[movie]2018年映画ベスト

ベスト作品

■映画ベスト10(観た順)
ラッキー
ジャコメッティ 最後の肖像
霊的ボリシェヴィキ
僕の名前はズッキーニ
ビューティフル・デイ
マッド・ダディ
ホールド・ザ・ダーク そこにある闇(Netflix)
マンディ 地獄のロード・ウォリアー
ヘレディタリー/継承
カムガール(Netflix)

●次点
スリー・ビルボード
ザ・リチュアル いけにえの儀式(Netflix)
ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書
マザー!
アポストル 復讐の掟(Netflix)
バスターのバラード(Netflix)

■映画以外
ザ・テラー(ドラマ・Amazon Prime)
ブルックリン99(ドラマ・Netflix)
ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス(ドラマ・Netflix)
Red Dead Redemption2 (ゲーム[アクションRPG]・PS4)
デリー・ガールズ(ドラマ・Netflix)

■ベストシーン
・「あなたは本当に死んだの?」「ああ」(『レディ・プレイヤー1』)
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・素手で三竦みを止めた爺(『ザ・ヴォイド 変異世界』)
・無言で妻を刻み続けるシルエット(『ザ・ヴォイド 変異世界』)
・車内にふりそそぐ諦めまじりの柔らかな陽光(『スリー・ビルボード』)

■その他、忘れられないあれこれ
・『ウィンチェスター・ハウス』:じんわりずっと好き
・『刑事ラヴァルダン』:断片的なシーンが頭から離れない
・『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』:ジャック・ブラックの女子さ加減。

■最アンビバレンツ
『アナイアレイション』(Netflix)

※以前のベストはこちらです。

総評

『霊的ボリシェヴィキ』から『ヘレディタリー』へ至る線、そして『Red Dead Redemption2』が今年の柱だった。

RDR2をベスト「ゲーム」ではなく、ベスト「映像作品」として選んだのには、それなりにワケがある。

RDR2には、終始自分が滅んでいく存在であるという意識が充満していた。しかも、自己憐憫のような感傷が入り込む余地が一切ない。
偏執的なまでに作りこまれたリアリティと物量をもってして描かれる、生きるために屠り、また屠られるのだという乾いた確信は圧倒的で、今年経験したどの映画、どの小説よりも受け手をぶん殴りに来ていると感じられた。
普段からゲームをやらない映画ファンにこそ、RDR2をやってみてほしい。ゲーマーだけのものにしておくなんて勿体ない。

各作品について

『ラッキー』は年間をとおして結局いちども揺らぐことなく頂点に君臨していた。気が付けばいつもそこにいた俳優、月夜に輝くラッキー・ガイの死出の門出が、このようにいとおしい映画であったことが嬉しい。盟友のリンチが喜んで出演しているのが、また良い。
ルーズベルトが画面から消えた後、私もまた微笑んでいたような気がする。今まで本当にありがとうございました。縁があったら、また、どこかで。

『ジャコメッティ 最後の肖像』なんてことない映画。しかし、彫刻家と同様、この映画の軽やかさ、洒脱さは、一年を通して妙に心をあかるく、軽くしてくれた。

『霊的ボリシェヴィキ』「一番怖いのは人間」と口にしたとたん霊能者にぶちのめされるのは圧倒的に正しい。さらに素晴らしいことに、この映画はそれを大真面目にやっている。心の底からの怒りで鼻息は荒くなり、瞳孔は開いている。
白石晃士の戦闘心が先鋭化させた「オバケ(精神的恐怖)と暴力(肉体的恐怖)を同時に見せて落差でショックを演出する」手法は、もはや定番と化しているが、流行ったからと真似ている有象無象(今年の終わりのほうにもそういう邦画がありましたね。来るんだか来ないんだか知らんがホラーをやる気ないのにホラーとして宣伝すんなボケ)とは次元が違う。
高橋洋は、本気で地獄の扉を開こうとしている。だからこの映画は怖い。人を殺す映画を、高橋洋は撮り続ける。

『僕の名前はズッキーニ』『ビューティフル・デイ』は奇しくも裏表のような関係になっているなと個人的には感じられた。
『ズッキーニ』のこどもたちの目が、決して愛らしいつぶらな瞳ではなく、ともすれば化け物じみた渇望の瞳であることの誠実さ。登場する大人たちのように振る舞えたら、それはきっと「大人になれている」ということなのかもしれない。中身が伴わなくても、せめてその猿真似ができるようにと自分に言い聞かせた。
『ビューティフル~』「ジョー!」の叫び声は、『君の名前で僕を呼んで』の暖炉で薪がはぜる音、『ヘレディタリー』の「コッ」と並んで、今年の「三大耳について離れない音」だった。
ちなみに劇伴があまりに心地よくて、劇場で一瞬寝落ちしそうになった。

『マッド・ダディ』なぜか『ゴーストライダー2』を観ると泣いてしまうのですが(大好きなので)、あの感覚が全編に満ち満ちていた。ニコラス・ケイジの映画はとにかくなるべく観るようにしているが、昔は女を侍らせて車を爆走させていたのに今じゃ腹が出て名前すら失ったと嘆くケイジはあまりにもケイジで美しかった。
作品の切れ味も半端じゃない。これでもかと盛られたテンションで映画そのものがスピンアウトしてしまいそうな疾走感、そのスピード。こんなに厭で恐ろしくて切ない話なのにゲラゲラと笑い続けるほかない。

『ホールド・ザ・ダーク そこにある闇』の超然っぷりにも唖然とさせられた。「これはいったい何の映画なんだ」と常に思わされる展開ながら、鼻面を引き回される不快感よりは被虐の悦びが勝る。ところどころ「ダサい!」と叫びたくなる画面もあった(特にあのスローモーションは……)けれど、それ以上に惹かれる。
正しいことをするために間違えるしかない哀しみは、『グリーンルーム』から引き継がれてもいるな、と思ったり。
会話する父と父親予定の二人の外に広がる果てしない暗闇、「空の様子が変よ」とベッドに現れる女が、白づくめで美しいにもかかわらず何よりも不吉で拭い難い穢れのような印象を残すシーン、のふたつが特にお気に入り。(ところであの二人は近親相姦の関係にあるということなのだろうか……。)
また、『ホールド~』は『ウィンド・リバー』のもっと混乱したバージョンとも言えるが、『ウィンド~』はどうも台詞が多くて鼻白むシーンが多々あり、あまり好きにはなれなかった。

『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』については何か言う必要を感じない。宣伝の使用する軽率な言葉にいささか苛つきつつ、どうか今後も多くのケイジ出演作が上映され続けますようにと願う。私も力の限り追うから。

『ヘレディタリー/継承』あまりに素晴らしくて、映画館の暗闇で終始笑顔を浮かべていた。
余談だけど、コメディとして受容するしかないような家庭内部のじっとり締め付けられていくあの嫌な圧があまりにもリアルで、身に覚えがありすぎて、監督はもしかして実体験があるのではと疑っていた。パンフレットを読むと果たしてその通りとのこと。やっぱ、あの感覚は実地で養わないとなかなか出てこないよね。貴重。

『カムガール』滑り込みで観た最後に大ヒット。「自分のケツは自分で持つんだよ!」と高らかに宣言する、かっこいい戦闘女子映画。また、彼女は最初からプロとしてやっており、筋を通すお仕事ムービーとしての側面もある。ともかく、長年のホラーにおける「不平等」がひとつここで解消されたことに喝采を。

次点の『ザ・リチュアル』『アポストル』は対とでも言うべき作品。ベスト10入りのホラーと同様に、わけのわからないモノが本当に登場してしまう。それらを映像として映すことに貪欲で、また創意工夫に溢れており、それぞれのフェティシズムも全開になっているのが素晴らしい。『マザー!』は前半のじっとり窒息パートの嫌らしさが監督の面目躍如。後半は笑って観ていられる爽快さがある。『ペンタゴン・ペーパーズ』「観りゃわかる」の“わからせ”が洗練されすぎていて、異常にわかりやすい。一つの手法の極致なのだろうが、これはこれで異形だと思った。『バスターのバラード』凍てついて乾ききった第3話の、特に「四肢のない男が凍てつく月夜に詩を朗読する」シーンが気に入っているけれど、全体のバランスが素晴らしかった。

ベストシーンは、『レディ・プレイヤー1』より「ゲーマーの神様」と遭遇するシーン一択。映画の奇跡。
そのほか、『ザ・ヴォイド』の映像が全編通して気持ちよかったのも忘れ難い。ジジイも最高。

最後に、最アンビバレンツ映画について補足。
ワーストと言ってしまいたい気持ちがあるのだけれど、そういうわけにもいかない、の意を込めてこのネーミングにした。
映画としてはなかなかに素晴らしいので(それにしても色々言いたいことはあるけど、他の水準から頭いくつも抜きん出ているのは確か)本当に引き裂かれた。
この感情をどっちかに振り切ったら自分に不誠実だと思うので、このまま抱えていきます。とりあえずアレックス・ガーラントはもう信用しない。