見出し画像

コロナ禍でお買い物のデジタルパラダイムシフトは起きたのか? -その1

1.コロナ禍で起きた働き方の変化

コロナ禍によって、多くの企業で働き方が変わっています。
コロナワクチンの接種も着実に進み、街にもオフィスにも人が戻りつつあります。
しかしながら、これまでとまったく同じ水準までオフィスに出勤する人数が回復することはないでしょう。
オフィスで行った方がよい仕事もあれば、リモートワークでも問題のない仕事もあることがわかりました。

私は、この変化は、コロナ禍がきっかけになってはいるものの、あくまできっかけに過ぎず、本来であれば10年かけて進む変化が一気に進んだということだと理解しています。
これまではオフィスに集まって働くことが一番効率的だと疑いなく認識していたのですが、コロナ禍が始まった時点で既に存在していた技術を使うことで、十分に効率的に実行できる仕事もあるということに気付いたわけです。

本稿では、コロナ禍が顕在化した時点でどういうデジタル技術があって、コロナ禍以前にそれを使うことを阻害していた要因は何で、どうやってその阻害要因が取り除かれたのか、という分析をしてみたいと思います。
デジタル技術をハードウェア面、ソフトウェア面に分けた上で、それを使う従業員個々人のリテラシー、企業のリテラシー、4つの切り口で論じていきます。

1-1.デジタル技術のハードウェア面

ここ10年でテクノロジーの変化によってもたらされた一番の要因を挙げてくださいと多くの人に聞いてみれば、おそらくほとんどの人がスマートフォンの普及を上げるのではないでしょうか。
スマートフォンが普及する前の10年を振り返ると、移動中の暇つぶしのために雑誌や携帯型の音楽プレーヤーを持ち歩き、家で映画を見たければレンタルビデオショップに行き、ゲームをやりたければ専用のゲームハードウェアを購入していました。
しかし、今はそれらがすべてスマートフォンでできてしまいます。
またスマートフォンの進化と同時進行で、モバイル通信は3Gから4G、現在は5Gがスタートし、通信速度が飛躍的に向上し続けています。

企業における業務環境も、以前はコストパフォーマンスの観点からデスクトップPCが主流でしたが、社内会議などで持ち歩く必要性が増えたこと、デスクトップPCとノートPCの価格差が縮まったことなどもあり、急速にノートPCが普及した10年でもあります。
また、最近のノートPCは、コミュニケーションのためのカメラやマイクが付いたものが一般的です。

つまり、多拠点間で高速通信を行い仕事を行うためのネットワークおよび、テレビ通話可能な高機能端末というインフラはすでに普及していたわけです。

1-2.デジタル技術のソフトウェア面

このコロナ禍を機に、テレビ会議システムとして、Zoom を使い始めた方も多かったのではないでしょうか。

実はテレビ会議システムの市場は非常に古い市場で、今のようにインターネットが普及する前から、専用回線を使った高額なシステムを売っている企業は20年以上も前から存在していました。
その後も、Apple、Google、Microsoft といった巨大企業が力を入れていた市場でもあります。
Zoom が創業されたのは、それらのうちでも最後発に当たる2011年であり、先進的な企業やビジネスパーソンには取り入れられていたものの、日本ではほとんどの人は、その存在さえ知らなかったと思います。

私がJINSのサンフランシスコ店の立ち上げのために、アメリカに駐在していた2014年頃には、すでにテレビ電話システムは一般化しており(Apple の FaceTime、Google の Hangouts、現 Microsoft の Skype、など)、よく日本の本社との会議に使っていました。
テレビ会議ソフトウェアとしてではなく、個人として LINE や Skype を無料通話ソフトとして使っていた方も多いでしょう。
ただ、多拠点間通信ができない(できても有料)、画面の共有ができない(できても画質が悪く不安定)、などの制限があり、テレビ会議を好んで行うという環境ではありませんでした。
また、 テレビ会議をするとしても、コロナ禍の前は、個々人がそれぞれの端末から接続するのではなく、会議室同士を接続するというのが一般的でした。

先述の通り、先行する競合企業が多くある中で、コロナ禍において一気に普及したのは Zoom でした。
後発でありながら、Zoom が一気に普及した要因は、

・デジタルに関するリテラシーがそれほど高くない人でも直感的に使いこなせる UI/UX を実現していたこと
・無料であれば、40分は試しに使ってみることができる、全員がアカウントを持つ必要はなく会議主催者が持っていればいい、といったような、それまでのビジネス向けのソフトウェアとは一線を画す料金体系であったこと
・他社ソフトウェアより、明らかに画質・音質とも優れていたこと

が挙げられるでしょう。

Zoom がなければ、世界的にここまで一気に在宅勤務シフトが進むことはなかったと思われます。

スクリーンショット 2021-09-29 13.43.55

参照:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66837620R01C20A2I00000/

1-3.従業員個々人のデジタルリテラシー

1-1.で論じたとおり、ここ10年間で高速なインターネット環境と高性能なスマートフォンが個々人の手に行き渡り、LINEやその他のSNSを通じてコミュニケーションすることが極めて一般的になってきていました。
仕事で使うシーンがなくても、家族と話すためにLINEのテレビ電話などを活用していた人は多いでしょう。

Zoom がどれだけ使いやすかったとしても、それまでテレビ電話などを使ったことがなければ、今からテレビ会議システムで仕事をしろと言われても、急に適応はできなかったと思われます。

技術の進化とともに、それを使う個々人のデジタルリテラシーも同時並行的に向上し、デジタル技術を活用した働き方を、コロナ禍が顕在化した時点で何とか受け入れることができるぐらいまで、ぎりぎり高まっていたものと考えられます。

1-4.企業のデジタルリテラシー

コロナ前の働き方のパラダイムにおいては、仕事はオフィスに集まるのが一番効率的である、というのが一般的な考え方でした。
一部、子育てを行う従業員のために、在宅勤務のための業務環境を整備していたりするケースもあったと思いますが、従業員のほぼ全員が一気に在宅勤務を余儀なくされるということは、どこの企業にとっても想定外だったでしょう。

しかし、結果としては、どこの企業も大きな混乱はなく、一時的とはいえ全面的な在宅勤務に移行することに成功したと言えると思います。
1-1や1-2で論じた通り、すでにデジタル技術がソフトウェア面・ハードウェア面で普及していたこと、1-3で論じた通り従業員個々人のデジタルリテラシーも十分高まってきていたこともあり、結果として企業側から見たときに在宅勤務導入のハードルは低かったといえます。
自宅に高速なインターネット環境と、一般的なPCさえあれば即座に業務が開始できるわけですから、形式的には企業側のセキュリティ基準などの課題のみがハードルであったといえます。

コロナ禍によりやむにやまれず、セキュリティ基準の運用を緩和して在宅勤務を始めたところ、ほとんど抵抗なく大多数の社員の在宅勤務が可能であることを、多くの企業の経営陣は気付いたと考えられます。
在宅勤務主体の勤務態勢に移行し、都心部のオフィスの面積を圧縮して固定費の削減に動いたり、従来のメンバーシップ型の人事制度を見直してジョブ型と呼ばれるものに以降するような話題も、珍しいものではなくなりました。

つまり、これまで、1-1~1-3で論じた通り、デジタル技術や従業員個々人のリテラシーが先行していたわけですが、コロナ禍の危機対応をきっかけとして、企業も一気にそれに追いついたといっても差し支えないでしょう。

スクリーンショット 2021-09-29 13.48.25

1-5.考察

ここまで、見てきたとおり、今回のコロナ禍で、在宅勤務が大きな混乱もなく一気に普及した背景には、ここ10年間のデジタル技術の発展に伴い、従業員個々人が一定のデジタルリテラシーを獲得しており、すでに受け皿ができていたことが大きいと考えています。
この受け皿があった上に、コロナ禍によって企業側・従業員側とも一気に意識面の変革が進み、やればやれるということを企業・個人ともに発見したというプロセスであったと考えられます。

逆にいえば、ここまでデジタル技術が普及している社会だからこそ、何とか乗り越えられつつある試練であって、もし10年以上前に同じようなウイルスのパンデミックが起きていたら何が起きていたのかと考えると空恐ろしくなるのは私だけでしょうか。

では、ここまで挙げた中でも、一気に在宅勤務が定着した最もクリティカルな要因は何だったのでしょうか。
私は、一気に在宅勤務が普及した要因のうち最大のものは、Zoom の存在であると考えています。

ここまで論じたとおり、ここ10年でデジタル技術はハードウェア・ソフトウェアの両面で、社会に大きく浸透し、従業員個々人もデジタル技術を使ってコミュニケーションを行っていました。
緊急事態宣言が発令され、多くの人が在宅勤務を余儀なくされたタイミングで、もし Zoom がなければ、大企業であればすでに導入済みの従来型のテレビ会議システム、中小企業であればLINEなどを使って何とかしようとしたに違いありません。
しかし、使いづらさや、通話品質の低さなどから、やはり在宅勤務なんて効率が下がってしまって成立しない!、という結論を1~2ヶ月で出してしまっていたでしょう。

Zoom を直接的に導入していなかった企業であっても、たとえば Microsoft Teams のような競合ツールが Zoom をベンチマークし、一気に同等レベルまで引き上げた恩恵を受けています。

今回は、少し小売から離れて、働き方という切り口からコロナ禍を捉えてみましたが、次回は、お買い物において、働き方と同じようなパラダイムシフトが起きているのか否か、またそのためのキードライバーは何かという点を論じてみたいと思います。


▼バックナンバーはこちら