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二度と帰らない、あの顔剃りの思い出

美容院で髪を切るようになって長い。子供の頃から大学生社会人の最初の頃まで床屋さんだった。
自分の髪型がダサいとかイケてるとか考えたことなかったし、まあそんなにヒドイ感じでもなかったはずだ(と思っている)から、何の問題もなかった。
私が高校生の頃には、男性でも美容院で髪を切るのが珍しくはない時代にはなっていた。だけどクラスのイケてるヤツもゼミのイケメンもみーんな美容院!だったかというと、そうでもなかった気がする。イケてる、という言葉もそれど日常的だった訳じゃないしね。
まだ「美容院で髪を切ってる?男なのに?はぁ?」みたいな反応が実際にあったのだ。男性が美容院に行くというのが、混浴でもないのにズカズカと女湯に入っているような感覚であったのではないかな。なんの権限があってそこに立ち入ってるんだよ?みたいな感じ。
男性からだけではなく、女性の側からもそういう声が大きかった。保守的な女性というか、家父長制にドップリな女性だったのかな?

そもそも男性美容師さんというのも想像できなかった。
近所の「美容室」では、マダムを相手に女性美容師さんが着物の着付けからヘアーカラーからパーマまでをすべて女性だけの空間で完結させてたようなイメージだった(実際に行ったことがなかったから、完全に想像でしかないけど)タイトルは忘れたけど、昔のテレビドラマでも、大先生みたいなおばあちゃん美容師さんが和服で店内に時々にらみをきかせたり。

いつの時代の話をしているのだ、、、、、

そうだ、小津安二郎の「東京物語」でも、杉村春子の美容院では従業員はみんな女性じゃなかったかな???

「美容院は男は近寄りがたい」というイメージは、長らく私に取り付いて離れることはなかった。
「東京は怖い。電車ではカバンをたすき掛けにかけ、財布はカバンの底に隠すようにしないとスリに狙われる」
「川崎は空気が汚いからみんな肺に疾患をかかえている。水は汚染されているから水道水は絶対に飲めない」
みたいな、21世紀の小学生は絶対に鼻で笑う都市伝説並みの情報でしかなかったのだけれど、当時は全然笑えなかった。
パーマをかけるなら床屋でアイパーの時代、と言っても通じないかな。

そして、ある時から美容院に切り替えることになったのですが、その理由とは、
「床屋さんのクオリティに満足できなかった」という、極めて上から目線の個人的な感覚によるものです。
いや、そもそも、ずーーーーっと髪を切ってくれていたおじさんが亡くなったんですね、大変なご病気だったようで。
おじさんは、私が心の底から信頼を置いていた、無骨でシャイなな理容師さんでした(美容師ではなく、理容師です!!!)
何かオシャベリする訳でもなく、天気の話題で適当に相槌打ったり、時々プロ野球の話をしたり。ニコニコするでもなく、無愛想でもなく。この「全然出しゃばらない、客を不安にも不愉快にもしない」っていうのは社会人になって初めて理解できる偉大さなんですよね。なかなかできないんだ、これ。

そしてなんと言っても、顔剃の技術が素晴らしかった!!これがいちばん大きい!
おじさんがどれほど素晴らしいカミソリ使いだったのかを、ここでその流れを追いながら説明してみたい。

床屋さんのメカニカルシートをゆっくりリクライニングし、仰向けになる。このシートがとにかく素晴らしい。さまざまなアタッチメントと意外な可動域で常に私たちを驚かせてくれた。
シェービングクリームを泡立てる。お湯で原液(粉の場合も)を溶き、暖かくフンワリしたマシュマロクリームに仕上げてあることがポイント
まずは頬と鼻の下とアゴ全体的にクリームをゆっくり塗る。もちろん塗るのは絵筆のようなブラシで。

すぐにカミソリを抜くのではなく、蒸しタオルがここで準備されていることに気づく
私はこの時すでに目を閉じている。おじさんに全てを委ねているのだから、何も見る必要はない
おじさんはスチーマーの中でふっくらかつ熱々に蒸し上げられたタオルを手のひらに取り、叩いたり伸ばしたりして適温に冷ましている。イタリアのピザ職人が、注文を受けてからボール状のピザ生地を軽く伸ばし、空中に放り投げたりしているところをイメージしてしまう瞬間だろう
いや、実際はパンパンやってるだけなのだが、イマジネーションはそんなツッコミなど斬り捨てる
心地よいタオルの音が途切れたと思った刹那、私の顔の下半分は突然の温度と湿度の上昇により、毛穴が一気に開いた状態になる。まるでサウナに30分ほど仮眠したような。
おじさんの手のひらによって優しくタオルが押し付けられたことに気づく。
あれだけ固かった顔の表面が、今やプルプルのプリンのような滑らかさである。しかも肌の表面にはマシュマロホイップが大量に塗りたくられているため、いつもは青白い頬やアゴは、スイーツフォレストと言っても良い状態だ。
間髪入れず、タオルを巧みに折り返しながら目から額のあたりまでも覆われた状態となった。
そしてこの状態で数分間放置されるのだ。
この時、私は極限状態とも言えるようなスリルを味わっている。
いま、おじさんは何をしているのだろう?
まさか、私を置き去りにしてタバコでも吸いに行ったのでは?
まさか、無防備な私をみてクスクス笑っているのでは?
まさか、奥様とイチャイチャして所定の時間を待っているのでは?
まさか、まさか、まさか、、、、、私の心は深い闇の底で次の瞬間を待ち続けている
なのに何も起きない
なぜ??おじさん、どこにいったの????
と、闇を引き裂く隼の急降下のようにおじさん手が私の顔に乗ったマスク、いやタオルを(しかも鼻から上の部分だけを)巧みにずらし、額だけを露出させる。
まるで生まれたての太陽のような眩しさで私の目を突き刺すような蛍光灯が眩しい
ああ、昼白色はこんなに世界を明るく、そして残酷に照らす光だったのだと気づくにはおそすぎたかもしれない。
光と闇について考察していると、おじさんは少し冷めたシェービングクリームを私の額に乱暴に塗りたくる。少し多く作りすぎたのだろうか、かなり荒い手付きだが、私のおじさんに対する信頼は一ミリたりとも揺るがない
そして、気づくとカミソリを私の額にあて、静謐な動きで産毛を剃っているのである。鞘を抜いたことに全く気づかなかった。居合抜きよりも素早いおじさんの稲妻のような動き、目を閉じていてもわかるよ。
そして
そして
そして
ここがいちばん大事なところ!
カミソリが自分の肌に触れているとは全く思えないほどのフェザータッチなのです!
このNoteでいちばん大事なのはここ。素晴らしい理容師さんの顔剃りは、カミソリなどを全く感じない。まるで天使の羽根が触れたかのような、涙が出そうなほど柔らかいタッチ!!!!
さあ、あとのことはどうでもいい。おじさんに委ねるよ。おじさん、ありがとう。

と、こんなアホな文書を書いてしまうほどおじさんの顔剃りは素敵だった。
それがもう二度と味わえない。私は病気が憎い。おじさん、まだ60代だったはず。あと10年は現役でいけたんじゃないのかな。

しかたなく、他の床屋さんを色々と試してみたんですよ。毎月新しい床屋さんを探して彷徨っていた気がする。
その結果、、、、、、おじさんと肩を並べるような理容師さんには巡り会えませんでした。
いや、それ以上に、床屋さん特有の待合室での居心地のよさみたいなものがなかったからなんですよね。どの理容室にも、あの空間を感じることはできなかった。

待合室のマンガ(美味しんぼ、ゴルゴ13、こち亀、三国志)、AMラジオ、スポーツ新聞。
いちおうそれなりに揃っている。でもね、あのおじさんの存在が、私には大きすぎたんだよね。

さて、美容院はというと、、、
これが快適すぎてすごい。床屋のことを忘れそうです!
オシャレな街で、オシャレな空間で、美味しいコーヒーを出してもらったりしながら、映画の話とか子育ての話とか、オーガニックな食べ物の話とか、箱根のキャンプ場の話とか、行列のできるパンケーキ屋さんの話とかしながら髪を切るのはすごく楽しい!!

いや、だけど美容院には顔剃りがないんだ、、、、、
だから楽しさの裏で、もう戻らない顔剃りとおじさんの最高の技術に思いをはせるのだった。

(^o^)
9

ピーハイ

長文を書くのが苦手なのですけれど、グダグダにならないように、がんばって書いてみたいと思います。読み返すと「うわー、こりゃ人に読ませられないわーー」ってなるので、なるべく読み返さないで一筆書き的に書いていきます!
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