幸福論~幸せになるためにはどうしたらいいんだろう?


傷ついている女の子や悩んでいる女の子は放っておけない。

内定取り消しに遭い、2度就活する羽目になった女の子から相談を受ける中で感じたことを、広告コミュニケーションを生業とする視点も交えて書き留めておきたいと思う。

その相談にのっていた女の子は、大学卒業間近に、内定をもらっていた会社から、業績不振を理由に内定取り消しを宣告された。そのあとは既卒という立場で就活を続けていた。

ある日「就活を続けようか悩んでいる」と言うので、理由を尋ねたら、アルバイト先である某大手メディア企業から、契約社員にならないか?誘われたのだという。ただ契約社員ということが気になっているとも。仕事は好き、会社の雰囲気にもなじめている、でも契約社員ということがどうしても引っかかる、周囲の目が気になると。どう思いますか?とアドバイスを求められた。

【幸せかどうかを決めるのは自分だということ】

その話を聞いて、真っ先に思ったのは、幸せかどうかを他人に委ねてほしくないなあということ。だから。

やりがいを持てる仕事で、自分が納得できるならいいじゃん。周囲の目って誰の目?そこの正社員?家族?友達?あ、友達の目なのね。自分の友達が幸せに働いていて、雇用形態が契約社員だからといってバカにしたり離れていくような友達なら所詮そこまででは?っていうか、痛いところつくけど、友達からどう思われているかということより、正社員として働いている友達と契約社員の自分を比べて自分で勝手に卑屈になっているだけでしょ。自分が幸せかどうかを決めるのは自分であって他人ではない、自分が幸せだと思えるならそれでいいじゃん。自分で自分を幸せにしてあげないと、自分しかいないのだから、自分を幸せにできるのは。

って彼女に伝えた。彼女にどうか届きますようにって思いながら。でも本当は自分自身に言い聞かせているかもしれないなあ。

他人に「幸せかどうかを決めるのは自分」って言うのは簡単なんだけれども、自分自身が受け容れるのは難儀なこと。社会やコミュニティにずっと根を張っていた「○○した方が幸せ」「○○すべき」という固定概念から人はなかなか解放されない。雑音が心をざわつかせて、どっちが幸せかなんて誰かと比べている。「時には誰かと比べたい、私のほうが幸せだって」って20年前にも歌われている。(globeの「Can't stop fall in love」)もうこれは、人が生きていく上でずっとまとわりついてくる問題なのかもしれない。

【誰かに伝えたい言葉は自分が信じたい言葉】

広告屋目線でいうと、「誰かに伝えたい」言葉というのは、「自分が信じたい」言葉なのだろうなと思う。脆くて危うい儚げな言葉。「幸せかどうかを決めるのは自分」って信じたい。でも日々の雑音で"確からしさ"が感じられにくくなって、それでも信じたいから誰かに強烈に伝えたいという欲求が生まれる。

「誰かに伝えたい」言葉は「自分が信じたい言葉」であった方が熱量を帯びる。だから強いものになっていくんだと、そう思う。

【恩返しの連鎖で人は人に優しくなれる】

女の子の相談に話を戻すと、私も契約社員という雇用形態は気になった。「仕事内容は正社員と変わらないそうで、違いはボーナスの有無ぐらいだそうです」と言うので「仕事の内容や量が一緒で、給料に差があるんならそれは搾取されているってことだよ。仕事内容や労働時間、福利厚生など細かく確認しなさい。どうして契約社員というオファーなのかも」ってアドバイスした。

やっぱりお金は大事だし、就活や採用というのは選ばれる立場なだけでなくて、選ぶ立場でもあるわけだから、企業の身勝手な事情や搾取にはノーと言える勇気を持ってほしいと思う。それも自分で自分を幸せにしてあげるために大事なことだと思うから。

また、私が親身に学生にアドバイスをしたいと思うのは、私自身が諸先輩方に助けていただいたということが大きい。今も直属の上司でもない、クリエイティブディレクターの方々に勉強させていただく機会をもらっている。学生時代には、OB訪問を快く引き受けてくれた方もいた。

中でも今も忘れられない、私の行動の源泉になっている言葉がある。電通やADKの社員の方がボランティアで広告業界を志望する学生向けに開催していた勉強会に参加していたときに、その方々から言っていただいた言葉。

「自分らに恩返ししようと思わなくていい、その代わり自分がしてもらったと思うことを下の代に返していくんだ。それで十分だよ」

誰かに優しくしてもらったり、助けてもらったり、救われた経験は人を優しくする。そうやって恩返しの連鎖が生まれていく。

【まとめ:私なりの幸福論】

幸せかどうかを決めるのは自分。

そのことをちょっと頭の片隅に入れておくだけで、人はもっとラクになれる。もっと幸せだと感じられる。

自分を幸せにしてあげるのは自分しかいないということ。

そのことをちょっと頭の片隅に入れておいて、理不尽な要求にはノーと言える勇気を持ちたい。すべては自分が幸せであるために。

人は人に救われたり優しくされることで、また誰かに優しくなれる。

そのことをちょっと頭の片隅に入れておくだけで、今日もこの地球に温かなハッピーな物語が紡がれていく。

自分をもっと幸せに、誰かをもっと幸せに、社会が地球がもっと幸せになるのだと思う。







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Kana

エッセイ

広告屋目線を交えながら、人生、社会、キャリアについて思うことを連々と書き綴る
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