飛行機に乗り遅れた 話

「お父さん、どうして飛行機は飛べるの?」
「ははは、それはね遠い遠い昔から、飛びたいと願ってそして飛べると信じ続けた人がいたからさ。」
「すごいね、じゃあ人間は願えばなんだってできるんだね!」
「そうさ、夢は必ず叶うんだよ。わかったかい?」
「うん!」


柔らかいアタック音のシンセサイザーの音色から始まるその曲の目覚めの酩酊のような感触を気に入って
僕はその曲をアラーム音にしていた。
Charaのタイムマシーンという曲だ。
この曲をアラームにしてからものすごく目覚めが良かったのだ。アラームというのはうるさいより優しいに限る。
そう、そして今日も冒頭の丸いアタックのシンセサイザーの音色を聴きながら右手は的確に画面に描写された「停止」の文字をタップしていた。
習慣というものはすごいもので「スヌーズ」のボタンの方が確実に目立つ配色でフォントのサイズも大きい。
「停止」のボタンは画面下部に申し訳程度の背景の色と同系色の配色で書かれているにも関わらず的確に、そして迅速に僕は「停止」のボタンをタップしていた。

気がつくと、、、いや、気がつくというよりももっと自然だ。そこにいたことを意識し直すくらいの感覚で
無機質な白いテーブルと、そのテーブルの色に合わせた白い皿の上に乗った焼きそばを食べていた。
一つずつ要素が付加されていくかのように周りの景色がはっきりとしてゆく。
白いテーブルは実は木製のテーブルで、白いのは皿だけだった。有機質な木製のテーブルは使い込まれていて綺麗とは言えないが
何度となく布巾で表面を研磨されたことにより、木の模様に渋みが付加されていた。
ふと、日差しを感じる。
足元に砂の感覚を感じる。どうやらここは海のそばにあるいわゆる海の家のような施設らしい。
周りを見渡しても自分ひとりしかいない。
チリンと風鈴の音がして、場面は自分が少年時代を過ごした町の駅に向かうまでの道の途中にある寂れたたこ焼き屋さんに変わっていた。
ニコニコ食堂という名前のその食堂はたこ焼きが200円で食べれるので学生の頃はよく通っていたものだ。
無性に喉が渇いたのでコーラが飲みたい。大人になった自分は100円のコーラに躊躇することなどなく喉の渇きを満たすことを優先できる。
奥におばちゃんがいるはずだ。店の奥は住居スペースになっていて、暖簾の下からは使い古された畳が見える。
「すみませーん。」
と呼ぶと奥から懐かしい「はいはい。」という声と、立ち上がってすり足で畳を歩く音が聞こえる。
暖簾をあげるとそこにおばちゃんの顔はなく顔のあるはずの場所には必要以上に発光する何かの光源があった。
表情はわからないが、間違いなくおばちゃんの声なので妙に安心感を持ちながら
「コーラください。」
と、普通の心もちでオーダーするとおばちゃんもいつも通りに
「ちょっと待ってねー。」
と言って冷蔵庫の方に向かって歩く。瓶のコーラの栓を抜く音を背中で感じながらふと、何か大切なことを忘れている気がして、、、



見慣れたコンクリートの天井が見える。
「あ、帰ってこれたんだ。」
と思うと同時に
「あ。」
と思って携帯を見る。
「人生というのは諦めが肝心。」というのがいつも喧嘩をしていた祖父母のたった一つの共通の口癖だった。
これが非常に際どい時間で
まだ。走れば間に合う。
「じいちゃん、ばあちゃん、そんな簡単にまだ諦めきれねぇ。」

なぜ人は、走れば間に合う時間に目がさめるのだろうか。
何か大きな存在に自分のことを試されているような気になってしまう。

「お父さん、どうして飛行機は飛べるの?」
「ははは、それはお客さんがちゃんと決まった時間に搭乗口にくるからさ!」
「じゃあ、僕はもう乗れないの?」
「まだそれはわからない。夢は必ず叶うんだよ!」

「よっしゃぁあああ神様は乗り越えられない試練は与えないって誰かがいってた。走って、、、走ってでもなんでもして必ずこの試練、、、越えて見せ





私は今、空港の待合でこの文章を書いている。
ジャパンエアライン 略して 「JAL」
なんと美しい必然であろうか。横目に飛行機が離陸していくのが見える。
素晴らしい。人類は夢を諦めずに追い続けたことでこの鉄の塊で空を行き来することさえもできたのだから。
ジェットスターという航空会社があるらしい。
私が乗る予定だった便の運用をしている航空会社だ。
今回私は結果的に、とはいえジェットスターではなくJALを選んだ。
私が今から乗る便はそのジェットスターという航空会社の便よりも3倍近くも高額な便である。おそらく機内にはギラギラのミラーボールとちょっとえっちなおねぇちゃんが1席の周りに常時3人くらいは付いてくれているだろう。女性にはブラピが3人くらい。ブラピみたいなじゃなくて本人が3人は。
ジェットスター側にも、もしそちらがやぶさかでないのであれば次の便で飛んでも差し支えはないということを
伝えはしたがジェットスターも人の子が作った企業である。
人の運命を易々と変えてしまうことに対しての世界への影響を加味してか
10時までにその旨を告げてさえくれていれば、もう少し次元と時空に影響を与えることなく次の便に乗ってもらえたのだが
あなたが次の便に乗ってしまうと「ニュージャージーに住んでいる少年の寿命に影響が出てしまう。」ということだった。続けて電話口で「あなたのような勇敢な人はなかなかいません。もしあなたが予定通りの便に乗っていたとしたらオーストラリアの貴重なアリが絶滅していたところです。あなたはそれを救ったのです。」
「ははは、俺が勇敢だって?それは大げさすぎるよ。まぁそういうことならわかった、他を当たらせてもらうよ。じゃあ。」
という旨を告げ、ジャパンエアラインで札幌にいくことを選ばせていただいたのだ。
イヤフォンからはcharaのタイムマシンが流れている。
アラーム音にしてしまっていたのであまり聴いていなかったけれど、ちゃんと久しぶりに聴いてみようと思ったからだ。


「♪〜タイムマーシンはこない、そんな歌を歌ってた。どこいったの。」

本当に偉大なアーティストというのは、人の気持ちを代弁できるという。Charaは偉大なアーティストなんだな。
と僕は思う。