本(滅んだ世界の中で。)

書店の中にただよう香りが好きだ。本を物色しながら歩いていると、本のの香りに包まれる。とても落ち着くし、好奇心をかき立てられる。香りとともに届けられる人の知性と創造性がそうさせるのだろうか。

今日ようやく東京駅。元と頭に付けた方がいいのだろうか。その近くにある大型書店に行ってきた。

心配していたが、ビルは火災や倒壊から守られていて、昔のままの美しさだった。閉まっていたシャッターをこじ開け中に入ると、そこには本だけが整然と並んでいた。人一人いない、生きていると付け加える必要があるかもしれないが、歩いている人は僕だけだった。

薄暗い店内を歩きながら、いつもは時間にせかされて、なかなか見て回ることが出来なかった店内を、隅々までゆっくりと見て回った。哲学書や歴史、心理学などを、好奇心に流されるまま、手に取っては立ち読みを続ける。至福の時が過ぎた。

気に入った本は、必ず裏返しして値段を見てしまう。そんなことはもう必要ないのに。少しでも興味があれば、躊躇なくリックに放り込める。もう、誰もとがめる人はいないのだから。

そうとは言え、やはり気がひける。なんたってこの間まで犯罪だったわけだから。今こうして文明が潰えた東京の街に、残った数え切れないほどの本を見つめ、こうして多種多様に人の創造性があり、知性が生まれていたと、思った。

喜びや悲しみ、憎しみや愛おしさを様々な方法で表現したそれらに敬服するし、作り出した人間の素晴らしさに感動した。こうやって、人はどうしようもなく、創造を繰り返し己のうちにある美しさを形にしていったのだ。抑えようのない渇望に身を任せて、他者に普遍的な真実を伝えようとしたのだ。

それも、これも、伝えるべき人が消えてしまったこの世の中では、価値無きものになってしまった。が、それは確固たる美しい存在として、意味を持って、たたずんでいる。理解する存在がなくとも、価値は消えはしない。

どんな形を取っていたとしても、人の内から創造されたものは美しい。素晴らしい。そのには、生きることの証があり、希望が育つ。そうやって、連綿と人は受け渡しながら、限りある命を無限の放光として変化させてきた。

間違いなくそれは、美しい。

その美しさを、より深く僕が感じるのは、もしかしたら、はかなさの裏返しなのかもしれない。多くの知性の結果として多くのものが創造されてきた。それは、間違いなく人の生命に何らかの価値を与え、心に温かな希望を灯すものだ。

しかし、人の生の貴重さと重要性を無限に説きながら、結局、人の世は消えてしまった。たしかに、それを僕が言うには時期尚早なのかもしれない。

だけど、どうしたって希望はこの街からは生まれては来ない。終わってしまったのだ。その皮肉な結果が、幸福とか希望とかから、離れられない人の創造物と矛盾してしまう。

本棚に整然と並ぶ本を眺めながら、空想をし続けた。

今日、リュックに放り込んだのは、哲学書と実用書。ついつい昔の習慣でビジネス書を手に取ろうとしたが、今や年収云々、起業なにそれと、思い悩む必要は幸か不幸か亡くなった。出来なくなった。そこで、今まで興味はありつつ、必要性を感じられなかった哲学書を読むことにした。

考えてみれば、これも人の世の中で埋もれる自我を浮き上がらせるためのものかもしれないから、必要はないのだけど、こうしてたった一人になったせいか、人間性というものを、しっかりと知りたくなった。

成功やら成長やらに煩わされなくなったし、暇は命の限り得た。

実用書は、サバイバル関係の本。なんとか、日持ちする食料を得られないかと、干し肉や漬物の作り方を学べるものを選んだ。都会なので、加工食品は無尽蔵にある。だけど、そればかりでは身がもたない。自然の動植物を摂取したい。

もう少し余裕ができたら、海や山にも足を運んで魚を釣ったり、鹿でもハンティングしようと思う。もう長いこと、刺身やステーキを食べていない。体が欲しがっている。考えただけでも、体が疼く。

哲学書でも読んで、精神世界を深く、高く探索しようと思いながら、実際は食欲か。なんて、どうしたって肉欲的な我が身にあきれ返る。

さて、今日の日記は思うがまま結構長く書いてしまった。あまり書くと続かないので、今日はこの辺にしておこう。それでは、明日も命が続きますように。

滅んだ都会で生きた男の日記を終える。


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