〇〇の父の子は○○

いとうせいこうは「日本語ラップの父」と言われているらしい。

しかし、いとうせいこうの子どもは自分のことを「日本語ラップ」とは思っていない。「日本語ラップの父(=いとうせいこう)」の子は「日本語ラップ(≠人間)」。

何かが何かの必要条件だとしても、必要十分条件ではないということだ。

でも結局そんなのは本人次第というか、当事者がどう認識しているかによるんじゃないかなと思う。
場合によっては、以下のようなことが起きるのかもしれない。


スーパーのバックヤードでテーブルを挟んで対面している店長と老人。
テーブルには麻婆豆腐の素が置いてある。

店長「お客さんねぇ、万引きはれっきとした犯罪なんですよ」
老人「えぇ…分かっています」
店長「なら、なんで万引きしたの…」
老人「……」
店長「ま、別に子どもじゃないんだし、説教する気もないですけど…もうすぐ警察の人が来るんで、そこでまた色々詳しく聞かれると思います」
老人「はい…」
店長「にしても、これ、なんで麻婆豆腐の素だけ盗んだんですか?」
老人「美味しそうだったんで…」
店長「あ、そう。じゃあ惣菜コーナーの麻婆豆腐で良かったんじゃない?」
老人「…」
店長「いや、こんなこと店側が言うことじゃないけどさ、そっちの方が手っ取り早いし、美味しいんじゃない?」
老人「え!?」
店長「『え!?』って、え?変なこと言った?いや、変なことは言ってるんだけどさ、スーパーの店長がうちの店から盗むならって話をしてんだから」
老人「あ、いえ、美味しい…ですか…」
店長「え、もしかしてうちの麻婆豆腐って美味しくないの!?」
老人「…(目線を逸らす)」
店長「そうなんだ…あ、でも、これこのままじゃ食べられないよ?(麻婆豆腐の素の裏面を見て)豆腐とネギがいるって。あと挽肉も。もしかしてそれも盗ってんじゃないの?」
老人「いえ、豆腐とネギと挽肉は家にあって…」
店長「なんで!?」
老人「昨日このスーパーで買って…」
店長「その時に素も買えば良かったじゃない!なんで素だけ後日万引きだよ」
老人「すいません…」
店長「ま、やっちゃったのは仕方ないけど…(電話が鳴り、受話器を取る)もしもし?え?分かった」
老人「警察の方がいらっしゃったんですか?」
店長「いや、お父さんがいらっしゃったって」
老人「え?いや、父はもう随分前に他界して…」
京極「(大慌てで入ってきて)ここですか!?」
店長「お父さんですか?」
京極「はい!」
老人「違う違う!どちら様ですか?」
店長「あれ、ご存じないですか?日本橋にある中華料理店『華楼園』の店主、京極雅也さんです」
京極「はじめまして、京極です」
老人「あ、西岡です」
店長「京極さんは日本中華料理界の父と言われています」
老人「日本中華料理界の父」
店長「今日は(麻婆豆腐の素を指して)彼の保護者としてお越しいただいてます」
老人「麻婆豆腐の素の!?」
店長「はい」
京極「正確には麻婆豆腐の。中華料理の父なので」
老人「はぁ…」
店長「なので、京極さんから見て、西岡さんは誘拐犯になります」
老人「誘拐!?」
京極「店長さん、うちの子がさらわれそうになっていたところを未然に防いでいただきありがとうございます!」
店長「いえ、人として当然のことをしたまでです」
老人「あの」
店長「どうした、人さらい」
老人「人さらい!?人はさらってないですよ!『人は』っていうか、なにも。いや、なんていうかね、たしかによく聞きますよ?発明の父・エジソンとか、経済学の父・アダム・スミスとか。でも、エジソンも発明のことを『我が子』とは思ってないですよ!」
店長「西岡さん!」
老人「なんですか!」
店長「それはエジソン次第でしょ!」
老人「はぁ??」
店長「エジソンでもない貴方がエジソンの意見を知るわけないのだから、真実はエジソン次第じゃないですか。しかしエジソンはもうこの世にいない。ですが、幸い今ここに日本中華料理の父・京極さんがいらっしゃるんですよ。京極さん」
京極「はい」
店長「京極さんにとって中華料理とは?」
京極「我が子です」
店長「(老人に)この人さらいが!」
老人「えー、もうなんなんですか。もう早く警察の人来てくれないかな」
京極「西岡さん」
老人「はい…」
京極「あなたのしたことは、子を持つ親としてとても許せることではありません」
老人「完全にそのスタンスで行くんですね」
京極「ですが、今回は店長さんが未然に防いでくれたので誘拐についてとやかく言うつもりはありません」
老人「そうですか、もうなんでもいいです」
京極「でも1つだけお聞きしてもいいですか?」
老人「なんですか」
京極「ご自宅にある調味料を教えてください」
老人「えっと、塩、砂糖、醤油、みりん、お酒、あと味噌と…あ、オイスターソースもあったかな」
京極「片栗粉は?」
老人「えぇ…あー、あったかもしれません」
京極「豆板醤あれば自分で作れるじゃないですか!素じゃなくて豆板醤買いなさいよ!」
老人「なにで怒られてるんですか、これ」
警察「(入ってきて)北署の者です。店長さんは」
店長「私です」
警察「どうもご苦労様です。犯人は?」
老人「あ、私です」
警察「あなたが。分かりました。とりあえず署まできてもらいます」
老人「わかりました。助かりました(出ていく)」
警察「なにがですか?(老人と一緒に出ていく)」
京極「この世界から犯罪がなくならないものですかね。ねぇ、店長さん」
店長「ほんとですよね…あ、そうだ。京極さん」
京極「はい」
店長「ちょっとお願いがありまして、これうちのスーパーで惣菜として販売している麻婆豆腐なんですけど、食べてみてもらってもいいですか」
京極「あぁ、いいですよ(食べる)」
店長「一応わたしなりに味にはこだわって…」
京極「(店長の言葉を遮るように)うん!美味しくないですね!」
店長「あ、そうなんだ!」


書いていたらお腹がすいてきた。明日は麻婆豆腐にしよう。

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