仙台にて~けやき通りから見える海草のようなもの~

 最初二人で訪れたとき、どんな施設なのか彼女に聞かれた。
「まあそうだな。ギャラリー、図書館、映像・音響等のスタジオ等からなる複合施設?」
と説明したものの、何か違うなと思った。


 建物は地下から屋上まで薄い床がチューブが突き抜ける。チューブは構造体となっている同時に、それぞれがエレベータや階段、電気や配管ともなり、そして館内に光をおとす。フロアには柱が存在しない。建物は一般的に垂直な柱が等間隔に並ぶ。そして柱が梁を支える。この薄い床とチューブによって構成される建築は、鉄を熟知した造船技術によって実現可能となった。それを知ってから実際によく見てみると、職人たちの現場での格闘を感じる。


 この施設に訪れる人々は、読書やインターネットなどをする場所からはじまり、打ち合わせ、さらにはパソコンもってきて仕事を行っている人もいる。彼女はそこで試験勉強をしはじめ、そのあいだぼくは1階にあるオープンギャラリーでの催しに参加することが多い。毎週そこでは何かが行われている。展覧会、ワークショップ。この場所の使われ方が好きだ。人があつまり、かかわりあい、何かがうまれ、さらにその何かが何かを引っ張る。発展途上な開放された公民館?内部みたいな広場にぼくはいる。いい居場所をみつけた。


「普通の図書館みたいな施設でいいじゃん」
彼女はいつもそういう。でもそういう建物で、この都市に追いつくことができるだろうか。おそらくついていけず、早いうちに時代遅れの建物となってしまうはずだ。変わらないということは衰退を意味する。たえず動いている時代とともに成長して建物。それをあらわすかのような内部に林立する人工的な海草のようなチューブ。それとは対称的にガラスに映りこむのは今も昔もかわらずゆらめいているけやき。自然が生み出してきた情報があたりまえのように、人や人が作り出した情報も今はあたりまえのもので、それぞれには動きがあってそのための場所が必要だ。
 ガラスのチューブをとおして彼女が見えた。スカートの下がのぞけないか。ぼくは1階のベンチに座って見上げている。

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掌編小説シリーズ「建築チクチク」

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