プレイヤーが自分なりのルート・攻略・プレイスタイルを選択できる。ヒントを提示しても、手取り足取りすべて教えることはない。制限を設ける場合もあるが、プレイヤーが試行錯誤したり自分のプレイスタイルを形成できるようにしている。

例えば、筆者が冒頭で言及したArkane Studiosの代表作『Dishonored』『PREY(2017)』では、ゲーム開始時に「プレイヤーの選択肢が多様に存在する」ことを直接的に伝えて、自分なりのプレイスタイルを確立することを促している。

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BotWでは、始まりの大地というチュートリアルがあるものの、そのエリアを制覇したら残りは自由である。「ガノンを倒してゼルダ姫を救う(ラスボスを倒す)」という最終目標さえ達成できれば、サブ目標や謎解きエリアは無視しても構わないし、全てクリアしてもよい。とはいえ、優れたゲームはプレイヤーの自主性を尊重しつつも完全に放り出すのではなく、プレイヤーが選択肢を見つけられるよう細やかな気配りがされていることは覚えておこう。

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(2)システム性(SYSTEMIC)

数多くのゲームで重要なのはスクリプト(ゲームの所定の位置、時間で決められたイベントが発生すること)やその場限りのイベントだ。しかし、Immersive Simではゲーム内のあらゆる要素が決められたルールに沿ってシミュレートしており、一度きりの仕掛けを極力減らしている。主にキャラクター(NPC)のAIや物理演算、その他のステート(生態系、感情、天候、温度)など。

システム性のわかりやすい例として、ゼルダBotWの化学エンジンが挙げられる。ゼルダBotWは、木でできたオブジェクトは木箱や薪、剣から盾まで等しく木製の性質があり、オブジェクトの近くに火や熱源があると燃えて、しばらく燃えた状態が続くと燃え尽きてオブジェクトが消失してしまう。また、燃えている状態では自らも火属性を有するので、燃えている剣を松明がわりにしたり、燃えている剣で敵を攻撃すれば火ダメージを与えることもできる。リンゴの木の下でリンクが松明を持っているとリンゴが焼きリンゴに変化するのも有名なゲームプレイの一例である。

BotWが2017年当時に(もしかしたら2021年も)特徴的なのは、物理演算に加えて「化学演算」を定義したことにある。地形や建物、NPCを除くほとんどのオブジェクト(敵キャラクターや植物、武器など)に物理演算の当たり判定と重量、化学属性が定義づけられており、別の化学属性のオブジェクトに触れさせることでオブジェクトの化学の属性が遷移する。今までも電気や火の性質を再現したゲームは数多く存在するものの、それをステート(状態)と見做して状態遷移のシステムを作った(それをアピールした)例は希少なBotWフォロワーの『原神』ぐらいだろうか(原神では元素システムと呼んでおり、バトルアクションやガチャで排出されるキャラクターの装備と属性に絡めたシステムとして利用している)。

一方で、BotWは人間関係や社会性のシミュレーション性は低い。例えば、GTAシリーズでは人を傷つけると手配度が上昇して警察に追われることでゲームの遊び方が激変し、Skyrimでは民間人を殺害すると逮捕されたり特定の地域と敵対してゲームプレイやストーリー展開に影響を及ぼす。しかし、BotWには主人公リンクの人間関係や社会性を変化させるシミュレーションは存在しない(NPCを傷つけることはできない)。任天堂は遊びを重視する一方でキャラクターやストーリーに執着しない傾向にあり、おそらく意図的に社会性のシミュレーションを取り入れることを避けている。

(3)創発性(EMERGENCY)

創発とは、良い偶然や相乗効果を誘発する環境やシステムづくりなどを意味する包括的な概念。ゲーム内の要素が相互反応することで開発者が思いもよらなかったゲームプレイが生まれる。

BotWで起きる現象はある程度は開発者の想定ではあるのだが。本質的に重要なのは開発者の想定を上回ることではなく、プレイヤーが何かを上回ったように感じることである。複数のシステムや環境が意味のある偶然を生み出すことを創発といい、ビデオゲームにおいてはシステム性によって担保される。

例えば、BotWは試練の祠(謎解きエリア)にて、二つの電気スイッチを通電させることが目標ものがある。本来はその場に用意された金属のオブジェクトをいかにつなげるかというパズルなのだが、プレイヤーが手持ちの金属製の装備(剣でも盾でもよい)を使って代わりに通電させることができる。また、重量に反応するスイッチは祠の中にある樽を使って押下するが、樽を用いずに手持ちの道具(武器でも防具でも食べ物でもなんでもいい)をスイッチの上に樽と同じ重量の数だけ置けば押下できる。

これは、「電気スイッチは祠の中の金属のオブジェクトだけ通電する」「押下スイッチは樽にのみ反応する」といったプログラムを組まず、可能な限り全てのオブジェクトを化学属性と物理演算の二つに則ってルールを組んでいるためだ。言い換えると、ゲームにおける創発性が現れるのは、ゲームが可能な限りシミュレーションによってゲームの仕組みを作り上げて例外を排除している時である。

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なお、ニコニコ大百科の「エマージェント・ゲームプレイ」の解説記事では、スーパーマリオ64のマリオを追跡する1UPキノコから逃げる遊びを代表例として挙げながら、創発的ゲームプレイには「意図された創発」と「意図されていない創発」の二つに分類されるとしている。ここでは、Immersive Simはエマージェント・ゲームプレイがゲームを攻略する上で有意義なものとして生まれやすいようにするシステム、という考え方でいく。

(4)一貫性(CONSISTENT)

ゲームにおけるあらゆる要素が一貫した法則に則って動いているので、プレイヤーがゲームの世界の経験から学んで自分で計画を立てて行動することができる。そのため、プレイヤーのゲームの世界が確かなものだとして信用するようになる。

「このゲームは物理演算や化学演算、AIでシミュレートされているので時分なりに試行錯誤できますよ!」とゲーム内のチュートリアルで言われたところで実感しにくいだろう。しかし、一度でも思わぬタイミングで自分で体験してしまう(創発的ゲームプレイが発生する)と、脳がゲームの中で起きる現象を把握・理解し始めて想像力が動き始めるのだ。木が火属性で燃えるなら、この武器に他の使い方が生まれないだろうか?水場で雷属性の攻撃をすると大ダメージが与えられるのか?熱い地域で氷の武器を持っていれば体温を冷やせるんじゃないか?草原や木を燃やして発生する上昇気流で何かを運べるんじゃないか?

ゼルダBotWの開発陣は、システムの相互作用によってプレイヤーが様々な解法を見つけたり、自発的に考えたり計画を立てることを「かけ算の遊び」と呼んでいる。没入型シミュレーションや創発的ゲームプレイという呼称よりもよほどわかりやすいので、なんなら「かけ算の遊び」だけでも覚えてほしい。GDC 2017のゼルダBotWの講演は全てのゲーム開発者および志望者が時間を捻出して見るべし。

なお、上記の動画は1時間近くあるが、没入型シミュレーション、というよりもゼルダBotWの本質をめちゃくちゃ濃い密度で解説してくれる。没入型シミュレーションという言葉は一度も使っていないのに。

(5)反応性(REACTIVE)

プレイヤーの行動に応じてゲーム側が反応する。プレイヤーの行いは決められた選択肢の瞬間にではなく、ゲームプレイの内部で判断される。ゲームのストーリーや展開が大きく変わらなくても、細かいイベントやキャラクターの台詞が部分的に変わったりする。

例えば、ステルスゲームのDishonoredでは、敵キャラクターを殺害しすぎると感染症の流行が進んで街が荒廃し、悪っぽいエンディングを迎える。殺害数を抑えると感染症の流行は抑えられ、平和的なエンディングを迎える。反応性によってプレイヤーは「自分の行動が世界に影響を及ぼしている」と意識しやすくなるのだ。

ただし、システム性の項目でも言及したようにBotWでは反応性は重視されていない。プレイヤーの行動によってストーリーや反応を変化させようとすると人間の倫理観や善悪、人間関係の話になってしまうためで、任天堂のターゲット層に向いた表現にならないためだろう(任天堂が子供っぽいとか人畜無害とかそういうことを言いたいのではない)。

先述のようにGTAやベセスダのオープンワールドなどプレイヤーが悪事を働けるゲームでは社会性をゲームプレイに反映しやすいのだが、ゼルダBotWでは服を着ずにパンツ一丁の状態になると話しかけたキャラクターの台詞も変わるぐらいが限界だ。

没入型シミュレーションとVRの相性

前置きが長くなってしまったが、この記事の本筋はここからだ。筆者はVRゲームに強いライターとしてVRゲームを人並み以上にプレイしているのだが、没入型シミュレーションの発想をVRゲームに意識的に取り入れることでVRゲームと没入型シミュレーションが共に発展するのではないかと考えている。

それはやはり「没入型シミュレーション」という名前が示す通り、"没入"という感情はVRと切っても切れない関係だからだ(なにせ人間の視界をCG映像で覆うことで強制的に脳を錯覚させてしまうシステムである)。『Ultima Underworld』『System Shock』『Deus Ex』のプロデューサーを務めたウォーレン・スペクターは没入型シミュレーションを『あなたはそこにいて、あなたとあなたがその世界にいるという信念の間を妨げるものはなにもない(you are there, nothing stands between you and belief that you're in an alternate world.)』と表現しており、欧米のFPSが突き詰めてきた哲学の一つ(日本でいうRPGのドラクエ型主人公)に沿った考え方だし、現在のVRゲーム業界もこの理念に沿ったゲームの方が主流だろう。

また、VRゲームの画期的な点として、プレイヤーの入力端末がプレイヤーの身体(両手と頭部の3点)になったことがある。今までのキーボード・マウスとゲームコントローラーでは、物理演算を活用したゲームプレイをしようにも操作の自由度、現実の再現度に限界があった。しかし、VRゲームであれば現実の挙動をそのままCG空間のシミュレーションに持ち込むことができる。

BoneworksのディレクターはVRメディアUploadVRのインタビューで「ビデオゲームにおける物理演算は2004年の『Half-Life 2』によってブレイクスルーを迎えたが、一部のゲームを除いて15年以上のあいだ、大きな進歩はなかった」と語っている。Boneworksをプレイした筆者は「プレイヤー(人間)の肉体でさえVRゲームにとって都合の良いコントローラのひとつにすぎない」という思想で作られているのではないかと推測した。コンピュータの物理演算は現実に則って作られたからこそ、逆説的に物理演算を活用したゲームと一番相性のいい入力端末は人間の身体なのだ。

また、筆者は人間の身体は「入力端末として、あまりにもアナログすぎて精度が低い」と考えている。つまり、入力の精度の低さゆえにランダム性が生じ、それが創発性に繋がるポテンシャルが高いと見込んでいる。

物理演算の次は化学演算だ! Immersive Simの秘密 (1)

『Half-Life: Alyx』や『Boneworks』は最も没入型シミュレーション的なゲームではあるが、物理演算が充実していても化学演算に相当するシステムが存在しない。VRゲームの銃器は個人的には好きだが、プレイヤーにとって身近なモチーフではないためもっと自然科学や日常の発想に基づいたゲームプレイを実現したい。
また、VRのモーションコントローラはマウス・キーボードやコントローラに次ぐ新たな革命である。なぜなら、人間の体は正確性や精密さに欠けるからこそランダム性が生まれ、そこから創発性、プレイヤーのゲームプレイの独自性に繋がる。ある意味では、逆説的に人間の身体こそが物理演算ゲームに最適なゲーミングデバイスである。

また、BoneworksのクリエイティブディレクターはOculus BlogのインタビューでBoneworksのゲームプレイを「Creative Improcisation(創造的な即興)」と発言している。Boneworksは物理演算に沿って動くオブジェクト(スイッチやレバーなどのギミックも含めて)とスクリプトがなく自律的に動く敵キャラクターのみでゲームが構成されているため、プレイヤーは開発者にプレイスタイルを強制されることなく何度もプレイできる、ということを表している。この説明を聞く限りでは、ほぼ「創発的ゲームプレイ(Emergent Gameplay)」と同じ意味であるし、没入型シミュレーションの思想に則って作られたゲームだと捉えて問題ないだろう。

ただ、筆者はこれをさらに一歩進めて考えたい。すべてのVRゲームは潜在的に没入型シミュレーションと創発的ゲームプレイの可能性を抱えているのだ。例えば、Half-Life: Alyxのような自由度の低い一本道の演出重視型シューティングゲームは没入型シミュレーションとは正反対と認識されがちだが、没入型シミュレーションのジャンルのゲームにお約束として取り入れられる番号「0451」がAlyxのゲーム本編(チャプター5:Northern Starのホテルの鍵の番号)に入っていることが没入型シミュレーションのファンの間で話題となった。没入型シミュレーションを0451ジャンルって呼ぶ人もいるよ。

VALVEのスタッフは、たとえ一本道で演出重視のゲームだったとしても、「VRゲームでは高精度な物理演算と使い道に工夫の余地があるガジェットやたくさんの小物があれば、一本道のゲームでもプレイヤーの自由度が高い」と考えた……のかもしれない。VRゲームではプレイヤーの移動でVR酔いという負担がかかるためオープンワールドとの相性が悪く、箱庭サイズどころか一本道でも十分にプレイヤーの創意工夫や自由度が担保できるなら、それに越したことはない。

いずれにせよ、結論として「VRゲームでは、高精度の物理演算と応用の効くオブジェクトが存在して、それらをプレイヤーが等身大で自在に扱うことができればすでに没入型シミュレーションであり、創発的ゲームプレイを促すことでプレイヤーのゲームに対する思い入れが強くなる」のではないかということだ。

ただ、VRゲームは銃器や銃器を扱うAI、物理演算のシミュレーションは充実しているが、ゼルダBotWのような化学演算や生物の生態系などを一貫性をもってシミュレーションしている例は少ない。VRゲームにおいて銃器以外のシミュレーションが発達してより多様なシミュレーションに基づいたゲームプレイが楽しめる日が来ることを楽しみにしているし、筆者もそういう世界の立ち上げを自分で進めたいと考えている。ただ、正確な物理演算と抱負なオブジェクト、それを活かしたレベルデザインによる多様なゲームプレイをインディーゲームで実現するのは骨が折れるので、どこかVRに注力する予定の没入型シミュレーションに強い大手スタジオが存在しないものだろうか。Arkane Studiosさん、いかがでしょうか。

※追記(2021/01/18):個人ゲーム開発者のVTuber大田マト氏が『Primitier』というVRサンドボックスゲームを開発しており、公式サイトからダウンロードしてプレイできる。物理演算と化学演算の両方が導入されており、プレイヤーの創意工夫によって可能性が広がる自由度の高いゲームプレイを実現している。

補足(1)1990年代から2010年代の没入型シミュレーションの没落と復興、そして再没落

日本で知名度が高いといえない没入型シミュレーションの概念は、実は欧米でもナラティブやレベルデザインほど普及したとは言い難い。Looking Glass Studiosの元スタッフや、LGSの熱心なファンが追いかけてきた理想で、そういった人たちが普及してきたのだ。また、残念なことに一度復活したものの再興には至らなかったとも言える。詳細はジャンル複合ライティング業者の葛西祝氏が2017年に執筆した記事「『Dishonored』『BioShock』など自由なゲームプレイを実現し、一時代を築いた人気ジャンル「Immersive sim」が直面する存続の危機とは」が詳しい。

2007年のBioShockをきっかけとして没入型シミュレーションが注目を集め、『Dishonored』や『BioShock Infinite』、『Deus Ex: Human Revolution』ながヒット作として2010年代前半に華々しく復活したのに対して、2010年代後半の『Dishonored 2』『PREY』『Deus Ex: Mankind Divided』のセールスが芳しくなかった、および『BioShock』シリーズのクリエイティブ・ディレクターのKen Levine氏が燃え尽きて開発スタジオを縮小、プロトタイプの開発を続けたまま5、6年間もずっと沈黙していることがある。

また、LGSのスタッフが立ち上げたOtherSide EntertainmentはUltima Underwoldの精神的後継作『Underworld Ascendant』の評判が振るわず、『System Shock 3』の開発も資金不足によって事実上凍結している状態だ(2020年にテンセントから出資を受けたという報道はあるが、それからの続報はない)。現在System Shockの版権を所有するNightdive Studiosも2016年に発表したSystem Shockのリメイクの完成の見通しが2021年現在も不明瞭な状態だ。

没入型シミュレーションの没落について、筆者としては2010年代のいずれの没入型シミュレーションも90年代のLGSのゲームや2000年のDeus Exの再生産で止まっていることが原因だと思っている。Arkaneは2021年にようやくLGSやDeus Exのフォロワーではない没入型シミュレーション『Deathloop』を発売予定なので、筆者はこれに期待している。

また、物理演算やAIを取り入れた3DCG空間のゲームは90年代でこそ先進的だあったが2000年代からはありふれたものとなり、あらゆるゲームが部分的に没入型シミュレーションの要素を取り入れるようになったとも言える。また、数多くのゲームがオープンワールド化したことで広大な空間で自律的に動くキャラクターや時間の経過で変化する環境とフィールドといったものを必然的に作ることとなった。ベセスダのThe Elder Scrollsシリーズ(OblivionやSkyrim)とFallout(3, 4)がオープンワールドで社会性のシミュレーションの精度が高いゲームプレイとして没入型シミュレーションを浅く広く引き継いでいるという見方もある。

そのほか、ローグライク性を取り入れた様々なゲームが造られたことで偶発性がありふれたものとなり、マインクラフトを始めとしたクラフトゲームとサバイバルゲームの定着により、ストーリーとの融合を除けばシステム性かつ創発性のあるゲームプレイは珍しいものではなくなった。それでも、ストーリーと融合したシステム性と創発性の高いゲームは没入型シミュレーション以外だと実現している例は少ないように思えるので、ポテンシャルが完全に引き継がれたわけではない。

ただ、没入型シミュレーションに最も大きな影響を残したのは『ゼルダの伝説:ブレスオブザワイルド』であり、これは最大の皮肉である。ゼルダシリーズはどちらかといえば「開発者によって決められた答えしかない、出来のいいパズルを解くアクションアドベンチャー」という自由度や自主性の低い一本道的なゲームの代表格だったと思われていた(筆者はゼルダシリーズの熱心なファンではないので断定は避ける)からで、その「ゼルダの当たり前を見直す」というコンセプトによってむしろゼルダ的なゲームプレイを嫌っていた人たちの理想のようなゲーム(オープンワールドで常に一貫性のある物理演算と化学演算がシミュレートされており、プレイヤーの創意工夫や偶発性が非常に高い)を作ってしまった。2021年時点において最も人気のある没入型シミュレーションが何かと聞かれれば、筆者は間違いなく『ゼルダの伝説:ブレスオブザワイルド』だと答えるし、他の没入型シミュレーションのファンも同意せざるを得ないだろう。ゼルダの伝説:ブレスオブザワイルドの続編も見逃せないが、こちらも発表されて以来続報がない。2021年内に出ることを期待したい。

補足(2)没入型シミュレーションの肝は創発的ゲームプレイか、それともロールプレイか?

筆者は創発的ゲームプレイ(意味のある偶然、偶発性)による発見と驚きによる学習と理解を重視しているが、没入型シミュレーションの本質は「ロールプレイ」だと考えることもできる。

Immersive Sim(没入型シミュレーション)には「多様な選択肢と決断を積み重ねることで世界に没入する」ことを重要視するロールプレイ派と「物理演算や高度なAIの相乗効果でゲームプレイにアドリブが生じる」ことを重要視するEmergent Gameplay(創発的ゲームプレイ)派の二つがあると思っている。

ロールプレイの根拠として、Immersive Simの創設者として知られるウォーレン・スペクター氏は元々ボードゲームのゲームデザイナーであり、同氏がプロデュースしたUltima VIといったRPGがImmersive Simの祖先と見做す考え方もあり、ほぼ最初に没入型シミュレーションのUltima UnderworldはUltimaから派生したRPGゲームだからである。また、Deus Exもどちらかといえばロールプレイ派である。というか、アメリカのRPGというかゲームの大半はTRPGのダンジョン&ドラゴンズが元祖である(大マジです)。

VRゲームの没入感も自分が当事者になったような感覚、その場にいるような感覚(臨場感)が重視されることが多く、これは創発性よりもロールプレイとの親和性が高いものである。ただ、なおさらVRゲームの主人公とプレイヤーの関係に矛盾が生じやすく、自分のアイデンティティ(アバターやロール)を自分で決めるVRChatのヘビーユーザーなどからはかえって「他人が作ったロールを強要される」ことを理由にVRゲームが嫌われる傾向にもある。そのため、筆者はロールプレイよりもVRの入力の自由度を活かした創発性に着目すべきだと考えているのだが、VRゲームだからって体を一生懸命動かすのも面倒くさいという問題が立ちはだかる(身体の動きに支障があるプレイヤーに向けたアクセシビリティの観点からも改善の余地が多すぎる)。

ともかく、その世界の住人になりきれること(ロールプレイ)と、住人としてその世界のルールにのっとってゲームプレイを創意工夫すること(創発性)は切っても切れない関係なので、どちらかが不要という話ではない。ゲームのプレイヤーはゲームの主人公になってゲームをプレイするうちに自分自身が主人公として行動せざるをえないからだ。

参考文献

以上の解説は主に以下の三つの動画を元に書かれた。ゲームデザイン哲学を世界中のゲーマーに啓蒙するMark Brown氏(Game Maker's Toolkit)、および『ゼルダの伝説:ブレスオブザワイルド』を作り上げた任天堂のスタッフに感謝を申し上げたい。

「The Comeback of the Immersive Sim(没入型シミュレーションの帰還)」…2016年8月投稿、日本語字幕あり。

「The Rise of the Systemic Game(系統網ゲームの隆盛)」…2018年6月投稿、日本語字幕あり。

「Breaking Conventions with The Legend of Zelda: Breath of the Wild」...2017年3月11日投稿、日本語字幕はないが、日本語音声あり。

Blood, Sweat, And Physics: How Boneworks Turns Your Body Into Its Key VR Game Mechanic(UploadVR)…2020/01/30投稿、2021/01/16閲覧

STRESS LEVEL ZERO BRINGS ‘BONEWORKS’ TO THE RIFT PLATFORM(Oculus Blog)…2020/02/21投稿、2021/01/16閲覧

『Dishonored』『BioShock』など自由なゲームプレイを実現し、一時代を築いた人気ジャンル「Immersive sim」が直面する存続の危機とは……2017/09/01投稿、2021/01/17閲覧

エマージェント・ゲームプレイ(ニコニコ大百科)

ARKANEのDNA(ベセスダ・ソフトワークス)

Arkane Studios創設20周年記念の特集記事など(ベセスダ・ソフトワークス)


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