鎌倉にて~境内に佇む幾何学~

 鎌倉市の中心、鶴岡八幡宮の境内に入ると幾何学上の美術館が見えた。
「なかなかめずらしい立地ね」
姉がいう。言われてみるとたしかにそうだ。平家池をのぞみ、そこからせり出すように建っている軽やかな佇まいは、まるで池に浮かんでいるかのようだった。古都鎌倉の歴史と周囲の自然に調和しているといえるのかは、ぼくに判断ができない。とにかく建物の存在感が境内の空気には負けていないことはわかる。
「モダンなかたちだけど少し古い感じね」
姉がいう。たしかにこの美術館が建築されたのは、戦後間もない時代。戦後の混乱がまだ残っていただろう。物資も足りない時期に、作品を発信する場が欲しいという芸術家らの要望が当時の神奈川県知事に届いたらしい。そこから知事をはじめ多くの方々の尽力によって、この建築は復興への象徴として日本初の公立近代美術館として開館した。モダンなのは巨匠ル・コルビュジエに師事した建築家による設計だからだろうとぼくは姉に言う。
「コルビュジエは知ってる。椅子の人でしょ?」
と姉はこたえた。一般的に彼はそうとらえられているのか?

 建物はそんなに大きな建物ではない。四角い中庭を中心として、展示室などの様々な機能が取り囲んで構成されている。美術館の主要部分は2階にあり、それをピロティによって支えられている。当初の案では、2階の展示室の東西部分にさらに展示室やホールを増築するという計画も盛り込まれたらしい。この構成による考え方は、師匠コルビュジエによる「無限発展の美術館」という概念を受け継いだものだ。
「西洋美術館って知ってる?」
ぼくが姉にいうと、
「たぶん。」
と姉はこたえる。姉のたぶんは知らないということなのだろうか。やはりひさしぶりに会った姉と弟の会話はかみあっていかない。

 美術館の外観は、端正な幾何学による清新なファサード。 建物の外壁面には、工業製品であるアスベスト・ボードがアルミのジョイントでとめられている。これは予算削減となるのと同時に、施工当時の最新技術が駆使されたという。
 ぼくらは、参道裏側にある正門からエントランスにあるやや古典的な印象の大階段を上って2階へ入る。室内は閉鎖的な空間で、ぼくらは中庭を見下ろす半屋外の空間へと導かれる。階段を下りてテラスに出ると、平家池に向かって開かれたピロティ空間へと通じることができる。池に建つ6本の細い柱からなる空間はなんだか和っぽい。そこからつながる大谷石の壁に囲まれた中庭は、人々がなんとなく行き交う広場になっていて、中央にはイサム・ノグチの彫刻作品が配され、大谷石の柔らかい素材感が映える。知らないうちにそこで彫刻の写真を撮ろうとしている姉がいる。2階からぼくは写真をとりたい。姉が邪魔だ。写真をとって、ぼくも内部と外部が交錯するあの空間へ行きたい。
「桂離宮と似ているわね。なんか質素よね」
広場についたとき、姉がちょっともっともらしいことをいうものだから、ぼくはおっと感心する。ぼくがまだ行ったことのない桂離宮におまえは行ったのか?
「モノのない時代にできたからね」
「シンプルイズベストってことね。ああ、わたし結婚するから。披露宴はしないけど、式はしようかな。八幡さまにしよう。彼喜ぶわ、外国の人だし」


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